第2話二人の高貴なる少年達

「今の私と会えるのはロバートだけか」

磨き上げられた重厚な調度品に囲まれ、重々しいため息をついたのは幼い少年だ。

年は十を数えたところ。

王国の太陽の色と呼ばれる豪華な金を髪に宿し、瞳には海を湛えたサファイアブルーを持つ少年は、この国の第二王子アルフレッドである。

そんな高貴な身の彼の向かいに座るのは同じ年頃の少年で、アルフレッドが先日10歳の誕生日を迎えたことを機に側近を命じられた、宰相の次男ロバート・バーリーだ。

艶やかな黒髪は短く揃えられ、切れ長の瞳は賢さを窺わせるものの、まだまだ幼い雰囲気は消えない年頃である。

「仕方ないでしょう、殿下。

現時点でルークの父親は騎士団長になっていないので伯爵へと陞爵していませんし、ジョージもサージェント侯爵家の養子になっていないのですから」

ロバートがサージェントの名前を出した途端、アルフレッドの顔が苦々し気なものへと変わる。

「ベアトリスめ。

恐らくは王家からの簒奪行為の証拠となるようにと持ち物に潜ませておいた、あの王家の秘宝を使ったのだろう。他と比べて持ち運びしやすさから選んだが、あれは時を戻すと言われるものだと聞いている。

この秘宝を王家に捧げたのが何代か前のサージェントであったから、どう使うのかは知っていてもおかしくない」

「その可能性が高いかと」

できるだけの人払いはしてあるが、それでも身の安全を理由に侍女と従者を外すことはできず、少年達は卓に身を乗り出すようにして小さな声で話している。

年頃の合う友人との会話を楽しんでいるように見せるため、卓の上に本や菓子を広げ、時折笑い声を上げることで周囲を安心させているので上手く誤魔化せているようだった。少なくとも周囲の大人たちの態度を見た限りでは気づかれてはいなさそうだとは思う。

「時が戻る前に一度宝物庫内の品について説明を受けたことがあるが、時を戻すと言われている物だ。

とはいえ実際に使ったことはないらしいし、比較的魔力の保有量が多い王家の者ですら一ヶ月戻せるかどうかだとか。

あの暗いだけの女がそこまでの魔力を持っていたとは知らなかったが、私達にも時を戻す前の記憶があるのは不幸中の幸いだ。

とはいえ大半の者がそうでないようだが」

「そうですね。知りうる限り時間が戻ったと話している者を見かけていませんし、おかしくなった人間がいるといった噂も聞いていません。

あくまで推測ですが、この秘宝に触れたことのある者しか記憶を保持できないのではないかと」

ロバートの言葉にアルフレッドは頷いて肯定する。

「その可能性は高いな」

時が巻き戻されたことを覚えているのはアルフレッドとロバート、そして先日ロバートが手紙を送って確認できた、かつての側近だったジョージとルークだ。

後は時を戻した張本人であるベアトリスぐらいだろう。

どこまでも目障りな女だ。

「ベアトリスがどれだけ時を戻したところで同じこと。

私の横に立つのは愛するアリスしか認めないし、何度婚約者になろうと足掻いたところで、罪深い一族郎党揃って追放するだけだ。

あの毒婦が横に立つ機会など与えてなるものか」


時が戻される少し前、アルフレッドには最愛の少女がいた。

貴族と一部の優秀だと認められた平民が通う学園に、成績が優秀なことから編入を認められた平民のアリス・ホワイトだ。

最初は平民だということから物珍しさがあって交流していたが、貴族令嬢の取り澄ました微笑みとは全く違う天真爛漫な笑顔に、誰もが心を射抜かれたのはすぐのこと。

結果として傍らに置くようになったのだが、それを邪魔してきたのが当時の婚約者であったベアトリス・サージェントだった。

侯爵令嬢であることをいいことに、アリスに対して嫌味を言ったりしていたのだと聞き及んでいる。

表立っていじめは無かったことになっているが、ベアトリスと話しているアリスはいつも泣き出しそうだった。

だから正義の名のもとにアルフレッドと側近達で守ってやれば、今度は彼らの婚約者たちまでが不貞を騒ぎ出す始末。

ベアトリスには何度も婚約を破棄されるように指示したにも関わらず、「王命であるならば、私の一存でどうにもなりません」とにべもない返事ばかりで婚約は継続されたまま。

アリスと婚約するためにアルフレッド側の有責で婚約解消など、父親である国王が許すはずもない。

だからこそベアトリスの方で不祥事の一つでも起こして婚約破棄されるように言っていたのに、気が利かないばかりかアルフレッドへの執着から邪魔になることしかしない。

婚約者としてアルフレッドに尽くすことができないのならば、やはり婚約者として失格だったのだ。


どうにかできないかと思っていた矢先に父と兄が外遊に出ると聞き、宝物庫の鍵を預かると決まった時にベアトリスを陥れようと決めたのだ。

見張る騎士を押しのけて宝物庫にベアトリスを連れて入り込み、適当な品をアルフレッドが持ち出し、彼女の義弟となるジョージに頼んでベアトリスの荷物に紛れ込ませる。

単純な方法だったが王族であるアルフレッドを止められる者はいない状態であれば、ベアトリスが盗んだのだと押し切ることは簡単だった。

勢いに任せて婚約破棄を告げれば、彼女の生家であるサージェント侯爵家が違法薬物の取り扱いをしていたという報告まで上がってくる。

ロバートの父親で宰相を務めるバーリー侯爵が手に入れた不正の証拠によって今度はサージェント侯爵一家ごと断罪し、婚約破棄だけではなく不正の対価として死に追い込むことができたはずだったのに。

輝かしい青年時代の最後の記憶は、間もなく国王が外遊から凱旋し、悪しきサージェントを討ち滅ぼした功績でもってアリスとの婚約を迎えてもらおうと胸を躍らせていた最中のことだった。


気がつけば少年の姿に戻って朝を迎えていた。

幸せの絶頂から時が戻されたのだと気づいた瞬間、叫びそうになるのを堪えるために、皺が残る程に握り締めたシーツ。

一番伸び盛りで自由な青年期から、行動に多くの制限がかかる上に非力な今の体は不便でしかない。

何もできないことに不満や苛立ちが募るし、それを我慢することさえできずに爆発させてしまう。

先日も着替えを手伝っていた侍女の段取りが悪過ぎたので、躾として力一杯頬を打ったら、翌日に父である国王から叱りを受けた後に侍女の数を減らされて、代わりだといわんばかりに屈強な体格をした男性の使用人を増やされていた。

それもこれもベアトリスのせいだ。

幼い自分に回帰する前であれば誰にも邪魔されずにお忍びで出かけてアリスを探すことができただろうに、今のアルフレッドでは王城から出ることすら叶わない。

「つくづく不便な時期に戻ったものだ」

「そうですね、私もこの体に戻ってからは肉体の影響を受けるからか、よく動いた日には早くに眠ってしまったりや、天気の良い日の庭に飛び出したくなる衝動に駆られますよ」

口振りからしてロバートも、肉体年齢に見合った精神に引きずられているようだった。

自分だけではないのだと少し安堵する。


「とにかく、ベアトリスとサージェント侯爵家は遅かれ早かれ再び犯罪に手を染めるだろう。

以前のように宝物庫に入り込んで秘宝を持ち出すリスクは避けたほうがいいに決まっているし、どれだけ時間を戻そうが、バーリー侯爵家の手助けがあれば罪を追求することはできるはず」

アルフレッドが言えば、ロバートも頷く。

「そうですね。たかだか令嬢一人が足掻いたところで、結果など何一つ変わらないというのに。

確かジョージが養子に入るのは12歳になってからですので、アルフレッド殿下と再会できるのは二年程後になるかと。

それまでは殿下が直接やり取りをするのは難しいので、私を通して手紙で交流して頂ければ」

どの家も派閥は以前と変わらないが、既に第一王子であるフレデリックの立太子は内定しているのは周囲が知っていることから、アルフレッドが派閥外の貴族と交流するのはいい顔をされないが反対される理由もない。

高位貴族の令息であるロバートからの手紙に親達が何事かとは思っても、手紙を渡さないという選択肢は取れるはずがない。

親の警戒が解けるまでは当たり障りない挨拶や王都の流行りなどを無邪気に聞く子どもの真似事をする必要はあるが、手紙の行き来が恒例となればそこまで確認はしなくなるだろう。

それに二年もすれば学園に入学して再会できる。

「頼んだ、ロバート」

小声でやり取りをしてからわざとらしい笑い声を上げた後、今日の二人の交流は終わりを告げた。

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