グエン・チ・ホアの素敵な商売-The 2nd guest-

大竹久和

プロローグ


 プロローグ



 一年365日のほぼ全ての日々に於いて、朝から晩まで絶え間無く雨が降り続ける事で知られる街、常雨都市フォルモサ。そんなフォルモサの街の住人であるこの僕は、今朝もまたそぼ降る雨が奏でる雨音に鼓膜をくすぐられながら、自宅のリビングダイニングの一角で朝食であるフォルモサ風のジョウを食べていた。

「出た! 神龍シェンロンだ!」

 すると同じリビングダイニングのリビング側の方角からそう言った声が聞こえて来たので、熱々のジョウを食べながらそちらへと眼を向ければ、革張りのソファに腰掛けたまま眼と耳を液晶テレビに傾けている妹の千糸ちいとの姿が見て取れる。小学一年生である彼女がまるで齧り付くかのような格好でもって凝視するテレビの液晶画面の中では、往年のアニメ番組『ドラゴンボールZ』が再放送されており、その内容はちょうどサイヤ人編の序盤が佳境に入ったところであった。そしてこれからベジータとナッパの二人のサイヤ人達が地球へと攻め込んで来るにあたって、ラディッツとの激闘で死んでしまった悟空を生き返らせるために神龍シェンロンを呼び出したのを観た千糸が興奮し、つい今しがたの発言に至ったと言う訳である。

「なあ、千糸? お前、もう自分の分の朝ご飯は食べ終わったのか? もし未だなんだったら、今から食べ始めてたら学校に遅れるぞ?」

 僕はパジャマ姿のままそう言って千糸に問い掛けたが、すっかりテレビに夢中になってしまっている彼女は兄であるこの僕の言葉を無視するばかりで、返事なんてしやしない。

「さあ、願いを言え。どんな願いも、一つだけ叶えてやろう」

 するとそんな不甲斐無い兄であるこの僕を真似た訳ではないものの、液晶テレビの中の神龍シェンロンもまたそう言って、七つのドラゴンボールを集めたブルマや亀仙人らに問い掛けた。

「こいつら馬鹿ばっかし! 悟空を生き返らせないで、神龍シェンロンにサイヤ人をぶっ殺してもらえばいいのにね!」

 しかしながら次の瞬間、間髪を容れずに千糸がそう言って、神龍シェンロンに直接サイヤ人達を殺してもらうべきだと主張したのだから堪らない。この子は我が妹ながら人様の揚げ足を取るのが大好きで口が悪く、しかも思った事をすぐに口に出してしまう困った性分の持ち主なものだから、実の兄であるこの僕としては先が思いやられるばかりである。

「ね、ねえ…あ…あの……サイヤ人…ってのをやっつけて地球を救ってほしい…って願いは駄…駄目かなやっぱり……」

 とは言え千糸が考え付く程度の事は誰でも考え付くもので、液晶テレビの中の豚人間のウーロンもまたそう言って、サイヤ人達の撃退を神龍シェンロンに提案していた。

「それは無理な願いだ…私は神によって生み出された。従って、神の力を越える願いは叶えられん」

 そして豚人間のウーロンの提案がそう言った神龍シェンロンの言葉によって敢え無く却下されれば、千糸の揚げ足取りの発言もまた却下された事となり、ややもすればご都合主義的な展開とは言え『ドラゴンボールZ』の世界の秩序は保たれたのである。

「ほらな、千糸。分不相応に欲を掻いた願いってのは、決して叶えてもらえないもんなんだよ」

 神龍シェンロンとウーロンとの遣り取りを見届けた僕はふんと鼻を鳴らしながらそう言って、得意であった筈の揚げ足取りに失敗してがっかりしている千糸を嘲笑った。

「うるさいうるさい! お兄ちゃんの馬鹿! 不細工! 低能! ニート! お兄ちゃんなんかSNSで炎上してネットで顔写真と個人情報を晒されて、鬱病になって自分の部屋から一生出て来るな!」

 すると嘲笑された千糸はそう言って憤慨しながら僕を罵倒するものの、実の兄に対して散々な言い様であると同時に、彼女が発する罵倒の言葉は小学一年生にしては語彙が豊富で表現が具体的である。

「ちょっと万丈ばんじょう、あなた、そんなにゆっくりしてていいのかしら? そろそろ急がないと、遅刻するんじゃない?」

 そんなこんなで妹に罵倒されながら朝食であるジョウを食べている内に、やがてリビングダイニングに姿を現した母がそう言って警告したので、僕はダイニングテーブルの上に置かれていたアナログ式の置き時計に眼を向けた。

「え? あ、もうこんな時間か!」

 はっと我に返りながらそう言った僕は大急ぎでジョウを掻っ込み、バスルームで顔を洗ってから自室に取って返して制服に着替えると、学生鞄を担いで玄関の方角へと足を向ける。

「行って来ます」

 そう言って自宅の玄関扉を潜った僕は傘を差しながら、氷雨に濡れるフォルモサの街の真冬の外気にその身を晒し、今度は街の反対側の学校の方角へと足を向けた。そして同じ学校に通う学友達と足並みを揃えつつ、今朝もまた、国立南天大学付属高等学校の正門を目指して通学路を歩き続ける。

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