届かぬ君への鎮魂歌
unknown K
第一章 錆びついた赤(ラスティレッド)
プローローグ 秘められし歴史
コツ コツ
僕たちの足音が薄暗い遺跡の石壁に不気味に反響する。湿った匂いと肌寒さが僕の恐怖を最大限に掻き立てる。
ここはラルジュ王国西部の森、“ダーナス大森林”の奥深くにある古びた遺跡だ。ヴァイスハイト魔法協会から調査を依頼され、サラと新入りの僕がこの遺跡を本格的に調査することになった。
「さ、サラ……もう戻ろうよ、この先に何があるのかわからないよ。もしかしたら
「何を言ってるんだ、その未知なる“何か”を探求するのが私達考古学者じゃないのか?」
「そうだけどさぁ……やっぱり危険だよ、ここ」
「だいたい
弱虫な僕とは違ってサラは勇敢だ。暗闇をものともせずにズンズン奥へと進んでいく。正直、男として情けない。でも、それじゃ、いつまで経ってもサラに振り向いてもらえない。僕は勇気を出して先へと進んだ。
「さっきの話だが、この遺跡はな……」
「ギヤァァァッ!!」
「大袈裟だな。雫が肩に滴っただけだろう」
「す、すいません……」
やっぱり、僕は弱虫だ。僕は好きな女の子の前ですらカッコつけることができないみたいだ。
「ねぇ、サラは遺跡が怖くないの?」
僕は自嘲気味にサラに問いかけた。僕と違って勇敢で賢いサラ。何か見落としている発見がないか周りを見渡している綺麗な横顔からは恐怖の欠片も伝わってこない。きっとこんな遺跡ぐらい、彼女にとっては何でもないのだろう。
「いや、怖いさ」
だから、サラの返答は僕の予想とは異なる意外な答えだった。
「でも、恐怖に負けて、知れたかもしれないことが知れないままになるのはもっと怖いな」
「そっか……」
僕らは静寂の中淡々と歩き続ける。薄暗い暗闇も、さっきよりは怖く無くなっていた。サラでも怖い物は怖いと分かったからだろうか。
「おい、着いたぞ」
数分か、数十分か歩き続けサラは煌々と燃える松明を古びたカビだらけの石壁に近づけた。石壁に刻まれた紋様が松明の淡い光にほんのりと照らし出される。
「これは……」
「恐らく建国を描いた壁画だな」
ここには誰もが知っているほど有名な神々や勇者が、古代の壁画とは思えないほど鮮やかな色彩で描かれていた。中央に居る凛々しい青年は、勇者ルースだろう。左手の薬指に指輪らしい物をつけ、右手には聖剣を掲げている。青年の頭上で神々しい雰囲気を纏う人物は最高神ゼインだ。そして勇者と相対している、いかにも邪悪そのものといった見た目の怪物はレヴァイアだろう。
「中央の人物が勇者ルースで、その上に描かれているのは最高神のゼインかな」
「あぁ、そしてその横に描かれているのはゼインの四男、破壊の化身“レヴァイア”だな」
サラはそっと壁画をなぞる。松明の炎に照らされるサラの真剣な顔に、思わずドキッとしてしまい僕は慌てて目を逸らした。
「という事は勇者のレヴァイア討伐、つまりラルジュ王国建国史の一節の壁画だね」
「そうだな、こういった壁画は各地で見かけるな。前はイータット共和国で見た」
そうサラが呟く。
ラルジュ王国の建国史は学校に行ったら必ず習うほど有名だ。
「“静寂、混沌、絶望、悲哀、狂気。この世は赤黒い闇に満ちている。
歓喜、正義、希望、勇気、慈愛。この世は輝かしい光に満ちている。
この世に昼と夜があるように、この世は闇と光が混じり合い、存在している。
ある者は絶望を顔に滲ませながら、紅い血と悪意で塗り潰された人生を断頭台で終え、ある者は家族に囲まれ、神の祝福を受けたまま、ベッドの上で穏やかな死を終える。
ある者は飢餓と貧困に苦しみ、ある者は肥りきった身体を嘆く。
不平等、不公平。それでも、人は身の丈にあった幸せを願いながら今日の朝日を浴びる。
だが
バケモノ
悪意の権化、混沌と闇の象徴。最高神ゼインの四男にして、最悪の神レヴァイア。
彼の悪意は、人が明日に希望を抱く権利すら奪った。
彼がこの世に降りた時、この世は終焉の闇を迎えた。
この世から昼の世界を奪い、人々の絶望と嘆きを糧にして、彼はこの世を支配した。曰く、奴の姿は最も罪深き生き物の姿であったという。
人々は“闇の一族”に支配され、大地には陽の光が届かなくなった。
人はありとあらゆる権利を失い、奴隷、家畜として死んだように生きた。
そこに、光は無かった。
勇者 ルース・カルデランが産まれるまでは。
ルースは16の時に、最高神ゼインのお告げを受けた。
彼はお告げに従い家を飛び出し、長きに渡る過酷な旅のもと、遂にバケモノを倒した。そして、この地は温かな陽光を取り戻し、闇の一族から解放された。
こうして、昼の世界を勝ち取った青年は、初代ラルジュ王国の王となった。
これが、我が国、ラルジュ王国の由来である”、だったかな。何度も学校で暗唱させられたなぁ。そもそも丸暗記に何の意味があったんだろう……」
「さぁな」
サラは僕の暗唱を生返事で返し、壁画の観察に夢中になっている。まずい。全然話に興味を持たれていない。僕は何とかサラの気を逸らそうと話題を変える。
「でも、今はイータット共和国とラルジュ帝国は仲が悪いよね」
「そうだな……今ではそう簡単にイータット共和国に行くことはできないだろう」
そう言いながらもサラは壁画を調査する手を止めない。
「確か魔鉱石の鉱脈が国境で見つかったのが小競り合いの発端だったっけ?」
「あぁ、人々を豊かにしてくれる資源も、一歩間違ったら争いの火種にもなる。そう言った争いはこの長い歴史の中で幾度も繰り返されてきた。本当にくだらないことさ。私たち考古学者の仕事は、未来で同じ過ちを繰り返さないように、より正確な歴史を追求していく事だ、わかったかな?新人?」
そう言ってサラは僕の額を人差し指でコツンと叩く。
サラは過ちを犯さないため、何てたいそうな事を言っているけど僕はそんなことにはあまり興味はない。僕は単純に歴史が好きで、ただひたすらに過去の人々の足跡を知りたいから考古学者をやっている。そんな綺麗事を言われてもいまいちピンとこない。
「わかってるよ、そんな事は耳にタコができるほど聞いたよ。って、あれ?これは何だろう?」
そう言って僕は壁画の奥、この遺跡の最奥部に描かれているもう一つの模様を指さした。
「あれは、魔法陣?でもあんなに複雑で巨大な魔法陣は見たことがないなぁ……」
そこには年季を感じられる古くて巨大な魔法陣が描かれていた。また、中にはきめ細やかな術式が無駄なく精緻に組み込まれ、おそらく僕が見た中で一番、いや多分帝国の中で最も複雑で巨大な魔法陣だろう。
「凄い……」
サラはぼそっと呟き、じっと魔法陣を見つめた。こういう時のサラを僕は止められない。自分が満足するまで、何十分も何時間も一つの物に魅せられ続ける。
数分がたち、サラは唐突に口を開いた。
「なぁ、この魔法陣を観察していくつかわかったことがある」
そうしてサラは魔法陣をポンと叩く。サラの触れたところがうっすらと青く光るが魔法陣全体には全くの変化が感じられない。
「見ての通りだ。私のような一般的な魔導士の魔力量ではこの魔法陣はうんともすんとも言わない。この魔法陣にはラルジュ王国いや、この大陸の中で最も複雑な術式が組み込まれていると言っても良いだろう。そして、この魔法陣を動かすためには呆れるほど膨大な魔力が必要だ。私の見立てが正しければ、“七色の魔導師”クラスの魔術師でようやく一回稼働できるかどうかだ」
そこまで言い切りサラは言葉を止めた。
「そして私の推測に過ぎないが……この技術は既に失われている。今再現するのは不可能だろう」
「そういえば僕は昔から思っていたんだ……様々な魔法の研究が進む中、召喚魔法の研究だけがやたらと遅れているなって……」
今まで謎だった空白にピースがはまっていくかのような、点と点が繋がり、新しい"ナニカ"が見えてくる感覚。僕が考古学を続けている理由はきっとこの一瞬の為にあるのだろう。
「もしかしたら、昔あった技術が何者かによって葬られてしまったのかもしれない。そしてその手掛かりがこの遺跡にあるのかも知れない……」
「なら、隅々まで調べ尽くそう!いわゆるロストテクノロジーってやつですね!」
僕は勇んで遺跡の中を駆け回る。古代のロストテクノロジー。まさに考古学って感じだ。
「本当に男ってのは単純だな……さっきまで遺跡を怖がっていたじゃないか」
サラのこれみよがしなため息が、僕の背中にギクッと突き刺さった。仕方ないじゃないか、僕だって考古学者なんだから。
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