善良なポスト

元気モリ子

善良なポスト

世の中は、善良なポストによって成り立っている。


先日、知らない人の健康診断結果が郵便受けに届いた。


レターパックに書かれた宛先を検索してみると、どうやら番地違いで誤配達されたようで、内容物の欄には「健康診断の結果」とあった。


中身が見たい。

こういう時、ひどく自分が試されている気がする。

人の健康診断の結果なんてのは、究極の個人情報なのではなかろうか。

自分でも知り得ない身体の中身までもが知られてしまう。

差出人はもちろん病院なわけで、恐らく追跡システムは配達完了になっている。

当の本人は「なんか届くん遅いような…」と思っているだろうが、わざわざ病院に電話する程ではないだろう。

健康診断の結果というのは、そういった絶妙な大切さと、どうでも良さを持ち合わせている。


名前から想像するに、若年層の男性で、背丈は平均、そして恐らく細い。なんとなくそう思う。


確かめたい。

身体測定の欄を見て、「いや小太りなんかい」などとひと笑いしたいし、仮りに痩せ過ぎていた場合には、肉じゃがでもこしらえて鍋ごと持って行ってやろう。


そのようなことを考えているうちに、私は今までポストを疑ったことがない、と気が付いた。

ポストとはあの赤い箱のことである。


ポストは郵便物にとって目的地ではなく、あくまで一時保管場所であるが、なぜ私たちは大切な郵便物を何の疑いもなく、あんな真っ赤っかの箱に放り込むことができるのだろうか。

もし私が郵便物なら、急に真っ赤な箱に投げ込まれて、箱の隅でぷるぷる震えていることだろう。

(というか何故あんなに赤いのだ、怖いではないか)


例えばとんでもない悪党が、ポストにそっくりな箱を設置したとして、恐らく私たちは何の疑いもなく個人情報を放り込む。

それほどまでに、ポストが偽物である可能性を1mmも考えたことがなかった。

もしかすると、西日本一平々凡々な私でも思いつくようなアイデアであるから、気が付いていないだけで、偽物のポストというのは世界中に転がっているのかもしれない。



そうなると、郵便配達員も各家のポストを疑ってかかるべきなのだ。

ここでいうポストとは、各家の玄関先に付いている小箱のことである。

デザインは家主のセンスにかかっている。


郵便配達員の方々、誤配達を責めているのではない。だからそんなに震えないでおくれ。


ただ、ここの家主がとんでもない悪党である可能性、もしくは急に肉じゃがを届けかねない女が住んでいる可能性を、一度でも想像し、腹を括った上で、郵便物を配達すべきだということだ。

今回誤配達された診断結果の主は、仮に結果を盗み見られたとしても、少し鼻で笑われるか、急に肉じゃがを持った女が現れるかの、2つのリスクしかない。

しかし、この誤配達によって、本来手に入るはずのなかった肉じゃがが手に入る世界線が、本人の知らぬところで爆誕しているのだ。

めちゃくちゃ怖いではないか。


何か大切なものを失うよりも、心当たりのない肉じゃがが手に入る方がよっぽど怖い。


これが私などではなく、もっと他の誰かのポストに届いていたとしたら、もっと恐ろしい別の並行世界が誕生していたかもしれない。


誤配達されたのが、私のポストで本当に良かった。


「お待たせしました〜お次の方〜」


年末の郵便局は、誰かに何かを届けたい人で溢れかえっていた。


「これがうちに間違えて届いていて…」

「大変申し訳ございません…!お手数ですがこちらご記入いただいてもよろしいでしょうか!」

「いえいえ、もちろんです」

「わざわざお持ちいただいて…お手数をおかけしました…」

「いえいえ、ついでなので…本当にうちのポストで良かったです」


善良な私は、例のそれを無事郵便局に届け、事態はふりだしへと戻った。


お気に入りの白いニットを着るつもりが、家を出る間際に袖口が汚れていることに気が付き、パーカーに着替えた。

先日食べた刺身の醤油だろう。

白いニットを着て出掛けている私は、パーカーを着て出掛けている私へと移る。


こうして、私がまだ見ぬ彼へ届けていたはずの肉じゃがは、今もひとり平行宇宙を漂っているのだ。



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善良なポスト 元気モリ子 @moriko0201

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