俺が男を好きになる訳がない!

サインサン

① 目覚めの朝

 俺はクラスの中でもさして目立たない立ち位置で、何か部活をしていたわけでも、特筆した特技も技術もない。勉強だって得意ではない。


 いわゆる普通。いや、もしかすると周りより出来が悪い部類かと思われる。


 とりあえずやむなく学校に行ったり、スマホをいじって暇をつぶしたり、稀に友達と出かけたり。そんな怠惰な学生生活を謳歌していた。


 しかし、今日は天地がひっくり返るような出来事が、この身に起こっている。


「は、・・・・・・な、え? なにこれ」


 俺は、朝一番に向かった洗面所で、体をまさぐりながら混乱していた。


 まず何が変かといえば、髪が長い。


 少し伸びたとかいう次元の話ではなく、しっかりと長い。見苦しいほどに寝ぐせで乱れてはいるが、その毛先は肩を通り過ぎ胸にまで達している。


 そしてその先、胸に手を乗せる。そう、まさしく乗せられるし、持ち上げられる二つの重い物体。在り得ない話ではあるが、ブラが必要なのではないだろうか?


 不自然に膨らんだ胸とは対照的に、下は細い。俺の体内の臓器は、どこへずれたか飛んでいったのではないかと、無性に不安になる。何かが無い気がするし、追加されている気がするのだ。


 嫌な予感しかしないが、俺は股間をダイレクトにまさぐった。


「ない」


 まだ夢でも見ているのだろうと、なぜか冷静になっていく。


 そこにはおいなりさんも、ぶらぶらも無く、ただ茂みがあるのみだった。


「・・・・・・ちょっと、姉ちゃん何してんの」


 ぎこちなく声の方を見やると、洗面所の入り口に弟の憂人が立っていた。小学六年生のスポーツ刈り野球少年だ。弟に変わった様子は一切ない。


 弟はため息を吐き、呆れたように俺を押しのけて蛇口を開く。


「じゃま」


「なぁ憂人、俺って・・・・・・」


「あぁ? 何か変なものでも食ったのか? それともアニメの影響か? 朝から洗面で股まさぐって変態かよ。それに〝俺〟とか。変だぞ、前からだけど」


 シャコシャコと、歯磨きを始める憂人。


 あからさまな、とんでもない変化があるにもかかわらず、弟のこの冷静さとはどういうことか。


「ちょ、俺ってさ。男だったよな?!」


 あわてて素っ頓狂な声を出して主張するが、弟は眉をしかめて意味が分からないといった顔を向ける。


「そんなわけねーだろ」




 俺は細山〝唯人〟という名前だ。いままでそうだった。


 それが何の因果か原因かわからないが、いつの間にか細山〝唯〟になっていた。何を言っているのか、自分もいまだに理解できない。


 昨日までは確かに、息子はあったし、胸は無かったし、髪は短かった。確かに男子としては長いかとは思っていたが、胸まで伸ばした記憶は一ミリだって無い。


 それに背も十センチほど低くなっていて、あからさまに体格と骨格が変わっていた。


 現実離れしすぎていたので洗面所からすぐに部屋に戻り、もう一度寝ればちゃんと起きるか戻るのではないかと布団に包まっていたが、眼が冴えてしまい結局寝れず仕舞い。なにか他に異変は無いかと体をまさぐり、部屋を物色していた。


 今まで買ってきた漫画や雑誌は、そっくりそのまま同じ棚の同じ場所に収められているし、お気に入りの作品のはだけた女の子タペストリーが、堂々と壁に掛けられている。


 学習机も一見して変化が無いように見えるが、〝唯人〟と名前を入れていたものは全て〝唯〟に書き換わっている。当然のように学生手帳の名前も性別も写真も違う。


 一方、スマホの暗証番号は同じ番号。電話番号もメールアドレスも同じ。ダウンロードしているアプリ数も同じ。写真フォルダーもご飯の写真や好きなアニメ関連の画像ばかりで、心当たりがあった。


 しかしアプリのアカウント名やSNSのユーザー名がことごとく違う。〝唯人〟の面影はみじんもなく、〝唯〟に関連した名前で統一されている。


 クローゼットの奥にしまい込んでいた幼いころのアルバムを引っ張り出してみたが、思い出に写っているのは〝唯〟ばかり。


 中学の写真はかなり少なく卒業アルバムしかないが、男子の欄に当然自分はおらず、代わりに女子の欄に置き換わっていた。


 見覚えのある物と無い物が混在している部屋の中で、ひときわ目立つのは姿見と女子用の制服。


 改めて、鏡の中の自分を眺める。


 我ながら美少女である。


 目の前の〝唯〟という女の子は、確かにそこはかとなく〝唯人〟の面影がある。目や鼻筋、顎のラインなどはうちの家系のDNAを感じられる。昔の母の写真にそっくりだ。


 唐突に、廊下からスリッパが擦れる音が迫ってくる。


 その音は途切れることなく部屋の扉を開け放った。


「唯~、いつまで部屋にいるの?」


 今はもう面影もなく横に育った母が、ノックもせずに入ってくる。


「ちょ、勝手に入ってくるなっていつも!」


「なによその下品な口の利き方は年頃の娘が憂人みたいに生意気覚えちゃってまぁ! そろそろおしとやかさを身に着けたらどうなの? 早くしないと遅刻よ遅刻ご飯も用意してるのに、憂人はもう学校行ったわよ?」


 相も変わらずマシンガントークでまくしたてられる。母も俺を見ても何も感じていないようだ。


「ごめんちょっとさ体調悪くて!なんというか・・・・・・俺、変わったとこ無い?」


「俺なんて言ってなかったじゃないの、どうしたの?熱でもある?学校休む?」


「だ、大丈夫ダイジョブ!まだ寝ぼけてるみたい!とりあえず着替えてからリビング行くから」


 母の肩を掴み、百八十度回転させてUターンさせる。怒りモードから過干渉心配モードに移行しつつあり、名残惜しそうに顔だけこっちを見ようと頑張っているが、俺はそのまま部屋の外へ押し出して扉を閉める。


 扉の向こうから声が聞こえる。


「本当に体調悪いなら病院一緒に行くわよ?」


「大丈夫だから!」


 扉の前の母は何か言いたげに、そわそわとスリッパを鳴らしていたが、あきらめたのか遠ざかっていった。


 とりあえず、着替えなきゃだけど・・・・・・。


 俺はそばに掛けられた制服を見る。


 ・・・・・・本当に休もうかな?




 布切れの内側で素肌がスースーしている。


 クラスの女子のスカートは短いように記憶していたが、これはかなり長いぞ? 膝どころか、脹脛まで隠れそうだ。


 これなら風でまくれ上がるなどという下手な事もないだろう。その点に関しては安心したが、制服って改造でもできるのだろうか?それともオーダーメイド?いったい何をすれば短いスカートを作れるのだろう。


 いや、短くしたいわけではないけど。


 衣装ケースを漁っていると長めの靴下も発見したので、それを履いてみることに。


 うん、割と暖かい。


 これなら底冷えのする4月前半の外気温でも耐えられそうだ。


 下半身はよしとする。問題は上半身だ。


「何であるんだ? ・・・・・・いや、あって当然?」


 シャツを脱ぎ、上半身裸で目の前にホック式のブラジャーを掲げる16歳男子高校生。いや女子高生?


 とりあえず、当ててみることに。


 ・・・・・・どうやって後ろのホックを閉めるのだろう?


 体が硬く、何をどうしても後ろのホックがつけられなかったので、致し方なくインターネットに頼ることに。答えはすぐに表示された。


 まさかブラのつけ方一つで、色々な方法があるとは考えもしなかった。前で留めて回したり、留めてから着たり。


 なぜこの部屋にはスポブラとか着やすそうなモノが無いのだろう。


 無事に着られたから良いものを、普通に着替えるだけで時間がかかる。これを毎日スムーズにできる気がしない。焦るとなおさらだ。


 というか、戻るよな? このまま一生、唯として生きないといけないなんてことは・・・・・・。


 あまり考えないようにしよう。


 何をしても戻る気配が無いのだ。死なないと戻れないというケースは、試したくもないのでこの際除外する。


 つねっても叩いても、目を強く閉じて願っても戻らない。


 起きたら変化していたので、もう一度寝たら良いのではないかと思ってはいるが、この目の冴え方だと今日一日は起きて耐えるしかなさそうだ。


 決意と共に、セーラー服のタイをぎゅっと締める。


 ・・・・・・違う、コレジャナイ。


 検索履歴に「セーラー服 タイ 結び方」が追加された。


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