いつなつ

にゃんしー

第1話 夏至子は産まれつき素直になれない

 私の名前は夏至子という。偽名ではない。「夏至の日に産まれたから夏至子」という、キラキラネームよりよっぽど、キラキラしてない。毎年誕生日がくるたび、おもちゃみたいなローソクの火をふきけして、さみしくもない風鈴のおとを聞きながら、「もう今年も夏至だなあ」と一年ぶり何度目かの砂糖よりあまくない金太郎飴をくわされるが、年によって夏至の日がかわることも知らないのか。ガンジーもテレサも新聞を読まないどころかNHKを払ってないし、かといって貯金はないくせ寄付に前向きだったり、あんまり頭がよくない。そんなことと、ウォシュレットの水のカムショットみたいないきおいに、血がつながっていないのだとかえりみる。トイレの暖房便座を切るなという文句のついでに牽制したらガンジーには「冬至じゃなくてよかったじゃん」とVITAの二十年前のプロスピを「人を駄目にするソファ」にねころがって遊びつつしごくどうでもよさそうな口調で言われ、腕組みしたまま、しっかりうなずいた。南瓜、ハロウィン、クリスマス、黒いブーツ。冬はきらい。つぎに春がくるから。というぐあいに、増税のニュースに頭が沸いた湯でカップラーメン作れるほどいらいらしたり、年をおうたび中指を立てたいものが千手観音なみに増えているきがする。大人になるって、大きいことをのぞむ人になることだ。ガンジーとテレサのことも、よくある養子がそうであるように、きらいになったりするのかな。ぜんぜんドラマだ。いまのところなんなら一緒のお風呂にだって入れるし、口喧嘩しようが月9のオープニングテーマはイントロすら流れず、ラッパーじゃないから親への感謝と顔射で韻をふんだりしないけれど、ガンジーもテレサも私のことがうざいぐらいすき。週末、ガンジーの軽自動車の後部座席にのって高速のサービスエリアにいくのはたのしいし、テレサが書いてくれるどぎつい純文学の小説は頭おかしくておもしろい。わるいことはうまい棒が値上げしたのにおこづかいが増えないこと以外、なにもない。彼氏のトンガリはトレバー・ホフマンなみにかっこよくて、みんながこっそり学校に持ちこんでるブランド品より自慢だし、親友のネコメロはアルバート・ホフマンばりにわるいことをいっぱい教えてくれる。それでも「でも」が、たとえば遅刻しそうだから変速機もないチェーンもゆるいママチャリで高校にむかうみち、電信柱のかげとか、赤信号のしたとか、ホームレスが去ったあとのゴミ捨て場とか、あちこちに散らばってる。宝物でもないのに、消しゴムを落としたときのようなきぶんで拾い集めているうち、教師がおぎやはぎの眼鏡のほうに似た数学の授業におくれ、因数分解に酸っぱいぶどうを感じるはずもないけど、世界平和までぜんぶどうでもよくなった。公園でひなたぼっこする目ヤニが目立つどらねこに「おぬしも俺とおなじなのか」とコブシを捻りながらしゃがみコンビニに季節の遠慮のかたまりみたく残ってた肉まんを裂いておいしいところをエロテロリストばりにいやらしく見せびらかしながら話しかけていると、カースト順位がたかい女子のなかでひらべったさを競っているカバンのなかでスマホが生まれたての仔鹿みたいにふるえた。学校から連絡がいったんだろう、ガンジーからのLINEだった。「どこにある?」と書いてあって、誤字なんだろう、こういうところがガンジーらしい。どこにあるんだろうねえ。それより僕と踊りませんか。おきにいりの、しろいパンダがド派手におどろいてるアニメーションスタンプをおくって、あおい絵の具をぶちまけたような空をみあげた。すう、と息をすれば、夏のすっぱい匂いがする。そして私は甘栗のむきかたすら知らない処女のふりをしてガンジーよりテレサよりつみぶかい十六歳になる。

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