ヴァンパイアハンターとヴァンパイアなお兄さん

羽山 由季夜

ヴァンパイアハンターとヴァンパイア

「見つけたぞ、ヴァンパイア!」


 背筋をぴんと伸ばし、青年は声を張り上げた。


「……あの、今、夜中なんだけど、声、大き過ぎない? ご近所に迷惑だよ」


 鬱陶しそう、というより急いでいる様子でヴァンパイアと呼ばれたスーツ姿の黒い髪の青年が言う。


「うるさいっ! こっちだって人生掛かってるんだ。今日という今日は負けないからなっ!」


 聞く耳を持たない青年に、ヴァンパイアは小さく息を吐き、腕時計を見る。

 時間は夜中の一時を回っている。


「仕方ないな。今からバイトがあるから、手短にしてよ、逝人いくと君」


 それだけを返して、ヴァンパイアは相手の動きを窺う。

 逝人と呼ばれた青年は不敵な笑みを浮かべ、普通のものよりかなり大きいサイズの十字架を取り出し、ヴァンパイアに向ける。

 先祖から代々受け継がれている、対ヴァンパイア用の十字架だ。


「行くぞ、ヴァンパイア! ファイナルフラッシュ!」


 そう叫んで、逝人は十字架から光を出した。


「始まったばかりなのに、もうファイナル!? しかも、それ、懐中電灯だよね?!」


 逝人が持つ十字架の背面から出ている光の正体にヴァンパイアはツッコミを入れる。

 あたかも十字架から出ているように見えるそれを、真面目な顔で逝人は尚も光を出す。

 が、もちろん、相手に効果はない。


「……ちっ。効かないか。倒せると思ったのに」


「いや、それで倒れるヴァンパイアがいたら、この世の中じゃ生きていけないって」


 すかさずツッコミをして、ヴァンパイアは溜め息を吐いた。

 もう一度、腕時計を見る。もうすぐ約束の時間になってしまう。


「げっ、もうすぐバイトが! 源さんに怒られる! とにかく、逝人君。時間がないから、俺、バイトに行くね。じゃあねぇー!」


 そう言って手を振り、風のようにヴァンパイアは去っていった。


「あっ、オイ! 待てって! っていうか、源さんって誰だよ!? ホスト仲間か?!」


 そう声を掛ける間もなく、逝人の今日の仕事は空しく終わった。







 朝になり、夢野 見流ゆめの みるは幼馴染みの部屋の前に立っていた。


「入った方がいいのか、いけないのか分からない貼り紙だわ……」


 そう呟き、見流は目の前の貼り紙を見つめる。

 貼り紙には『只今、かってます  いくと』とだけ書かれている。


「何を買ってるのか、それとも飼ってるのか、ひらがなで書かれたら分からないじゃない!」


 壁を強く叩きそうになるのをぐっと抑え、見流は叫んだ。

 叫び声が聞こえているはずなのに、幼馴染みは全く反応しない。


「えぇーい、入ってやる!」 


 だんっと床を足で強く踏み、痺れを切らした見流は勢い良く扉を開けた。


「逝人っ!」


 開けると、部屋はカーテンがきっちりと閉まってあり、真っ暗だった。

 ただ、一点だけ明かりが漏れている。

 ベッドだ。

 布団の中でピコピコという音と、ボタンの連打音と共に光が漏れている。


「……またゲームか。このヤロー……!」


 震える拳を抑え、見流は部屋の明かりを点け、ベッドに近付く。


「うるぁー!」


 女の子あるまじき声を出し、見流は勢い良く布団を剥いだ。


「どわっ?! ちょ、ちょっと見流、何すんだよー!」


 逝人は情けない悲鳴を上げ、見流を睨む。


「うっさいわ! 何、ベッドの中でゲームしてんの、このニート! っていうか、貼り紙の『かってます』はそっちの狩りか! 漢字で書けー!」


「馬鹿野郎! ニートじゃないって、前から言ってるだろ。俺はヴァンパイアハンターだ。狩るのが仕事だろうが! うっかり漢字も忘れるくらい仕事してんだ!」


「どこが!? 朝は仕事もしないで、ゲームをしてるただの引きこもりじゃない!」


「ゲームじゃない。仕事の為のシミュレーションだ」


 胸を張って、逝人は言ってのけた。

 そして、手に持つ携帯用ゲーム機を見せる。

 じっと見流はゲーム機の画面を見つめる。

 画面には草原のような場所で、キャラクターがドラゴンを倒し、勝利のダンスを踊っている。


「……どこが、仕事の為のシミュレーションなのよ。ゲームじゃないの」


「何を言ってるんだよ。これはな、ヴァンパイアを倒す為に、俺がどう動けばいいのかを幾通りも考える為のものなんだよ」


 どう見てもゲームにしか見えない画面を指差し、逝人は説明する。


「……じゃあ、何で、そこで倒れてるのがドラゴンなのよ。相手はヴァンパイアなんでしょ」


 ヴァンパイアを倒す為のゲームと言いながら、倒れているのがヴァンパイアではなくドラゴンという矛盾している画面を指差し、見流も尋ねる。


「……こ、これは、ヴァンパイアが変身した姿だ。うん」


 一瞬だけ、しまったという顔を見せ、逝人は頷く。


「……太陽さん、ドラゴンに変身したところ、見たことがないよ?」


 逝人の一瞬を見逃さなかった見流は、逝人が追いかけている黒髪のヴァンパイアのことを言ってみる。


「いや、分からないぞ。俺達には見せてないだけで、実は変身出来るかもしれないぞ。ヴァンパイアは変身出来るからな」


 そうだったか? と思いながら、見流はああ言えばこう言う幼馴染みの言葉を流すことにした。

 深く追求することに疲れた見流は、本題に入ることにした。


「もう疲れたからいいや。ところで、今日、学校なんだけど、行かないの?」


「行かん」


 三文字で答え、逝人はぷいとそっぽを向く。


「逝人、一応、高校生なんだよ。十八歳だけど」


「あたかも高校を留年したような言い方はやめてくれ。俺はちゃんと校長に許可を取った」


「許可っていうか、買収じゃん。逝人の場合! 同じ狩り仲間っていう。家族の皆に許可取ってないじゃない!」


「じーちゃんにも許可を取った」


「逝人のおじいちゃんはヴァンパイアハンターになれば、文句言わないじーちゃんじゃない!」


 そう叫び、見流は抑えられなくなった拳を思いっきり振り上げた。


「ぐわっ!? ちょ、見流! 何、思いっきり殴ってくるんだよ!」


「うるさいっ! このヘタレ! 今日は何が何でも学校に連れて行くぞ、このヤロー」


「いやいや、見流さん、口調がちょっとおかしいですよ。っていうか、俺を引き摺るのやめてくれない!?」


 逝人の服を掴み、彼を引き摺りながら見流は部屋から出た。





 本当に何が何でも学校に連行、という状態の逝人は大きな溜め息を吐いた。幼馴染みの強行で、制服に着替えるように脅され、着ている。

 朝の太陽が眩しい。


「……うぅ、眩しい」


「何、ヴァンパイアのようなことを言ってるのよ。ヴァンパイアハンターが」


「俺は仕事がいいんだ。ちゃんとお金になるし。自分の名字だけに、一狩りするのが楽しいんだ」


「確かに、逝人の名字は一狩ひとかりだけどさ……。それより、ちゃんとお金になってるんだ」


 そちらの方が驚きだ、と言いたげな目で、見流は横を足取り重く歩く逝人を見た。


「そうだよ。あいつと違って、他のヴァンパイアは弱いから、ちゃんと捕まえられる」


「へ、へぇー……。ちゃんと仕事してたんだ」


「当たり前だろ。そうじゃなきゃ、ご飯食べられないだろ!」


「確かにそうだけど、仕事してたんだ。まぁ、仕事してる時の逝人、かっこいいもんね。普段はヘタレだけど」


 ヴァンパイアハンターとしての仕事をしている逝人を何度か見たことがある。それを思い出し、見流は呟く。


「一言余計だ」


 むすっと顔を顰め、逝人はそっぽを向く。

 ちょうど向いたところに、黒い髪、黒い目、色白の端正な顔立ちの青年がアパートから出て来た。

 逝人は思わず、立ち止まる。

 相手もドアノブを持ったまま、固まる。


「「あ」」


 同時に声を発した。

 逝人の隣にいた見流も不思議そうに幼馴染みとその相手を見る。

 お互い声を発することが出来ず、ただじっと見つめる。

 しばらく見つめ、青年が声を発した。


「……まぶすー。溶ける溶ける」


 突然、訛ったような言葉を発し、青年は胸元からサングラスと取り出し、掛ける。


「ふぅー、これで溶けないね」


 安堵の息を洩らし、青年はドアを閉め、鍵を掛ける。


「「いやいや、溶けるって、ヴァンパイア」」


 思わず、右手を左右に振り、逝人と見流がツッコミを入れた。

 厚着、手袋、マスク、日傘など日焼け防止グッズを所持していない、どう見ても薄着のヴァンパイアを逝人達は見つめる。

 しかも陽射しを通す白いワイシャツ姿だ。


「え、でも、サングラスしてるし」


 サングラスを指差し、青年は笑顔で答える。

 端正な顔立ちで、サングラス姿も似合っている。


「サングラスだけで、陽射しが防げるヴァンパイアがいるかぁーっ!!」


「サングラスをなめてはいけないよ。このサングラスはね、特注の陽射しガードマックスなんだよ」


 そう言って、サングラスを外してみせる。

 すると、陽射しを浴びたヴァンパイアはじりじりと火傷を負う。

 そして、サングラスを掛けると、火傷がすーっと消えていく。


「――ね?」


「ね? じゃねぇー! どういう構造してんだよ、そのサングラス! っていうか、お前だ!」


 びしっと逝人は青年を指差す。


朝野 太陽あさの たいようというヴァンパイアと反対の名前を持ちやがって! 俺みたいに名は体を表すような名前にしろよ!」


「いやぁ、そう言われても、親が決めてくれた大切な名前だし」


 後ろ頭を掻き、ヴァンパイアの青年――太陽は笑う。


「おかげで、ほら、朝も平気に歩けるよ。朝はいいねー、人がたくさんいるし」


 嬉しそうに笑い、太陽はサングラスを掛けたまま空を見上げる。


「……ねぇ、どう見ても太陽さん、悪者に見えないんだけど」


 子供のようにはしゃぐ太陽を見つめ、静かに見流が呟いた。


「他のヴァンパイアハンターにもよく言われるよ」


「それに、どう見ても、太陽さんの方がニートな逝人より真っ当な生き方してるわよ」


「そう言うけどな、こいつはヴァンパイアで人の血を吸うんだぞ」


「あ、血は吸ったことないよ。ちゃんとご飯食べてるよ。にんにくって栄養満点でいいよね」


 にこやかに笑い、太陽は答えた。


「血を吸わない、にんにく食べるヴァンパイアがいるか! どういうヴァンパイアなんだよ?!」


「新種とかじゃない?」


 肩を竦めて、太陽は首を振る。


「それに、じーちゃんが若い頃から生きてるくせに、何でそんなに若いんだよ!?」


「まぁ、ヴァンパイアだからねー。長年生きてるけど、まだまだ俺はヴァンパイアの中ではひよっこなんだよね」


 そう言いながら、太陽は腕時計を見る。


「あ、もうこんな時間だ。逝人君、見流ちゃん、俺、職場の上司に会いに行かないといけないんだ。バイトのままか、パートかの瀬戸際なんだ。だから、また今度話そう。それじゃあ、逝三いくぞうさんによろしく~」


 にこやかに手を振り、太陽は颯爽と去っていった。


「……やっぱり、逝人より真っ当な生き方してるわ、太陽さん」


 静かにそう呟き、見流は去っていく太陽の後ろ姿を見つめた。


「――あんな常識外れなヴァンパイア、おかしいって」


 人間より人間らしいヴァンパイアを不可解なモノを見るように見つめ、逝人は呟いた。





 この時から、ヘタレでニートなヴァンパイアハンターと、人間より人間らしいヴァンパイアの長い戦いが始まる。





「えっ、ちょっ、見流、何を勝手にモノローグ入れてんの!?」


「いや、だって、何か面白そうじゃん。そう言っておくと笑えて」


「勝手に人の話で笑いを取ろうとするなっ!」





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ヴァンパイアハンターとヴァンパイアなお兄さん 羽山 由季夜 @kazemachi0925

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