ニートとトニ子

楠木祐

第1話 人間、生まれた時は皆ニートだ。

 8月5日の午前11時、ニートである25歳の男、川崎大輝は2階にあるエアコンの効いた自室のベッドで眠っている。この時間まで寝ていることは高校生や社会人の休日なら許されるが大輝はそうではない。1年間を同じように怠惰に過ごす、これは悪でしかない。そんな罪悪を感じもせずに正午に彼は目を覚す。


「あー、よく寝た。まあ、起きてもやることないんだけど」


 ベッドで起き上がり、最低の独り言を呟いてからまたベッドに背中を預ける彼をどうか誰かがビンタして叩き起こして欲しい。しかし、彼には友達がいない。いるとすれば幼馴染だが社会人なので今も仕事に勤しんでいるはずだ。


 ニートは自由なのか、それとも自由という檻の中に閉じ込められている不自由な存在なのかはわからないが大輝は今のところ日々を楽しく過ごしている。大輝は言う、楽が一番の楽しさだと。苦しみから生まれる楽しさだってあるはずなのに彼はそれを否定する。否定しなければ自分が味わっている楽しさが奪われてしまうから。


 午後1時、流石のニートも起きることにしたようだ。大輝は階段を下りて、洗面所に向かう。大輝が起きて一番にやることは歯磨きだ。寝ている間に口の中は菌だらけだと思っているので歯磨きは欠かさずに時間を掛けて行う。まあ、ニートで他にすることがあまりないから歯磨きに時間を掛けていられるのだがそれを言うとまた面倒なので言わない方が良い。


 歯磨きを終えて、大輝はキッチンに行き、冷蔵庫から2リットルのペットボトルを取り出す。それを紙コップに注ぎ喉を潤す。なぜコップで飲まないのか、なぜ水道水を飲まないのか、それは彼が全てを衛生的ではないと思っているから。一番、自分の心が汚いというのにそれを棚に上げて彼は綺麗なものを求めている。根が図々しいのである。


 そして、大輝は自室に戻る。彼が1日でやることをほとんど達成したからだ。

 ニートは起きた後にやることが限られている。働けば良いのだがそれをしないし、変なプライドで出来ないのがニートという生き物だ。そんなニートをニートである大輝は思い切り下に見ている。同類というか同族だと言うのに。


 二度寝をしたら時刻は午後2時になっていた。大輝の身体は正直、あまり睡眠を求めてはいないようだ。大輝自身もやることがないので寝ているに過ぎない。金がないので金を使いたくない、そう考えると外出しようという発想には至らない。もしも大輝の睡眠が他人に売れるのなら売りたいと彼は思っている。まあ、そんなことは出来やしないけど。


 午後3時、大輝が何ヶ月か前に買っておいたミステリー小説の文庫をパラパラと捲っているとインターホンが鳴った。両親は仕事に出掛けているので当然、大輝が出るしかないのだが2階からわざわざ出るのが面倒だから何ターンか待ってみることにする。諦めたらそこで終了だよと大輝は思いながら読書を続ける。


 「バン!」という衝撃音、それに衝撃を受ける。

 慌てて、大輝は階段を駆け下り、玄関に行くとそこにはモノトーンのメイド服を着たショートの金髪の少女が立っていた。端正な顔立ちに透けるような白い肌、大きな黒目、間違いなく美少女だった。そんな子に大輝が目を奪われていると彼女はペコリと頭を下げて言う。


「申し訳ありません。留守のようだったので蹴りでドアを破壊してしまいました」


 敬語なのに言っていることは野蛮だった。


「えっと、まず、警察に連絡して良いですか?」


 冷静に大輝が尋ねると金髪の少女は首を横に振ってから口を開く。


「警察なんかに言っても意味はありません。貴方に関わるほとんどのことが私の力によって今の時点で問題にはなりませんから」


「アンタ、何者?」


「申し遅れました。私はニート社会復帰対策課から委託されたトニ子という者です」


「と、トニ子?」


 変な名前だと真っ先に大輝は思ったが口には出さず、我慢をする自分は優しいと彼は悦に浸る。


「安心してください。ドアの修繕費はこちらで負担しますので」


 ドアの心配より自分のことが心配な大輝はそれどころではない。


「どこの世界に留守だと思ってドアを蹴破る女がいる」


「ここにいますけど」


「だからそれが問題なんだよ。親にどういう教育されてきたんだよ!」


「親なんていませんけど」


「なんか俺が悪いこと言ったみたいになっているけどアンタが悪いんだからな」


「大輝様がニートでいなければ私がここに来ることはなかったのでニートである大輝様の責任かと」


「何を冷静に言っているんだ。それより、そっちで負担してくれるなら今日中にドアを直してくれ。両親が帰ってきたら驚いちまうから」


「かしこまりました」


 ドアはトニ子がすぐに業者に連絡して修理に入った。


 その間、大輝とトニ子は大輝の部屋で話をする。と言っても、トニ子が強制的に川崎家に上がり込んだのだ。ドアを蹴破れるトニ子に大輝が力で勝てるはずもなく、彼は今の状況に耐えるしかない。


「まずは、貴方のプロフィールを伝えますね」


 なぜ自分のことを他人から言われないといけないのだろうと大輝は思った。


「川崎大輝様、25歳。現在、仕事には就いておらず家でゴロゴロとするのが日課。趣味は読書。童貞。以上で間違いないですね?」


「間違いはないが初対面の人間に言うことではないだろ。そういう意味では間違っているとも言える」


「屁理屈が多いことも加えないといけないようですね」


「君は理不尽が多い気がする」


 はぁ、と溜息を吐いてからトニ子は口を開く。


「相手を打ち負かさそうとすれば人間関係が上手くいく、そんな浅い考えは早く捨てた方が自分の為ですよ、大輝様」


 子どもを諭すように言われ、大輝は腹が立つが一応、大人だと自分を認識しているので小娘相手に毅然な態度を取ろうとする。


「ハッキリ言うと友達のいない大輝様はもう少し相手のことを考えないと社会で通用しません。事実として今、社会で通用していない訳ですし」


「アンタもね。アンタも人の心をもう少し考えないと人の心を踏み潰し続ける人間になるよ!」


「私は人間にはなれません」


 ハッキリとトニ子は言う。


「人間を諦めた的な発言ほど痛いものはないんだぞ!」


「……まあ、いずれ分かることです」


「なんで俺が分からず屋みたいになってんだよ!」


「とにかく、今日から私と貴方は運命共同体です。よろしくお願いします」


「え、マジ?」
















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ニートとトニ子 楠木祐 @kusunokitasuku

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