第3話 おにくを食べます!

 アレックスは、The・庶民といった下町の肉屋に入る。周りはニツコウの温泉開発や、農地開発で訪れている労働者層で溢れている。


 この肉屋では、気に入った肉をその場で焼いて食べることができるのだ。食欲のそそる焼いた肉の匂いや白い煙が、店の中にたち込めている。


 店の客は、いきなり現れた場違いな美少女にギョッとした視線を送ってきた。


「悪目立ちしすぎてますわ」


 クラウディアはアレックスの袖を引くが、アレックスは何食わぬ顔をして庶民に囲まれた席に着く。


「すみませーん、上タン塩と、特上ハラミと、特上カルビ、中落ちカルビ、みすじステーキ……あと、バジルチキンくださーい」


 やたらと高い肉ばかりを注文し、アレックスは辺りを見渡す。


「今日はお小遣い全部使っちゃおう。特上カルビを各テーブルに二皿ずつあげてください」


 太っ腹にも程がある。店中の客のお肉を奢ると言う。


「マジかよ、お嬢ちゃん!」


「どこのお嬢だよ? 見たところ護衛もいないじゃねぇか」


(わたくしが護衛なんですけどねっ)


 周囲のテーブルから話しかけられ、クラウディアも神経を張り詰める。


「実家が牧場なんです。なので、みなさんがお肉を食べてくださるのが嬉しくて」


 嘘ばかりを述べ、次々と肉を奢り続けるアレックス。


 周りには隠密もいないし、いつでも動けるようにとクラウディアは警戒するが、タンを持ってきた店員の顔を見て、ハッとした。


「おまえはアヤメではありませんか」


 元チャンドラー公爵家に仕えていた隠密である。今は隠密騎士団の一員だ。


「お久しぶりです、お嬢様。実はここは引退した隠密が経営している店でして」


 周囲に聞こえないようにこしょこしょと囁かれる。


「ちょうどいいから、現役の隠密も働かせているんです。こういう庶民が集まる場所こそ、色々な情報が収集できますから。酒も入ると口も滑りやすくなりますしね」


 肉をじゅうじゅうと焼きながら、アレックスも言う。


「はい、焼けました。お姉さまは周囲を警戒してばかりで肉を焼きませんから」


 肉の表面からじゅわじゅわとした上質な油がこぼれ、見るからに美味しそうだ。


 ハラミを摘むと、アレックスはクラウディアの口に運ぶ。


「ひ、一人で食べられますっ」


「だめです~。私が焼いた肉なんですから、どのように食べるのかを決めるのは私です。お肉の全権限は私にあるのです」


 アレックスは次々にお肉を焼き、クラウディアの口に運ぶ。たれを配分よく作り、タンにはレモンをかける。


「あなたは食べないのですか?」


「そうでした。私も食べて筋肉を付けないとですね。食べさせてください」


「……ご自身で食べられるのに?」


「私の事が虫酸が走るくらい嫌いで、手も触れたくないとまで仰るのなら、自分で食べますけど」


 アレックスは、あからさまに「傷ついてます」という表情を浮かべている。


(め、面倒くさっ!!)


 仕方なく、クラウディアはカルビを摘んでアレックスに食べさせてあげる。さくらんぼのような可憐な口が肉を加えるところを見ていると、妙な気持ちになる。


(やっぱり小悪魔だわ。なんなのかしらこの子……!)


 小悪魔美少女といかにも悪役令嬢なクラウディアの組み合わせは、周りの男達の注目の的だ。


「エロ」


「百合かぁ……堪んねぇな」


 男達の声が耳に入り、肉をあげるのを躊躇する。


「へ……アリス、あなたとわたくし、あの男達のおかずになっちゃいますわ。わたくしはともかく、アリスがおかずになど……っ」


 クラウディアは妄想逞しいので、男達の脳内でどのようにTSアレックスが料理されてしまうのか、ぞわぞわと悪寒がしてしまうのだ。


「別にいいですよ、私は。それで彼らの明日の活力になるのであれば、私は喜んでおかずになります」


「嫌ですっ! そんなのわたくしが許しませんっ」


 妄想上であっても、アレックスは穢されたくない。あのような十八禁同人誌が出回ってる時点で今さらの話ではあるのだが。


「しかし、あなたがおかずになるのは嫌ですね。仕方ない。自分で食べましょう」


 アレックスは、クラウディアがおかずになる方が嫌だと言う。


 少し寂しそうにしながら肉を摘むアレックスに、クラウディアはなんだか申し訳ない気持ちになってくる。


「ふ、二人きりの時になら」


 そう遠慮がちに言うと、アレックスは目を輝かせた。


「じゃあ、今度のお休みはピクニックに行きましょう。それで決まりです」

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