32 裏路地のエッグタルト


「ちょ、伊達さん!そんな引っ張んないでくれ」

 

「はよう行かねば、夕刻限定のすいーつが売り切れてしまう」

「何それ?夕方しか売ってないの?」

 

「そうだとも。軽やかなぱい生地のタルトに柔らかく甘い卵の記事が載せられたものだ。パン屋が趣味で閉店後に売る限定品だ」

「……エッグタルトか。急ごう」



 伊達政宗さんに連れられて俺は商店街の裏路地へやってきた。本当に食べ物を食べさせてくれるのか?いいのか?


 手を握ったままグイグイ引っ張られてやってきた小さなお店は、アパートの一階にあるパン屋さんのようだ。こんなところにお店があるなんて。



 街灯が一つもついてない路地は薄暗く、夕暮れの暗がりの中にある。周りにお店もないから結構暗いけど、伊達さんはスイスイ歩いて行ってる。

 パンの焼ける甘い匂いが漂い、お店には数人の先客が並んでいる。看板に『エッグタルト焼けました』と書いてある。


 俺、エッグタルト大好きなんだ。




「お前は卵のあれが好きか?」

「うん。好物だ」

「そうか。愛いな」

「…………」


「甘いものが好きな男は愛らしい。お前が食べる姿を眺めたい」

「うっふ……な、なんでだよ。伊達さんってそういう趣味なのか?」




 行列の最後尾に並んだ彼はニコニコしながら振り向いた。……イケメンだが、俺は男の人とそういう関係になる趣味はないぞ。でえとじゃなくてこれは教習みたいなもんだ。


「あぁ。ところで、なぜ某が男色を好むと知っている?」

「そういう記録が後世に残ってるよ……」

「む、そうか。しからばお前への気持ちもわかるだろう?」

「わ、わかるけどさ。俺はその、そういうのは遠慮したい」


「そうか、わかった。では同志としての契りならばいいだろう」

「はぇ?」




 行列がゆっくり進むのに合わせて俺たちも進み、伊達さんはこともなげに言っている。……え、そう言うのもあるの?


「何も念を交わすだけではない。『もっとも信頼し合う同志』と定めた者が誓いを交わすのもまた男色だ」

「え??そ、そうなのか。てっきり俺は」

 

「きっすをするのも、それ以上も、同じ想いでなければしても意味がなかろう」

「あ、はい。おっしゃるとおりです」




 にべもなく言い切られてしまって、思わずたじろぐ。……なるほど、俺が思っているものとはまた別の方向性の嗜好のようだ。親友とかそう言うのか。

なんか俺の方が邪な考えだったかのような気がしてへこんでしまう。

 伊達さんはカラカラと乾いた笑いを発しながら流し目を寄越した。


「まぁ、いつかねんごろになってやると思いながらそうするのだが。

 あぁ、順番が来た。後が支えているからな、いくつ欲しい?遠慮はいらぬ、本日は某の奢りだ」

「……………………」

「どうした?」


「10個ください!!!!!!!!!」 



 ━━━━━━


「伊達さんって性格悪い」

「くっくっ、お前があまりにも純朴なのだ。意地悪をして悪かったな、たんと食え。その細い腹によく入るものだ」

 

「サクサクもぐもぐ(怒)」


 完全に揶揄われているのを確信した俺は遠慮するのをやめた。パン屋さんのすぐ近くにあるベンチに座り、お店の様子を眺めながら焼きたて熱々のエッグタルトをモリモリ食べている。

 エッグタルトと一口に言っても様々な種類があるが、ここのは大変好みだ。



 

 パイ生地が基礎のもの、ケーキのタルトと同じくタルト生地(サクサクorしっとり)の物……そこから別れてタルトの中身まで、エッグタルトの種類は多種に及ぶ。


 エッグと名前がついているとおり卵のフィリングが載ってて、焼きプリンみたいなものだ。

 それが濃厚なのか軽めなのかで味わいがだいぶ変わってくるが、このお店は軽いパイ生地をしっかり焼いている。噛めばサクッと音がして、クロワッサンみたいな食感とバターの濃厚な風味が口の中に広がる。

 やや塩っけを残しつつタルトフィリングのとろりとしたカスタードのような濃厚な卵クリームがそれを追いかけて絡み、バニラのいい匂いが鼻を抜けていく。


 甘いしょっぱいが一つのエッグタルトで完結し、飲み物なんかなくてもするする入って行ってしまう。手のひら半分くらいの大きめサイズを次々平らげて、俺はむふー……と吐息を漏らした。

 めちゃくちゃ美味しい。比較的大きめサイズだからみんな数個しか買わないが。


 俺たちが食べ終わる頃には早々に店じまいが始まり、あっという間にわずかな灯りが消えてしまった。これは確かに急いで買いに来ないとなくなっちまうな。




「さて、次は屋台飯と行こう。どうやら腹の容量が無尽蔵のようだな、普段腹減らしなのだろう。たまには好きなだけ食うといい」

「ごちそうさまでした。……マジでいいの?俺本当に燃費悪いから、今のエッグタルトで腹の隅っこに入ったか?って感じだが」


「ほぉ……あぁ、よいぞ。お前が作る某のための料理が楽しみだ。食べたことのないものを食わせてくれるだろうな」

「……善処します」



 俺は苦い気持ちになりながらまたもや差し出される彼の手を取り、立ち上がる。

 はてな?屋台なんか、この商店街にあったっけ??


 伊達さんは俺の目線に応えて緩く微笑み、いたずらっ子のような表情を浮かべる。




「夜の遊びを知らぬのか。東南系料理の店の裏で屋台を並べている場所がある。串焼き、麺料理、揚げ物、さまざまあるぞ」

「……早く行こう。俺は腹がぺこぺこだ」


「ふっ、良いな。散々食わせてやろう」 




 いつの間にかルンルンになりながら男2人で手を繋いだまま、俺たちはアジアンな香りの通りへと足を運んだ。

 

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