26走目 勇猛と王冠

 ヴァレリアに着いて翌朝の事。豪華な客間で目を覚ます。この部屋、実家よりも広く感じる。農村の小さな集落で産まれた私からすればこの広さは家族で生活する広さだった。

 クレセント家の屋敷。私はまだ慣れない石の廊下を歩いた。今日はヴィクトリアさんの指導が始まる日だ。


「おはようございますフィリアさん、それからヴィオラさんもいらしたのですね」

「おはようございますヴィクトリアさん」

「……おはようございます」


 私たちは二人でヴィクトリアさんに挨拶をする。確かにヴィオラさんは気配が薄いけど、私にははっきりわかる。ここにいる。そう、それがレース中でも、私の後ろだろうと彼女の位置なら正確にわかる気がする。なんとなくだけど、ヴィオラさんからすごく意識されているのがわかる。


「それではついてきてください」

「はい」

「…………」


 ヴィオラさんはこくりと頷いてついていく。

 廊下の窓から見える中庭に、巨大な魔法陣が描かれた訓練場がある。昨日は暗くてよく見えなかったけど、朝日を受けて淡く光っている。私はその景色に目を奪われながら、ヴィクトリアさんの後ろを歩く。


 私のすぐそばにはヴィオラさんが漂うように浮いている。

 彼女はいつものように無表情で、でもふわっと浮いたまま私のすぐ横を並走するように進む。肩が触れそうなほどの距離を漂う彼女の距離感に最初は少し驚いたけど、もう慣れてしまった。彼女はくるっと私の周りを回って、また横に並ぶ。まるで私を中心に回る惑星のよう。私の周りを漂う彼女は、不思議と私の動きの邪魔にならないように漂っているので特に問題はない。

 ヴィオラさんはこんなふうに私の近くにいることが多く、浮いている時は特に、私の周りをゆっくりと回るのが好きみたい。理由はわからないけど、ヴィオラさんが楽しそうだしいいのかな?


 中庭に着くと、ヴィクトリアさんが優雅に振り返る。


「今日から本格的な指導してあげます。まずはあなたたちの魔力の性質を確認しましょう」


 私は首を傾げる。


「魔力の性質……ですか?」

「ええ。速さやスタミナを鍛える前に、自分の魔力の質を知ることが第一歩です」


 そう言うと、使用人の方々が大きめの水晶を運んできてくれた。ヴィオラさんは無言で水晶球の前に立つ。彼女の銀色の瞳が水晶球を映し、まるで星空のように見えた。

 円形の訓練場には巨大な水晶球と複雑な魔法陣がある。


「手を当てて、魔力を流してください」


 私は緊張しながら先に手を当てる。

 水晶球が赤と金の炎で輝いた。


「炎と光属性ですね。この形、性質は勇猛と王冠……まさに戦士の魂ですわ」


 私は息を呑む。戦士の魂……その言葉が身体に響く。

 次はヴィオラさん。彼女が手を当てると、水晶球が紫と銀の星屑で瞬き、闇と光が交錯する。


「闇と光属性。性質は宇宙と愛……まるで星空そのもののような魔力です。魔力量はフィリアさんを大きく上回っていますね。まあ、常に浮いているから当然なのでしょうけど…………」


 ヴィオラさんは無表情で小さく頷く。でも、銀色の瞳が私をチラッと見る。動詞てこちらを見ているのかわからないけど、彼女はじっと私を見ていた。


 測定が終わると、ヴィオラさんがまた私のすぐ横にふわっと近づいてくる。肩が触れそうな距離で、私の周りをゆっくり回り始める。…………戻ってきた。


「二人とも、魔力の質を理解すればもっと強くなれますわ。フィリアさんはひとまず魔力量を考えてスキルの持続時間をあげましょう。ヴィオラさんは………………………………そうね、もう少し意識的に浮いてみたらどうかしら??????」


 …………ヴィクトリアさん、少し困ってるけど、やっぱりヴィオラさんは完成され過ぎてて指導方針が難しいのかな。逆に私は、あからさまにある弱点が一目で露呈したんだ。


「あの…………魔力の性質ってなんですか? 炎や光の属性はわかりますが、勇猛に王冠ってどういう?」

「それは貴女の獲得スキル適正ですね。勇猛は荒々しく力強いスキルを王冠は圧倒的な力を与えます。つまり貴女は正真正銘のパワータイプですね。実際に貴女のスキルは瞬間火力に優れたスキルが多いのではないですか?」

「瞬間火力…………」


 確かに、スキル使用時の瞬間が一番パワーがみなぎるのを感じる。


「ひとまずこちらの練習用のコースを使いましょう。まずはスキルをいつもより抑えめで発動しましょう。やってみてください」

「は、はい!」

「わかった」


 練習用コースは低い壁と直線が続く簡単なものだ。でも、今日はただ走るだけじゃない。


 私は【魂の道ヴィア・スピリタス】を発動する前に、深呼吸して魔力を集める。いつもなら一気に流し込んで爆発させるけど、今日は違う。ヴィクトリアさんの言葉を思い出して、魔力を一瞬で開放するのではなく、軽く使うつもり。少し速く走る意識で使用する。

 魔力が足元から湧き上がり、炎のように熱くなる。でも、いつもみたいに全部ぶつけない。最大出力にならないように意識して、ゆっくりと押し出す。


 地面を蹴る。

 いつもより小さい魔力で、でも加速力は劣らない。身体を前に押し出す力は変わらない。風が耳元を切り、壁があっという間に近づく。


「嘘…………」

「それが本来のスキルの使い方です。貴女は指導者がいなかったせいで少々がむしゃらに力を使っていたにすぎません。実際に貴女のスキルの最大加速はその程度の魔力量で到達します。しかし、貴女は必要以上に魔力を消費してスキルを使っていたのです」


 私は【王冠の飛躍コロナ・サルトゥス】を控えめに発動する。魔力を膝に集中させ、高さ制限ぎりぎりで跳ぶ。着地が軽い。足首に響く痛みがほとんどない。今までは余分な魔力を出していたせいだろうか。高めに跳び足への負担が強った。でも、コントロールして跳ぶと必要な高さに留まるし、ロスタイムも減る。…………私、今まで本当にスキルの使い方まで知らなかったんだ。

 いつもなら全力で跳んで、着地でガクンと膝が沈む。でも、今日は違う。魔力を波のように流したから、跳躍の勢いが身体に残らず、次のステップに繋がる。私は難なく壁を越えた。


 私は息を吐く。身体が軽く、いつもならすぐに発動も辛いスキルも、まだまだ余裕で使用できそうだ。


「これなら……もっとたくさんスキルを使える」


 ヴィオラさんは【星の飛行アストラ・フライト】を重力の流れに沿って調整する。彼女の紫の髪が風になびき、銀色の瞳がコースを貫く。従来の2倍の時間浮遊し、コースを滑らかに進む。私は息を呑む。


 ヴィオラさんは私のすぐ横をふわっと浮きながら進む。私の周りをゆっくり回るように動き、私のすぐそばにいる。なんだか楽しそう。


 私は今までの自分の走り方を思い出す。私の魔力は瞬間火力……長く燃やすのは苦手だけど、一瞬で全部ぶつけるのが得意なんだ。ヴィオラさんの持続と範囲に補い合えると感じ、二人で並走するイメージが湧く。ヴィオラさんの視線を感じる。いつも私を見ているけど、私ってそんなに見てて楽しいかな。


「二人とも、魔力の性質を理解すればもっと強くなれますわ。何が得意か。何が出来るか。もっとも、ヴィオラさんは既に闇と宇宙は使いこなせているみたいですけどね」


 ヴィクトリアさんが微笑む。私、今なら勝てるかな。ううん、ヴィオラさんは今、一緒に強くなってるから難しいかな。でも、いつか勝ちたい。私の最初の目標…………。


 日も暮れてきた頃、お屋敷に戻って自室のバルコニーに行くと、隣りの部屋からヴィオラさんが文字通り飛来してきた。


「あ、ヴィオラさん! 私ね! 今日で少し、自分の走りが分かった気がする」


 ヴィオラさんが私を見る。


「フィリア…………強いね」


 私は胸の奥がざわめき、笑う。


「ヴィオラさんも! むしろヴィオラさんの方がずっと速いよ!」


 明日からもっと厳しいトレーニングになるかもしれない。そしていつかヴィオラさんとも…………絶対に負けられない。私の伝説にしてあげるから。

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