ものしりさま
夢翔 鳩
「ものしりさま」前編
「ものしりさまって知ってる?」
昼休みの教室で、絵美が唐突に聞いてきた。聞き馴染みのない単語に、静香は少々面食らう。
「何それ。」
「私知ってる!こっくりさんみたいなやつでしょ?」
真由美がスマホから目線を上げながら答えた。
「こっくりさんって、あの10円玉の?紙に文字書いてやるやつ?」
「そう、そういうやつ。でもね、ものしりさまはもっとすごいんだって。めちゃくちゃ当たるらしいよ。」
「そうそう!部活の先輩の友達もやったらしいんだけど、おかげでこの前のテストオール65点取れたんだって!」
訝しげな静香をよそに、二人が「ものしりさま」の話題で盛り上がっていると、花音と佳穂が購買から戻ってきた。
「いやー、焼きそばパン売り切れだったよ。やっぱ現国のあとは出遅れるね。で、何の話?」
「ものしりさま、今日の放課後にみんなでやろうって。花音も来るでしょ?」
「占いのやつ?面白そうだね。佳穂も来る?」
そう聞かれた佳穂は少し戸惑いながら、「花音ちゃんが行くなら…」と頷いた。
「じゃ決まりだね。みんな、願い事ちゃんと考えておいてね!」
(占いなら質問じゃないのか?はっきりしないな… 第一、65点って言うほど高いか?)
どことなく腑に落ちない点もあったが、静香も諦め気味に納得した。
その日の夕方、1年4組の教室の前方で、五人は手を繋いで立っていた。
前方の黒板には格子状のますめの中に目のようなマークが書かれた紙が、丸い磁石で留められている。
「いい?私が呪文を唱えるから、そのあとにみんなで復唱してね。で、終わったら左の人から順番にものしりさまに聞きたいことを言うの。わかった?」
そう言う絵美は、若干緊張しているように見える。全員頷いたが、声を出すものはいなかった。心なしか繋いでいる手が汗ばんでいる。
「かなたにおわしますものしりさま。どうぞおいでください。わたしのことばにおこたえください。」
「かなたにおわしますものしりさま。どうぞおいでください。わたしのことばにおこたえください。」
特に何も起きない。左端の真由美が、そっと絵美の顔を見る。絵美が小さく首を縦に振る。
「ものしりさま。ものしりさま。次のテストで満点を取る方法を教えてください。」
あまりに真面目に聞くものだから、みんな小さく吹き出してしまった。
「何よ!私は真剣なの。ほら、次、静香の番でしょ!」
「ものしりさま、ものしりさま。金のエンゼルがでるチョコボールはどれか教えてください。」
今度はみんな声を出して笑った。真由美が何か言いたげな顔をしていたので、「あんたのよりはまし。」と言ってやった。
次の花音は「バレー部が全国出場できるか。」を聞いた。物静かな佳穂が「石川先輩の好きな人」を聞いた時は一同目を丸くして驚いたが、みんな何となく察していたので内心応援していた。
「最後は私だね。ものしりさま、ものしりさま、母の病気の治し方を教えてください。」
辺りがしんと静まり返った。真由美が何か言いかけたが、すぐ口を閉じた。花音は悲しそうな目で絵美を見ており、静香は何も気の利いた言葉が見つからなかった。
「さ、もう遅いし帰ろっか!今日は付き合ってくれてありがとね!」
絵美は変わらない笑顔でそう言うと、繋いだ手を離し黒板から紙を剥がした。その日の帰り道はいつもと変わらなかったが、少し会話が少なかったように思う。
別れ際に佳穂が小さな声で、「大丈夫だよ。」と言うと、絵美は「ありがとう。」と微笑んだ。
翌日も、何の変哲もない普通の火曜日だった。
唯一、絵美が登校していないことが気がかりだったが、3限が始まった頃にやってきたので、少しほっとした。数学の河村がわざとらしい口調で尋ねる。
「大丈夫か、水島。体調不良か?」
「いやー、普通に寝坊しちゃって。すみません。」
気をつけろよー。といい、授業が再開した。
「絵美、大丈夫?」
「うん!静香は元気?何も変わったことはない?」
全然、何もないよ。と小声で会話していたら、授業の後、プリントを職員室まで運ぶよう命じられた。ちぇっ。
火曜の昼には、絵美と真由美はダンス部の昼練がある。静香が一人で弁当を食べていると、佳穂が教室の扉から首だけ覗かして、キョロキョロと誰か探している。
いつもなら花音も一緒だが、珍しく一人である。花音と佳穂は中学が同じだったこともあり、特に仲が良かった。
「静香ちゃん…!」
手を振ってこちらの位置を知らせると、安心したように近づいてきた。
「どうしたの?一緒に食べる?今日は花音いないんだ。」
「うん、花音ちゃん、今日は文化祭の準備で他の子とお昼食べてるんだ。」
そっかそっか、と言いながら隣の席から椅子を引っ張ってくる。二人で向かい合うようにして弁当を食べていると、
「あのさ…」
「静香ちゃん、今朝、変な夢見なかった?」
「夢?」
「うん。」
「覚えてないなぁ。何で?」
「えっと、今日、ちょっと嫌な夢を見て。それで昨日のあれと関係があったら嫌だなって思って…」
「はは、考えすぎだよ。絵美も普通に学校来てるし、花音もでしょ?真由美は、あの子はお化けとか信じてなさそうだし、いてもお化けの方が逃げていきそうだよ。」
佳穂はふふと笑うと、そうだよね、と言い、この話はそれっきりになった。
出来心で文化祭は誰と回るつもりなのか聞いたら、花音ちゃんかなぁとはぐらかされた。
昼練から戻ってきた絵美はいつもより疲れているように思えた。授業中に外をぼうっと見ていることがあるし、席が隣なのもあって、「ここ分かる?」とよく聞いてきた。
「そのthatは関係詞だから前の文を入れて…」
「動詞の後ろに形容詞は入らないから、この選択肢は違うね。」
絵美は「ありがとう」と笑うが、どこか笑顔がぎこちなくて心配になった。
「寝坊したって言ってたけど、昨日よく眠れなかったの?」
「うーん、なんか変な夢みたっぽいんだよね。」
「夢?そういえば佳穂もそんなこと言ってたな。」
その時、絵美の顔から表情が消えたように見えた。
一瞬、皮膚が粟立つような感覚を覚えたと同時に授業終了のチャイムが鳴り、時計をちらと確認して目線を戻した時には、いつもの絵美に戻っていた。
帰りのホームルームを終え、友達と他愛もない会話をして教室を出る。
佳穂が、絵美と真由美と一緒に帰る姿が見えた。
声をかけようかと思ったが、少し離れていたので、そのまま美術部の活動に向かった。
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