第七話 朱雀の神将 —煉夜—


有象無象うぞうむぞうでは、如何いかに数をそろえようと主様のお相手は務まりませんって」



 守橙しゅちょうがくつくつと笑った。

 その様子を横目に、煉夜れんやは女へ刃を突き出して、告げる。



ね。退かぬというなら、次はもろとも浄化するぞ」



 女も命は惜しかろう。

 我ながら「甘い考えだ」と思うが、無下に散らす必要もない。


 ——けれども、女は引かなかった。



「よろしおすえ。ほんならうちも手加減致しまへん」



 女が両手を広げて目を見開く。

 と、その周囲で炎が立ちのぼって衣装と白髪がはためいた。


 眼球の白眼が瞳と同じ菖蒲あやめ色に染まっていく。

 頭頂部、白髪の間から白い獣の耳、背からは長い尾が幾本も生え、さらには炎が全身を包み込んで——。


 次に炎が晴れた時、女はとある獣へと変化していた。






 毛色は白銀はくぎん

 ふんは長く耳が立ち、体は細く、尾は太く長い。


 〝ここのつ〟の尾先に炎をともした、時に瑞獣ずいじゅうとして語られる事のあるあやかし



「あ、ああ……っ!」



 湊音みなとの上擦り声が背後より響く。


 予想外の大物に慌てふためくのはわかるが、わめいたところで何が変わるわけでもない。


 煉夜れんやは至極冷静に、本性をあらわにした女の恐ろしくも美しい姿を視界にとらえた。



「ふむ、九尾きゅうびきつねか」


ぼうは凄いのに目を付けられていますねぇ」


「まったく、けてしまうな」



 どこでたぶらかして来たのやら、と肩をすくめる。



「何を事も無げに……!

 貴女が優れた霊力の持ち主である事はわかりますが、一介のかんなぎの手に負える者ではありません!

 そうかみ……蒼の守をお呼びしなければ!」


「なんだ? 主様の事、そう様に聞いてないのか?」


「何をですか!?」



 湊音みなとが「出して下さい!」と、守りのために張った結界へ拳を打ち付け叫んだ。



『やかましおすなぁ。

 そないなさえずらんでも、すぐに終わらしたるわ』



 ここのつに又分れした尾がおうぎ状に広がる。


 尾の先にともった白炎はくえんが渦を巻き、うねる巨大な一塊いっかいとなって煉夜れんや達を襲う。


 もたらされる熱を、煉夜れんやは甘んじて受け入れた。



けもしいひんの? ほな、さいならどすなぁ』


「うわあぁぁ!!」



 灼熱しゃくねつの中、湊音みなとの絶叫が響く。


 結界は揺らがず健在だ。

 害が及ぶはずもないのだが、目先の光景に惑わされて正常な認識が出来ないのだろう。



煉夜れんやさん、煉夜れんやさん!」



 炎にまかれた自分を心配する金色こんじきの声が聞こえた。



狼狽うろたえるな、金色こんじき。私は大丈夫だよ」


「でも、炎が……!」



 ただの人であったなら一瞬で消し炭となっていたところだが——生憎と死ねぬ身体だ。


 それにこの身を焼く事はない。



「ふふ。ぬるいほむらよ。まるで篝火かがりびだ」


『なんや、余裕そうやねぇ。まだまだありますえ、ぎょうさん味おうとぉくれやす!』



 九尾が白炎を次々と撃ち出すのが見えた。

 煉夜れんや自身は、いくら炎を浴びようと何ら問題はないが——。



煉夜れんやさん、逃げて下さい!」



 これ以上、金色こんじきを心配させる訳にはいかない。



守橙しゅちょう


「二人の事はお任せ下さい、主様」



 守橙しゅちょうが二人の前へ立ち、新たに結界を施すのを見届けて、煉夜れんやは印を結び、唱える。


 反撃の一手を投じるために。



『〝天之四霊てんのしれい朱雀すざく神将しんしょう〟が、つとみて五陽霊神ごようれいしんに願いたてまつる』



 れは神降ろしの儀。



『害気を攘払ゆずりはらいし、四柱神しちゅうしん鎮護ちんごし、五神開衢ごしんかいえい悪鬼あっきはらい、奇動霊光四隅きどうれいこうしぐう衝徹しょうてつし、元柱固具がんちゅうこしん安鎮あんちんんことを』



 炎が踊るように煉夜れんやの周囲を舞った。

 


解咒かいじゅ朱雀すざく! 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!』



 祝詞のりとによりじょうが外れる。


 内側に眠る神威しんいが、目覚め——。

 煉夜れんやは溢れた神の力に包まれた。


 辺りを閃光せんこうが覆いつくす。



『なんやの!?』



 つま先から頭のてっぺんまで、自分を形作るものが熱を帯びて変容してゆくのを感じながら、煉夜れんやは光にまぎれて炎の中から


 ——と、神風かみかぜが吹いた。



九尾きゅうび其方そなたながき時を生きる者ならば、知っているはずだ。我が名を」



 煉夜れんやは月を背に、右手にたずさえた薙刀へ力をめる。

 白炎を凌駕りょうがする炎の力を。


 九尾へ向かって滑空し、頭上より躯体くたいを一閃。



『ああああ!』



 九尾は血飛沫ちしぶきを上げ、青き炎に焼かれた。



嗚呼ああッ! おまえは、おまえは……!』



 地上へ降り立った煉夜れんやの姿——背には、輪郭が赤丹あかにに揺らめく緋色の翼、着物の帯のように長く、孔雀青くじゃくあお紋様もんようの差した尾羽根おばねが伸びている——を見て、九尾がわなわなと震えた。



朱雀すざく

 またしても、またしても邪魔をするんか!!』



 それは火を司る炎帝・朱雀すざく

 都を守護する四神ししん一柱ひとはしらの名である。


 煉夜れんやは神霊を収める器。

 解き放たれた神威しんいにより、神霊となって顕現けんげんしたのだ。



「〝またしても〟の意味はわからぬが、我が平穏を奪わんとする〝敵〟は容赦ようしゃせぬ。覚悟はいな」



 煉夜れんやは翼と尾をひるがえして、穂先ほさきを九尾に向けた。



『おのれ! おのれえぇ!』



 りずに放たれた白炎が舞い、雨の如き降る。

 炎は通じないとわかっているだろうに。



「見苦しいぞ、九尾」



 煉夜れんやは地を蹴って距離を詰めると、尾を薙ぎ払う。

 斬撃に合わせて青炎が走る。



『ぎゃあぁッ! 朱雀ぅ!!』



 身体をけ反らせた九尾が反転して、鋭利な牙の生え揃う大口を開けた。

 こちらの頭に食らいつかんと突進してくる。

 

 が、動きが丸見えだ。



「無駄な足掻きよ」



 煉夜れんやは左手を掲げ、唱える。



ばく!』



 すると、地面からくさりが一本、二本、三本——と次々に伸びて、九尾の躯体を縛った。



『小賢しい真似をぉ!』



 縛り付けられた九尾が逃れようともがくが、その行動が逆に鎖を食い込ませていく。



『グウゥゥ!』


「さて、どうする? このまま浄化されるか?」



 煉夜れんやが掲げた手をゆっくり握れば鎖は数を増し、伸びる先に青炎が灯った。



『うぅ! 口惜くちおしや……あと少しで〝天狐てんこ〟に届いたものをぉ! なんたる屈辱くつじょく!』



 九尾は腹の底から怨嗟えんさこもった低い音を絞り出し、その身を炎へ転じた。

 そうすることで術から逃れ。



『この借りは、いつか必ず返しますえ……! 朱雀!』



 一瞬の内に空を駆け去って行った。






 煉夜れんやは、夜空に点々と続く燃えがらの軌跡を見つめて——。


 寸刻すんこくのち、森に静寂せいじゃくが訪れた事を確認して、ほこ神威しんいおさめた。

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