◆乙女ゲームの制服を改善させていただきます!◆
ナユタ
第1話 私はしがない管理人。
黒髪に藍色のリボンを巻き付けてかっちりと結い上げる。銀縁の丸眼鏡に立ち襟の真っ黒なお仕着せ。女性にしては厳しい顔つきに険の強い榛色のつり目。あぁ、今日の私も可愛げの欠片もない顔だこと。
どこも隙はないかと姿見の前で確認した私はいつものごとく愛用の定規を手にして玄関に向かった。
「はい、駄目。膝上二十cmは見過ごすことが出来ません。このまま部屋に戻るなり、ここでスカート丈を直すなりしなさい」
ビシリと手にした定規を掌に叩きつけて、私は寄宿舎の玄関から可憐な女子生徒を追い返す。女子生徒は悔しげに唇を噛んで引き下がるがその女子生徒のあとにも大勢同じような姿の乙女達が自分の順番を不安そうに待っている。
始業の時間まではあと三十分あるが、スカートの丈を戻そうとするなら恐らくギリギリの時間だ。しかし定規を手にした私は一切の甘えを許さずに乙女達のスカート丈を断罪していく。
「自分が芋顔だからって嫉妬してんじゃないでしょうね!」などと罵られてもどこ吹く風と言わんばかりの私にそのうち誰も逆らわなくなり、諦めからか順番を待つ間にソーイングセットの糸切り鋏が回される。
意地を張らずにさっさと元の長さに戻してしまえば、この寄宿舎のケルベロスこと私から解放されるのだから。毎朝繰り返されるもう名物と化したこの光景に、寄宿舎の周辺に住む人々からは行列の長さで時間を測る人までいる。
ここは王都シュレンベルグに程近い都市セントモーレスク内にある貴族やそれに準ずる家系の令嬢が生活する“アルベラート女子寄宿舎”だ。もちろん男子寄宿舎もあるが女子寄宿舎の方に比べるとやや規模が小さい。
というのも男子は馬に乗れるのでよほど辺境にでも住んでいない限り自宅から来られるのだが、女子はそうもいかない。毎朝馬車で通学などとなれば都市の交通事情は無茶苦茶になってしまうことだろう。
さて、話が少し逸れてしまったが記述した通りこのアルベラート女子寄宿舎は色んな土地からやってきたご令嬢の住まう場所であり、結婚相手を探すご令嬢たちの仁義なきバトルを繰り広げる場でもある。戦場はもちろんこの都市の中心部にそびえ建つセントモーレスク学園だ。
もっと分かりやすく? そう説明を求める声がどこかから聞こえたような気がするのであっさりと説明してしまえば、ここは“学園都市物語~恋するあの人は王子様!~”という身も蓋もないベタなタイトルの乙女ゲームの世界である。
そして先ほどから延々と乙女達のスカート丈を断罪していく私はつい最近生前の記憶とやらを思い出してしまったこの寄宿舎の不幸な管理人である。
いやぁ……まさか生前の心残りがこんなところで満たされようとは夢にも思っていなかったのだけれど。この現状がすでに夢のようなものなのでそこはスルー。毎朝繰り返されるこの仕事にもだいぶ慣れた。
色々な事象をガッツリ割愛してしまうと私はこの世界に転生したらしい 。転生した私はジェーン・マクスウェルとして生を受けた。この世界での両親はすでに亡いが、両親がここの管理人をやっていたのでその仕事を継いでいる。
ちなみに私は記憶を取り戻すのが遅かったせいで既に二十七歳で当然、ゲームのキャラクター達が通う学校とは何の接点もない。そもそもからして前世でも乙女ゲームをプレイしたことがない苦学生だった私にとって、この世界は「はぁ、そう言うこともあるんですね」くらいのものだ。細かい設定どころか全く何も知らない世界なのでかえって馴染みやすかった。
服飾学校のコンペをやっと勝ち抜けたと思ったら不慮の事故にあってこれである。生前の私はいわゆる“制服マニア”だった。マニアと言っても変態的な意味ではなくて、機能美的な方だから。
家が貧乏だったので新品の制服に対して凄く憧れがあったのだ。この世界に転生したのも学校で一緒だった友人に押し付けられたゲームを持ったまま死んだからだろうか――? 仮に接点があったとしても攻略キャラクターが十代の労働経験のないガキンチョなど論外です。
せっかく某有名学生服メーカーに就職が決まったところだったのに! 一回社会人を経験して貯めたお金でやっと行けた専門学校だったのに!! ということで多少惰性でこの世界の片隅で生きている。
食べるのにも住むのにも問題がないので「前世の生活よりも楽かな?」程度の恩恵はあった。
ただ金持ちの子供は偉そうで困る。こっちが一介の管理人に過ぎないからか物凄く若いパワーで敵対心を向けてくるものだから毎朝しんどいのだ。しかしまぁ……乙女ゲームの制服は狂っている。
制服の意味が崩壊しているといっても過言ではない。発注者と発注先の人間の正気を疑うゴテゴテとした装飾。まるで宝〇歌劇である。――いや、あれはあれで良いけど。
したがって目下記憶を取り戻した私なりのこの世界の楽しみ方と言えば、毎朝彼女達のスカート丈や改造を指摘するという地味極まりない、乙女ゲーム内ではちょっとした悪役ポジションみたいなことをすることだ。
みんな少しでも王子様方の目に留まりたいんだろうけど……親御さんから君達を預かる私としてはそんなはしたない格好をさせるわけにはいかんのよ。
バタバタと駆けながら恨み言を投げかけることを忘れない彼女達を全て送り出したら、ようやくきちんとした管理人としての仕事を始める。いや、正確には始めようとしたのだが――。
「おはようございます。あのぅ、マクスウェルさん……皆さんもう行っちゃいました、よね? 」
後ろから可愛らしくもその性格を表すような気弱な声をかけられた私は振り返った。この寄宿舎で唯一のまとも枠。一見地味な娘――エメリン・シャクルトン。
最近伯爵家の隠し子としてちょっと世間を騒がせたうちの新入りさんだ。十五歳の彼女は平民の出らしくここの他のご令嬢よりは私と話が合う。要するに浮いているのだ。
したがって私は彼女が虐めの対象になったりしないよう常に気にかけている。涼しげで大きな青い瞳に柔らかくウェーブした栗毛。まだ幼さの残る輪郭に絶妙なバランスで取り付けられたパーツ。これぞ黄金律。
性格も素直で可愛らしい娘なのだが――いかんせんトロい。
「おはようエメリン。ええ、そうね。皆もう時間ギリギリだから走って行っちゃったわ。貴女ももう絡まれないだろうから早く行きなさい」
そう声をかけたのに何故かエメリンはなかなかそこから動こうとしない。その異変に気付いたのは彼女がずっとモジモジとスカートの後ろを押さえていたからだ。
「……また例の嫌がらせなの?」
例の嫌がらせとは彼女の見目の麗しさに対しての嫉妬なのか、平民が気に入らないのか、まあそのどちらもだろう。彼女の制服をビリビリに破く馬鹿がいるのだ。私がそう言うと、彼女の瞳にみるみる涙がたまっていく。
毎朝というわけではないものの、珍しくもないことなので私は彼女を手招いて自室に連れて行った。監督不行き届きと言われるかもしれないが私はあくまで建物の管理人であって、彼女達の世話役ではない。
洗濯物も学校から派遣された専門の人がいるのだが、そこで賄賂的な物を渡されて頼み事を遂行してしまう困ったさんもいるのだ。
だから普段は彼女の洗濯物は私と同じところに干しているのだが……。真っ白なスカートは見るも無惨だ。第一こんな汚れの目立つ上に柔らかい生地を使うことも理解出来ない。手触りからしてお高い。ビリビリに破けるはずである。
「き、昨日、風で飛ばされてたからって届けて下さったんです」
「昨日は無風だったでしょうに。そんな頭の足りない嘘をついたのはどこの娘さんかしら? 注意しないと」
膝掛けを貸してベッドに彼女を座らせた私は、生前の名残というか、唯一人並み以上に得意な針仕事で彼女の見るも無惨なスカートを縫い合わせた。元通りとはいかなくても同色の当て布を上手く継ぎ足してやれば目立たなくすることは出来る。
縫い合わせながら窓からの自然光で色に差がないか確認しながらそう言った私に、エメリンは「いいんです」と弱々しく笑った。最後の糸を切りながら私は彼女の顔を見つめる。そんな私と目を合わせたくないのか、俯く彼女。――そこまで嫌なら仕方がない。
「まぁ良いわ。私はただの管理人だから貴女達の揉め事の仲裁は仕事ではないし」
そんな貴族間のドロドロな面倒ごとに自ら突っ込みたくもない。私が意外にあっさりと会話を打ち切ったので彼女もそれ以上は何も言わなかった。そうこうする内にしっかりと検針も済ませたスカートをエメリンに手渡す。
彼女がその出来映えに驚きの表情を浮かべる。毎回のことなのに「まるで魔法みたい!」とはしゃぐ彼女を微笑ましく思う反面哀れだとも思う。こんなに美しい顔立ちでなければ政治の材料にならなかっただろうに……。
「それを着たらさっさと出る! もう一限目が始まる頃よ?」
そう言ったら大慌てで着替えを済ませるエメリン。私はそんな彼女を見ながらいつもこのスピードならば問題ないのにと苦笑する。
「マクスウェルさん、ありがとうございました!!」
「良いから良いから、ほら鞄、ハンカチは? 持ったのね?」
荷物を手渡し確認しながら二人して玄関へと走る。
「良しそれじゃあ行ってらっしゃい!」
「はいぃ! 行ってきまぁす!!」
甘ったるい声を残して走り去る彼女が門の手前で転んで柔らかいスカートの中身が丸見えになる。膝を叩いて立ち上がった彼女の背中に励ましの声をかけると、ふざけた彼女は一度敬礼して彼女にしては精一杯のスピードで走り去っていった。
そんな彼女を見送った私は今度こそ自分の仕事に取りかかるのだった。
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