SHOT D RAIN〜政府が運営する少子化対策VRMMOで関係を持った相手が、同じ会社の社員ってあり得るの!?
丹羽坂飛鳥
第1話 SHOT D RAIN
私には、大嫌いな先輩上司がいる。
「一崎。また書類抜けてたぞ」
目の前に立たされているけれど、顔は良くても性格が悪い男性上司。
蜷川課長、二十八歳独身。
少し言い返すと倍になって返ってくる、背が高いけど性格が悪いメガネの上司。
嫌いな課長は、わかりやすく会議資料を広げて八ページ目が抜けているのを示してきた。
でも、私にだって言い分がある。
「コピー機に言ってください。詰まってエラー出すから、途中で止めてページ間違うんです。修理すべきです」
「梅雨の時期は紙がしけるから、修理業者何度呼んでも仕様だって言われてただろ。
お前がページ間違わなければ良いだけの話だし、他の誰も間違えてないぞ。注意力が散漫なんだ」
じゃあ紙ベースをやめればいいのに。
昔かたぎの社長の方針だから言っても仕方ないけれど、一枚抜けただけで毎回呼び出して叱るこの上司が、入社してからずっと嫌いだった。
もう黙って受け取ると、机に戻って印刷し直す。
役員会議の資料だから八枚目だけ人数分差し込み直すのがまた憂鬱になっていると、隣に椅子を引いてきた同期の三井くんが座った。
「一崎さん、大変だね。俺も手伝うよ」
「いいよ、私が間違えただけだし。
三井くんも仕事しないと蜷川課長に怒られるよ」
「この後営業に出るから休憩早めに入ってるし、平気。
二人でやった方が早いよ。ほら、半分任せて」
同期の三井くんが心配して来てくれたから、手伝ってもらえた。
人当たりが良くて人気の営業三井くんが優しいおかげでまだやっていけるけれど、そうじゃなかったら蜷川課長のせいで会社なんてやめてるかもしれない。
社会人はストレスが溜まる。
私も家に帰れば、趣味のもので囲まれた部屋で現実逃避を兼ねてゲームしないと鬱憤が溜まる一方だった。
だから今日も楽しい友人たちと遊ぼうと、11Gシートをおでこに貼ってベッドに寝そべった。
21XX年、私の国には政府主導のフルダイブ型VRMMOが誕生した。
SHOT D RAIN《ショットドレイン》。
少子化対策抜本的改革の一部頭文字SHO(SHIKA) T(AISAKU)Dra(stic)In(novation)からとっているらしい。もはやなんでもありだ。
政府主導だけあって、ストーリーには有名作家を起用。
音楽とイラストレーター、開発陣も超巨大企業から採用。
アニメとゲームに特化した私の国が用意するゲームは『学校を卒業した十八歳以上の成人で政府認証がないとログイン不可』になっていても、プレイ人口が瞬く間に増加した。
「ミツハ、支援よろしく!」
「OKタツキ、任せて!」
ミツハこと私も、ゲーム内ではレベルを上げてそこそこのプレイヤーになった。
サークルにも参加して、大型ボス戦に一緒に参加してくれる気の合う仲間もいる。
11Gシートで脳と直接リンクしているSHOT D RAINの世界を駆け回って、回復と支援をメインで行うバックパッカーをやっていた。
今日もサークルメンツと共にダンジョンに潜って、超巨大な猿に立ち向かう。
銃火器職のタツキにはバックパッカー専用の《弾薬補給》スキルで、リロード時間の短縮をサポート。
前線張ってるリーダーたちには、回復アイテムを投擲。
同じ後衛のヒーラーちゃんには、SP回復アイテムを惜しみなく注ぐ。
何度も倒したボスだけど、AIが搭載されてるから同じパターンなんて起こらない。
それが忙しくて、でも楽しい。
ボスモンスターをうまく倒せば、ドロップ品が均等に分配されて……リーダーが剣士の兜を脱いでイケメン顔で笑うと、雄叫びを上げた。
「みんな、ナイスバトルだった! サポメンもお疲れー!」
「お疲れっしたー」
「お疲れさまでーす!」
みんなで協力して倒した、この瞬間が気持ち良い。
私も盛り上がる前衛職の中から下がってきたタツキと、力強くハイタッチを交わした。
「ミツハ、ナイス支援。マガジン切れそうなタイミングで回復してくれたから助かったー。
お……レアドロゲット。今日のノルマ終わったな」
「おつー。私も金塊手に入ったよ。街で豪遊しちゃおうっと」
銃火器使いのタツキと私は、特に仲が良かった。
的確に武器を使い分けてくれる彼のおかげで、支援プレイでも見ているだけで楽しい。
政府AIが脳から性格を分析して、気が合いそうな相手の近くに初期位置を生成してくれるおかげで、右も左も分からない頃に拾ってくれた先輩プレイヤーのタツキとはどんどん仲が良くなった。
不意に、視界の端に桜のマークが回転する。
「あ、今のでSTPたまった」
口にしてから恥ずかしくなったけれど、十八歳以上しかプレイ出来ない上、政府主導の少子化対策ゲームであるSHOT D RAINにはある特徴があった。
異性プレイヤー相手に、体と心の相性を確かめるための、S⚪︎X TEST POINT……通称STPが与えられる。
その名の通り、仲の良いプレイヤーとホテルに入って、お試しで性行為が出来るポイントだって攻略サイトにも書いてあった。
少子化にはさまざまな理由があるけれど、そのうち『男女が出会って性行為に至る機会が少なくなった』ことを解消するためのゲームでもあるから存在するシステムらしい。
巨大な敵を相手に本性丸出しのプレイが行われる世界では、プレイヤー自身の良さも悪さも出る。
でも政府AIが自分に合う相手を選んでくれているから、たいてい惹かれる相手と出会える。
STPで相手を試してみて、現実空間でオフ会してパートナーになるプレイヤーも多いし、政府もそれを狙って稼働させているゲームだ。
つい慣れない桜のマークを見ていると、タツキが背中にショットガンを背負い直しながら笑っている。
「ミツハもついに大人の仲間入りかー。まだまだ子供だと思ってたのにな」
「先にSTPついてるタツキにはこのアイコンも慣れっこだよね。
まあ貯めておいても良いし、今は置いておこうかな。支援しててもこの位置なら気にならなさそうだし」
STPはあくまで噂だが、政府AIが給与や貯蓄などを判断した上で、子育てに十分な大人だと判断された場合のみ付与されるらしい。
私も支援職をゲーム内でかなり続けたのに出てこないから調べたけれど、攻略サイトで同じ質問と答えを見た。
就職して半年以上経っていて、貯金も必須らしいけれど、高所得者は就職いらないとかなんとか。
私も新卒だし貯金がそこまであるわけじゃないから、やっぱり付与条件は謎。
でも国民の聖なる領域に踏み込むことで『もうなりふり構っていられない政府』がネットニュース入りする時代だ。
少子化対策の桜マークを改めて見ながら、課長に嫌味を言われることがあっても、私もついにSTP付与が認められるくらいに成長したんだと嬉しく感じた。
「それじゃ拠点戻るぞー、二週目行くやつは三十分後、石の前に集合な」
サークルリーダーの声掛けに、それぞれが返事をしてバラバラに行動を始める。
私も街に転移しようかとメニューを開いていると、タツキに袖を引かれた。
「なあミツハ。俺もSTP貯めてあるんだけどさ」
「ん?」
「STP対策、……その……一緒に行かない?」
動揺しすぎて、開いていたメニューが思わず閉じた。
STP対策とはつまり「今から一緒にホテル行こう」の暗語だ。
画面端に桜が常に回転するので、ゲーム中に鬱陶しいと思うプレイヤーは早期解消のためSTP対策に向かう。
ホテルで一定時間、そういう行為に至れば消えるらしい。
上級プレイヤーの中には視界が半分縛りプレイの人もいるらしいけれど。……全部聞いた話だから、らしいしか言えないけれど。
タツキも、恥ずかしそうに自分の首に触って顔を赤らめている。
「俺、ミツハのこと、前からいいなって思ってて。……よければ、一緒に」
告白に、HPバーの隣にある心拍数ゲージが爆上がりするのを眺めた。
「……い。いいけど」
私も大人の女子。STPが貯まるくらいには、政府AIにも認められた。
彼氏いない歴が年齢とイコールだから、漫画やアニメの世界で見てきたそういうことにも興味はあった。
しかも相手は……ずっと仲の良かったタツキだ。
顔はもちろん有名イラストレーターの作った好みの顔だし、私も現実世界の自分とは違う安心感もあって、頷きやすい。
「じゃあ、ハイレシア行ってみる? ミツハが中見てみたいって言ってたと思うし」
超高級ホテル、ハイレシア。
世界の一流ホテルとコラボした内装は、STP使用者でないと見られない撮影禁止区域で、夢の空間だと言われていた。
「それなら金塊もあるし、私が奢ってあげるよ」
「え、俺が誘ったんだから払うって」
「いいよ。弾丸もタダじゃないから、金塊が出たのもご縁ってことで支援してあげる。
……ええと……1180号室取れたよ。行こうか」
メニュー画面に出てきた鍵をタツキに渡せば、誰もいないハイレシアの入り口に転送される。
内装は赤い絨毯に、豪奢なシャンデリアの空間。
白い柱にも金の装飾が一面に施されているのが目を引いて、生まれてから一度も入ったことのない目が眩みそうな世界が広がっている。
「うわ、すご。入るだけで金塊一個飛ばすだけあるね」
「俺も初めて見た……変に緊張するな」
超有名リゾートホテルを思わせる廊下を、心拍数ゲージを眺めながら1180号室目指して進んだ。
上に行くエレベーターには宝箱が置かれていて、試しに開けてみると中身は限定コーデアイテムだったから騒いでしまう。
「これ、たまに使っている人いるよね。赤騎士同盟のサブリーダーとか、エンブレムつけてた」
「あの人はハイレシアに入った大人なのかなってミツハが騒いでたやつな。杖につけてたっけ」
「タツキも使ってみたら? 銃は側面につけられるみたいだよ」
「いや、俺は恥ずかしいからやめておく。
リーダーとか絶対に見つけてからかってくるから。あの人そういうところ目ざといから」
私も同じ気持ちだったから、笑ってしまった。
緊張を誤魔化したい気持ちもあって、二人して和やかに話しながら入った部屋の中も、たまにテレビ番組に出てくるホテルのスイートルームくらい広くなっている。
部屋や夜景に感動して大騒ぎしたけれど、SHOT D RAINは政府主導の作品だからログイン時間は限られていて、ゲームは一日最大五時間しか出来ない。
お部屋でふかふかのソファに隣り合って座って、サービスドリンクを満喫しながら……夜も遅くなってきたから、そろそろ自分から声を掛けようかと迷っているうちのこと。
「ミツハ、その……いつも支援してくれて助かってる。ありがとな」
照れくさそうなタツキが自分の首に触って、思いを伝えてくれた。
そのまま押し倒されちゃったりするわけじゃなくて、一生懸命和ませようとしてくれるのがタツキらしくて、ドリンクを消費しながら私だって良いなって思ってた。
「う、ううん。タツキが突っ込んでいくの見るの、楽しいし。前で頑張ってるの見ると、私も支援やったぞーって思えるから、好きでやってるよ」
銃火器は難しい職業で、私も少しだけ職業を変えた時には苦戦してすぐに戻してしまった。
でも、タツキは上手に武器を変えながらリーダーたちと走っていく。
憧れることもあるけれど、私はバックパッカーとしてそばにいられるのが一番嬉しい気がして、支援職が嫌になったことはなかった。
「タツキに私も助けられること多いし、お互い様ってことで。今後もよろしくね」
一緒にSTP対策に行くくらいには、私だってタツキが好きだって思ってる。
そこまでは伝えられないけれど、ドキドキしながら見つめあっていると、タツキが自分から顔を寄せてくれたから私も慌てて目を閉じた。
……ちゅ。
唇が触れて、初めて知る柔らかい感触に感動する。
よく『口は柔らかい』って書かれてるけどその通りだったって改めて驚くうちに、優しく抱き寄せてもらえた。
「ミツハのこと、これからも大切にする。
STP対策って言ったって、ある程度でいいみたいだから、嫌になったら止めて」
「うん……、んっ」
装備に彼が触れて、今だけ解除権限も付与されているらしく脱がされていく。
お任せして下着だけになると、顔が赤いイケメン顔に、私からも思い切ってキスしてみた。
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