第2話 歩行者天国とアイドル皇帝
「ところで、お姉さま。今から『陛下』は禁止です。誰が聞いてるかわからないですから。私のことは『アリス』と呼んでください」
クラウディアより少し背が低くなったアレックスは、あざとい上目遣いでそう言った。
「わ、わかりましたわ、アリス」
そう言って、アレックスの手を取る。
「はぐれてはいけませんわ。わたくしはあなたの護衛なのですから」
皇帝に仕える隠密騎士団が隠れて警護しているだろうが、この人通りだ。いざと言う時に隠密の手助けは期待できない。
クラウディア一人で皇帝を守らなければならない。
「大丈夫ですよ、私もあなたに倣って扇子武術を身につけておりますから」
クラウディアの最も得意とする武器は、剣でも槍でもなく、実は扇子だ。扇子武術は、クラウディアのユニークスキルでもある。
それを最近、アレックスにも伝授した。TS変装時の自衛のためである。短剣でもいいのだが、アレックスは扇子武術を身につけたがった。
「ところでへ……アリス」
クラウディアは後ろめたくて仕方がない。なぜ皇帝誕生日を忘れていたのか。
ここのところ、季節が変わり秋になった。秋用の服飾製作に忙しかったのだ。自分用のもあるが、気がつけばTSアレックスのばかり作ってしまう。アレックスが可愛いすぎるのがいけないのだ。
護衛の任務が終わると、すぐに服を縫ったりデザインを考えたりと目まぐるしい生活をしていた。日付の感覚が少しおかしくなっていた。
「遅ればせながら、お誕生日おめでとうございます。本当は朝、一番にお会いした時に申し上げるべきでした。本当にごめんなさい」
そう言うと、アレックスは目を丸くした。
「い、祝ってくださるのですか!? 私のことを好きじゃないのに!?」
「……恋愛対象ではないと申し上げただけで、好きではないとは申しておりません」
「では好きなのですね!? 大好きなのですね?」
「そんなこと、今さら話すことでしょうか? あなたのお誕生日をお祝いするのは十一回目です。十六歳になられたのですね」
アレックスの六歳の誕生日から、毎年ケーキを焼いてあげたり、ぬいぐるみをプレゼントしてあげたり。クラウディアとアレックスの歴史は深い。
そっと繋いでいない手で、頭をなでて髪に触れた。本当の妹のように愛おしい。胸がキュンとする。
アレックスは幸せそうに微笑んだ。
メインストリートでは、皇帝の誕生日ということで、ブロマイドや、皇帝の写真付きノートが売られている。
その他、皇帝の自叙伝や、皇帝の好物であるイチゴを加工したイチゴジャムや、サツマイモをスイーツにしたスイートポテトなども売られている。
そして――。
「見て下さいッ! ついに、ついに出ましたよ!!」
アレックスがはしゃいで、クラウディアの手を引いた。そこにあったものは――。
【皇帝陛下、ご本人公認の禁断愛! イケメン護衛騎士との甘々ボーイズラブアンソロジー】
台の上にでかでかとそう書かれ、アンソロジーだけに分厚い同人誌がどかどかと詰まれている。
「これくださ~い」
アレックスはさっそく購入している。
この手の三次元ボーイズラブものは、地下でこそこそと売られることが多い。しかし、本人のOKが出ている場合は話が別である。
アレックスは、TSクラウディアとのカップリング限定で、OKを出している。十八禁でも構わないとまで言っている。もはや『公式』である。
「ど、どんな感じに書かれてるんですかね? エロエロですかね?」
興奮しながらページをめくるアレックスから、クラウディアは本を取りあげる。
「あなたは十六歳です! 十八禁を読んではなりません! まったく、売る方も年齢を確認してから売るべきですわ。これは十八になるまでわたくしが預かります」
そうは言っても、アンソロジーは飛ぶように売れているのである。年齢を確認する暇はないだろう。
あぁ、恥ずかしいと言いながら、バッグの中に仕舞いこむ。
「クラウディアは、兄上の同人誌は喜んで買っていたと聞きましたよ。私じゃダメですか?」
アレックスはどこか傷ついたようにそう言うのだが。
「あなたとあなたのお兄様は違います! あの方はわたくしと同い年なのですから。それにわたくしとあの方のカップリングはありませんから! あったら読めませんわ」
アレックスは、兄のダスティンとは違うのだ。ダスティンとは始めから対等な関係だった。守りたいと思ったこともない。
しかし、アレックスは違う。大切に守りたい。どんなに生意気で腹が立っても、アレックスはクラウディアにとっては可愛い天使。自分の性欲や支配欲で穢したくはない、聖域のようなものだ。
「エロは忘れてスイートポテトを食べましょう。わたくしが奢りますから」
そう言って、アレックスの手を引いた。
スイートポテトを頬張るアレックスを、本気で愛おしいと思った。
「あなたが奢って下さったから余計に美味しいです」
「城に帰ったら、お誕生日プレゼントを渡しますわ」
誕生日がもうすぐくる、ということだけは忘れていなかったのだ。巨大な黒猫の抱き枕を作っていた。
「嬉しいです……生まれてきてよかった」
綺麗な瞳を輝かせて、アレックスはしみじみとそう言う。これも毎年恒例だ。クラウディアがプレゼントを渡すと、アレックスは必ず「生まれてきてよかった」と言う。
(この子が誕生日を迎える度に『生まれてきてよかった』と言わせたい。だってわたくしも、あなたが生まれてきてくれたことに感謝しているんですもの)
クラウディアの胸に温かな気持ちが芽生える。
(で、でもこれは恋ではないのですわ。陛下は恋愛対象外だもの。そこは譲れませんわっ)
自分より背が伸びて、凛々しさを増していくアレックスではあったが、クラウディアはどこまでも可愛い弟でいてほしいのだ。男になんてなってほしくはない。
愛おしさを込めてまた頭をなでた。
「あ、あんなところにスペアリブのお店がありますね。今度は私が奢りますから」
アレックスは嬉しそうな顔でクラウディアの手を引っ張った。
街で食べ歩きをしながら、アレックスは下町へと向かう。
「デートがてら、庶民の様子を見ましょう」
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