004 賭け
石狩鍋とは北海道を代表する郷土料理である。
昆布出だしをとった鍋に酒や鮭や野菜などの具材を放り込み、最後にバターを乗せると完成する。非常に簡単なレシピながら絶品であるので俺は頻回に食卓に出す。
「うん。うんうん」
キッチンのガスコンロの上でグツグツする鍋の味見をする。味は言わずもがな。灰汁も綺麗に取り除き、野菜も十分煮えたので、あとはバターを乗せるだけだ。しかし、まだバターは乗せない。バターを乗せるのは食べる寸前だ。
火を落とし、炊飯器に目をやる。炊飯器は既に三合の米を炊き終え、保温モードに移行している。つまり、此方の準備は万端――あとは『サプライズ』が到着するのを待つだけだ。
「貴君」
いつの間にか部屋着に着替えていた宵乃はキッチンに這入って来た。「貴君が今何を考えているのか当ててやろう」
「いらん」
「新しい同居人が可愛い子だったら良いなーなんて考えてるんだろう」
「はァ?」
「とぼけるな。私はわかってるんだぞ、この助兵衛め」
「……あまりキッチンで怒らせるなよ」
思わず包丁を手に取ってしまいそうになるから。
「あれ? 違ったか?」
「違う。何時ごろに来るのか考えてたんだ。バターを入れるタイミングがあるからな」
「どうだか」
宵乃は挑発的に肩を竦める。俺は無視をして、包丁やまな板を洗い始めた。料理のコツは何回も作る事もさることながら、こまめに洗い物をする事も挙げられる。
「貴君。那由他さんの捨て子を拾ってくる癖も困りものだな」
「俺らが言える立場か?」
その癖のお陰で俺も宵乃もこうして居られるのだから――感謝こそすれども、頭を悩めるのは筋違いだ。
「まぁでも、拾ってくる奴の情報は予め教えといて欲しいものだな」
那由他さんが捨て子を拾ってくるのには二つのパターンがある。一つ目が偶然拾うパターンだ――これは野垂れ死にそうな奴を発見した場合が多い。二つ目が誰かから引き取るパターンだ。この場合、偶然拾うパターンと違い、そのこの情報を家に招き入れるまでに把握している事が多い。勿論、いつから住み始めるのかもわかっているはずだ。
俺たちは那由多さんの捨て子拾いに口出しできる身分ではないが、少なくとも俺たちの同居人に関する事項なのだから、その子の情報を掴んだタイミングで共有して欲しいものだ。しかし、那由多さんそれをしない。何故か――サプライズが好きだから。
「貴君、男の子だと思うか? それとも女の子だと思うか?」
「男だろ」
「どうしてそう思う?」
「なんとなく」
「じゃあ私は女の子が来る方に賭ける。貴君は男の子が来る方に賭けろ」
「賭けるって……何を?」
「負けたら相手の言う事を聞く――これでどうだ?」
「いいぜ、俺が勝ったらお前には一年間風呂掃除をしてもらう」
「じゃあ私が勝ったら、高校卒業までの一年とちょっと、毎日登下校を一緒にしてもらう。どうだ?」
「相変わらず発想がウザいが……まぁいい」
そう言った時である。
家の中にチャイムの音が鳴り響いた。
俺と宵乃は顔を見合わせる。
「貴君、審判の時だ」
宵乃は先に駆けだした。
「待てっ」遅れて、俺はタオルで濡れた手を拭いてから玄関に向かう。
俺が廊下の角を曲がった玄関に到着したと同時に、宵乃は「いらっしゃーい」と戸を開けた。
そこに立っていたのは、芋っぽいジャージを着た虚ろな瞳の小女だった。
「は、初めまして……」
少女は恐る恐る頭を下げる。
それに応じるように俺も「初めまして」と頭を下げた。
「よっしゃ私の勝ちィ!」
空気の読めない宵乃は高々とガッツポーズをした。
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