第2章ヴァレリア市編
25走目 ヴァレリア
ヴィンテール市を離れて3日目の昼下がりになる頃。
ヴィクトリアさんのご実家の馬車に乗せて貰っている。お貴族様の馬車ってすっごく緊張するなぁ。ゆったりとした革張りの座席に窓から差し込む陽光が揺れ、カーテンが軽く揺れる中を進む。私は窓に顔を近づけ、通り過ぎる緑の丘陵や遠くの山脈に見入り、新しい街への期待で胸がドキドキして落ち着かない。
「フィリアさん、ここから先は私の実家であるクレセント家が治める領地です。街の名前は『ヴァレリア』。良いところなのできっと気に入りますわ」
私は思わず身を乗り出す。新しい街はいつもそうだ。ヴィンテール市はまだ実家の集落近くだったから行ったこともあったけど、ヴァレリアには一度も行ったことがない。どんな場所なんだろう。
「ヴァレリア……! クレセント家ってレース界に貢献されているお家ですよね?」
「ええ、そうよ。クレセント家はこの地を古くから護ってきた家系で、私が言うのは少し恥ずかしいですがレースの名門でもあります。ですのであなたを育てるのに、我が領地以上の場所はありませんわ」
クレセント家ヴィクトリアさんのご実家でこの国のストラル・レースの発展に大きく貢献した名家。そんな場所でトレーニングできるってだけで今からワクワクしている自分がいる。
私は窓の外をもう一度見つめ、緑の大地の向こうに白い城壁が少しずつ近づいてくるのを感じる。あそこがヴァレリアの城壁なのかな。やっぱりモンスターもいるし街の外からの防壁もしっかりしているんだ。
ふと横に視線を移すと、当然のようにヴィオラさんが隣に座っている。
紫の髪を軽く揺らし、銀色の瞳で本を読んでいる。3日間ずっと隣りに座って一緒に移動している。何故彼女が私たちと一緒にいるかというと至極簡単な理由だった。
「ヴィオラさんはあっちでも走るの?」
ヴィオラさんは本から目を上げ、淡々と答える。
「……うん」
そう、彼女も同じくヴァレリアのレースに参加するつもりらしい。その上、ヴィクトリアさんからの指導の誘いを受け、最初は断っていたみたいだけど、いつの間にか一緒に行くことになっていたらしい。
「ヴィオラさんも私の指導を受けてくださりありがとうございます。二人を育て上げられるのはとても楽しみですわ…………それにアウレリアのところには」
「え? アウレリアさんがどうかしたのですか?」
「ふふふ、それは未来の楽しみにしておきましょう?」
「? わかりました」
ヴィオラさんが本を閉じ、私の手をそっと握る。
「……フィリアと、走る。嬉しい」
「え? あ、うん。私もヴィオラさんと一緒に走れてうれしいよ。でもレティシアも一緒に走りたかったな」
レティシアはヴィンテール市でまだやることがあると言って残っている。次に向かう街も私達とは全然違う場所らしい。だからまた一緒に走れるかわからない。それでも大舞台を目指せば必ず会えるよね。お互いが強くなって再会できる。そんな気がする。だってレティシアには、まだ私の伝説の1ページに刻みたい相手だから。
とにかくヴィオラさんが一緒に来てくれた理由はわからないけど、内心ではまた一緒に走れると嬉しいことに変わりない。
「そういえば、ヴィオラさん。どうしてこの馬車に乗ってきたの? ヴィクトリアさんの指導を受けるって決めたのはいつ?」
ヴィオラさんが少し首を傾げて考える。
「フィリア…………一緒」
「え? 私がいたからって事?」
「……うん。それ以外に理由は…………ないと思う」
ヴィクトリアさんが優しく笑う。
「ええ、残念ながら私の指導を受ける事が目的ではなく、フィリアさんと一緒に走ることが目的みたいですわ。ついでに私の指導を受けようだなんてふてぶてしい事この上ないですが、願ってもない事なので許可しました」
「ふふ、ヴィオラさんらしいね。でも、一緒で嬉しいよ。ヴァレリアで一緒にトレーニングしよう!」
ヴィオラさんが小さく頷く。
「……うん、一緒に走る」
そんな会話をしていると、馬車が丘を越え、眼下に壮大な街並みが広がった。
白い石の城壁に囲まれたヴァレリアも、丘の上からなら一部だけど見下ろせる。魔法灯が煌めく大通り、街の中心にそびえる巨大なレース場。そして、丘の上に建つ白亜の屋敷。城壁にはクレセント家の紋章が描かれた旗が風にはためいている。
「ヴァレリア…………すごい! ここで修行するんだ…………もっと強くなって、アウレリアさんを越える伝説になるんだ」
「あら……アウレリアのようにではなく、越える事を目指すのね」
「はい! だって伝説は並ぶものではないんです。塗り替えるもの…………ですよね」
「ええ、ぜひ塗り替えて欲しいわ。私がアウレリアに勝つ。その想いを貴女に託します」
「? はい!」
どういう意味か少しわからないけど、私が成長してアウレリアさんを越えればいいって事かな? でもそれなら、ヴィオラさんの方が先な気がする。だとすると、ヴィクトリアさん自身の手で成長させた私に意味があるのかもしれない。最初から最高なヴィオラさんと違う。…………でも、私にはこれ以上にないチャンスで間違いないはず。
私は窓から身を乗り出して、街の景色に目を輝かせる。魔法灯の光が遠くでキラキラと瞬き、レース場の塔が堂々とそびえる。あのレース場で走ったら最高に気持ちよさそう! それに、ここならヴィンテール市以上に強敵と走れそう。それこそヴィオラさん級の強敵たちと走れるんだ。
「感動していますね。それも当然です。なぜならあの街は我がクレセント家が誇る街ですわ。ここであなたたちがさらに強くなることを期待しています。フィオラさんだけでなくヴィオラさんも」
「はい!」
「……問題ない」
ヴィクトリアさんが穏やかに言う。私は頷き、ヴィオラさんを見る。彼女も窓から街を見つめ、銀色の瞳が少しだけ興味深げに光っている。
「ヴィオラさん、ヴァレリアでどんなレースがあるんだろうね。楽しみ!」
ヴィオラさんが小さく微笑む。
「……うん、楽しみ。フィオラがいるから」
馬車は門をくぐり、屋敷の正面に停まる。クレセント家の使用人たちが整列して出迎え、ヴィクトリアさんが優雅に降り立つ。
使用人たちの服装が統一され、クレセント家の紋章が胸に輝く。私はその整然とした姿に、少し緊張する。
「ようこそ、クレセント家へ。フィリアさん、ヴィオラさん。今日からしばらくここがあなたたちの拠点ですわ。遠慮なく生活して頂戴」
私は屋敷の大きさと美しさに圧倒されながら、隣のヴィオラさんを見る。
彼女はいつもの無表情で、でも銀色の瞳が少しだけ優しく光っているような気がした。
「ヴィオラさん……ここでも一緒に、走れるんだね」
ヴィオラさんは小さく頷く。
「……うん。一緒…………」
私は拳を握りしめ、心の中で誓う。
ヴァレリアで、私はもっと強くなる。ヴィオラさんだっていつか必ず私が勝つんだ。
クレセント家の屋敷が、私たちの新しい舞台になる。
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