今度は一緒に
冬部 圭
今度は一緒に
「明日のコンクール、必ず聞きに来てね」
美緒はそう念を押した。そんなの確認しなくても聞きに行くに決まっている。だから、
「もちろん。聞きに行くよ」
と答えてあの日は放課後の教室で別れた。その後、あんな残酷なことが起こっていたとは思いもしなかった。
美緒はクラリネット四重奏のメンバーとして、県のコンクールで演奏をすることになっていた。
だけど、プログラムで美緒たちの演奏の順番が来たところで、都合により辞退となりましたとアナウンスが入った。
暢気な私はその時まで何が起こったか知らなかった。会場に美緒と一緒に演奏をする予定だったクラスメイトの田辺さんがいるのを見つけたので、事情を聞いた。
「美緒が昨日交通事故に遭って。まだ、病院に」
美緒が事故に。息が止まりそうなほどびっくりした。
「それで。大丈夫なの?」
声が大きくなりそうなのを必死にこらえながら、状況を尋ねる。
「命に別状はない、けど」
田辺さんは涙声になりながら、
「もう、演奏はできないって」
と絞り出すように言葉を継いだ。すぐに意味を理解することができなかった。でも、私が理解することを拒んでも、事実は何も変わらなかった。
詳しいことは聞けなかったけれど、あの日の下校時に、美緒は交通事故に遭って、右腕を。
「少しでも良い音を出したいから」
と言って、一生懸命に取り組んでいたクラリネット。もう、美緒の奏でる音を聞けないのだろうか?
お見舞いに行きたかったけれど、なんと声を掛けたら良いか考えつかず。会いに行くのを引き延ばしているうちに美緒は退院したと聞いた。
土曜日、ようやく決心がついて美緒の家に会いに行った。少しでも気分が軽くなる様、美緒と私のお気に入りのたい焼き屋さんでお土産を買った。
たい焼きを差し出しながら、
「大変だったね」
と、ありきたりの言葉を掛けて後悔していると、
「心配かけたね」
と、申し訳なさそうに美緒は私に謝った。
いたたまれなくて、からっぽの右の袖を見ることができなかった。
「美緒は何にも悪くない」
疚しいから、少し強い口調で答えてしまった。また後悔した。
「もっと、早く来れば」
そんな言葉を継いだけれど、そうしていてもきっと何も変わらなかったことは理解していた。
「会えて嬉しいよ」
美緒はそう言ってくれた。
生きていてくれて良かったという気持ちと、同情する気持ちと。他にもいろいろな感情がごちゃ混ぜになって、あまり言葉を掛けることができなかった。
手土産のたい焼きを二人で黙って食べた。大好きなお店のたい焼きだったけれど、全く味がわからなかった。
月曜日、久しぶりに美緒が登校してきた。
長く美しい髪をバッサリ切っていた。
「うまく櫛を通せないから」
と言い訳をしていた。ショートカットが似合っていないわけではなかったけれど、更に痛々しさを感じた。
「じゃあ、朝、私が支度を手伝ってあげるよ。美緒の家に寄っていい?」
そんな気持ちを誤魔化すように、努めて明るく提案した。
「大変じゃない?」
「大丈夫。朝には強いから」
きっと大変なのは美緒の方だ。それに、何か美緒のためにできた方が、心穏やかでいられるような気がした。
「何時くらいに寄ればいい?」
色々なことを相談しながら、お互いの気を紛らわそうと試みていることを自覚していた。
休み時間、美緒は
「ノートをとるのが追い付かない」
と弱音を吐いた。
「試験の時は私のノート、貸してあげる」
少しでも美緒の役に立ちたくてそう提案した。
「今日、写させて。家で字を書く練習をしたいから」
美緒がそう言ったので、私は快くノートを貸した。
翌朝、美緒の家に寄って、二人で支度をしながら、他愛のない話をした。美緒は両親やお姉さんに話を通してくれていたので、邪魔者扱いはされなかった。私はあまりうまく手助けをできなかったけれど、美緒は喜んでくれていたように思う。
美緒の朝ご飯はトーストとスクランブルエッグだった。もともとそうだったのか、美緒が箸を使わないで済むように配慮されているのか分からなかった。そんなことを気にする自分が嫌になった。
二人で登校して、私はいつも通り授業を受けた。美緒の席を見ると、ノートをとるのに苦労している様子が見えた。
美緒の昼食はおにぎりになっていた。
「箸の練習は夕飯の時だけ」
今まで当たり前にできていたことができなくなったことをもどかしく感じているのが見て取れた。
字を上手に書くことも、箸を使うことも、きっとできるようになる。だけど、クラリネットは。
結局、美緒は吹奏楽部を辞めることにしたようだった。
大切だったクラリネットを失った美緒の気分を紛らわすことができないか、吹奏楽部の顧問の先生に相談してみた。
「片手用にカスタマイズされた楽器があるよ。例えば、左手のみで演奏できるようにしたソプラノリコーダやアルトリコーダは入手できる可能性がある。ただ、クラリネットでそのようなものがあるかはわからないな。リコーダなら、彼女が演奏したいと思うかどうか。気持ちをよく聞いてみる必要があると思うよ」
とアドバイスをもらった。
折角アドバイスをもらったので、片手用のリコーダというものを調べてみた。結構いいお値段がした。私のお小遣いでは手が届かない。
「片手用のリコーダがあったら、吹いてみたい?」
ある朝、朝食をとり終わった美緒に、思い切って、直接聞いてみた。
「片手でも吹けるの?」
美緒は私に聞いた後、少し考えて、
「ずっと、みんなと演奏していたから、一人は嫌かな。誰か一緒に合わせてくれるなら」
と私の顔を見ながら言った。
「じゃあ、私も一緒に。私は普通のリコーダにするけど」
私は嬉しくなって、そう答えた。美緒も嬉しそうな顔をしてくれた。
「まず手に入れないとだね」
美緒は少し現実的なことを言った。私があまり考えないようにしていたことを。
「それくらい、父さんが買ってやる」
傍で朝食をとりながら話を聞いていた美緒のお父さんが、話に入ってきた。
「結構するみたいですけど、大丈夫ですか?」
恐る恐る失礼なことを尋ねたら、
「特別な仕様の楽器が高いのは知っているよ。心配しなくても大丈夫」
と、心強い言葉をかけてくれた。
それなら、美緒のリコーダが手に入るまで、特訓しようと思った。リコーダは上手でないけれど、 きっと、練習を頑張れると。だって、どんな曲を演奏しようか迷うくらい、私も楽しみだったから。
その後、高価なリコーダを買ってしまうくらい私もリコーダにのめり込んでいくことになるのを、この時は想像できていなかった。
今度は一緒に 冬部 圭 @kay_fuyube
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