30 隻眼の侵入者
「では最終決定でいいですか?」
「ハイ」
「佑……本当にいいノ?なんか緊張してないカ?」
「緊張するに決まってるだろ!?伊達政宗公だぞ!?
次の日の飯を考えるのに1日費やしたとか、おせちの起源作ったとか、伊達巻、凍り豆腐、ずんだ餅、仙台味噌を作った人なんだから!!!」
俺の絶叫に環さんとシャオメイがポカンとしている。そう、次の成仏援助対象者の中にかの有名な伊達政宗が居た。
彼はとんでもないグルメで自分でも料理する人だし、いろんな美味しいものを生み出したことで有名なんだ。
「他の人にしてもいいのではありませんか?そんなに冷や汗かくほどでしたら」
「いや、ここはあえてそう言う人に挑むのもいいと思うんだ。
最近常連さんに『たまには変わったものが食いたい』って言われちまったし」
「アーそうネ。そろそろ常連達の口も飽きてくる頃だと思うヨ。
何しろ毎日同じ顔ばっかりだし、新規の客が遠巻きに見てる店になっちゃったカラ」
「そうなんですか……」
そう、俺の店は顧客で固定されている。と言うより、順番を取るのが上手い人たちで埋め尽くされていた。営業前の行列禁止、整理券配布制にしたら毎回同じ人たちで埋め尽くされている。
しかも、成仏援助協力店と言う看板を地獄庁から正式に下賜されて、それを掲げるように言われたから……新規のお客さんにとっては『近寄りがたい店』になってしまった。
看板には星が表示されていて、まだ秀吉さんと家康さんの二人しか仕事してないのに五つ星がついてしまっている。あの二人の評価でそうなったらしい。
ミシュランガイド的な役割を果たしているこれは『なんかすごい店』と言うラベルを貼られてしまうようだ。地獄庁の公式ホームページにも掲載されていて、グルメ雑誌の会社から取材をしたいと言われるようになった。
だけどさ……。
「俺の料理スキルは完全に家庭料理に固定されてる。食材が奇抜だったのがスパイスになっていたけど、最近は山に行く暇もなくなっちまったし」
「朝営業してるからでショ」
「そうなんだけど……そうなんだけど!」
「営業時間の改善が必要かと思われますね、それは。例えば……朝は店内営業ではなくお弁当の販売にしたらいかがです?」
「……ふむ」
「それなら店も占有されないし、新規客も来やすいアルね。売り切れたら営業終われるし、準備は前の日にしておけるナ」
「……ふうむ、なるほど。弁当か」
たしかに、朝来るお客さんはパパッと食べれるものを食べて行くな。まさかのお茶漬けが一番人気だし。弁当は夜調理して、早朝詰める形でやってみるのもいいかもしれん。
弁当を売り切ったら山に行ったりして食材調達できるし……いいな、それ。
「とりあえずそれも計画に入れつつ、伊達さんに連絡を頼む。新しいメニューも考えないとだし、いい刺激になるだろ」
「成仏援助で数日休めば常連の口が寂しくなるしネ」
「くっ、そ、そんな効果もあるかもしれんな!!
じゃあ、よろしく頼むよ環さん」
「はい」
静かに頷いた環さんは書類を持って店を出て行く。シャオメイにも小さく手を振っているから、仲直りはできたようだ。
さて、俺も準備に取り掛かるかな。
「ところでシャオメイ、この……伊達さんが希望してる〝外国料理〟ってなんだと思う?」
「………………ワタシに聞かないで欲しいアル。多分地獄で食べれるものとか、無難な中華はナシじゃない?」
「だよな」
「美味しいものを食べ飽きているなら、一風変わったモノとか、そう言うのが求められている気がスルノ」
「う、うん……で、だ。シャオメイ、そう言うの食ったことあるか?」
「ないネ!佑もでショ!」
「あぁ、その通りだ……」
「早速詰んだアル!」
「くっ……」
シャオメイの『アホだな、こいつ』と言う目線を受けつつ、俺は取材を申し込んできて断ったけど『読むだけ読んでくれ』と置いていった本を取り出し、ペラペラ捲る。
海外の料理で人気なのはやはり中華がトップか……でもこれは日本に馴染みまくってるからなぁ。やはりシャオメイが言った通り、一風変わったモノではないだろう。
台湾料理や韓国料理ならいけるか?
ペラペラと捲りつづけると、小さな店舗の取材記事が目に入る。
タイ料理、ベトナム料理、インド料理……カレー屋さんってネパールの人がやってることが多いのか、へぇ。
イタリアン、フレンチ...この辺も定番になるのだろうか。俺はスイゼリアとかしか知らんけど。
メキシコ料理、トルコ料理、スペイン料理、マカオ、ドバイ、フィリピン....なんでもあるな、日本って。
「うーん、ワタシどれも食べた事がないアル」
「だよな、俺もだ。いや……正確に言えばテレビで見て食べてみたいと思って作ったけど本物の味を知らないんだ」
「普通なら、前回の儲けで食べ歩きでもしたら?って言うケド。佑は全部借金返済に回したからネ」
「そりゃそうだ、額が大きすぎるんだから。多少甘いモノは食べたけど」
「カップ麺もネ!」
「シーッ!!シャオメイ、あれは環さんに秘密なんだ。口に出すな!」
「別に怒りはしないでショ?塩分過多とは言いそうだケド」
「そう。だから黙っててくれ。どこで聞きつけるかわからんだろ!?」
「……そのカップ麺とは、何味だ?」
俺の耳元にイケボが響き、思わず立ち上がって後退る。シャオメイもびっくりしてるぞ。
……そうだった、鍵をかけ忘れてた。環さんに軒先の植木に水やりするから、戸締りしなくていいって言っておいたんだった。
目の前にいる侵入者は切長の瞳を細くし、薄い唇の端をあげてニコリと微笑む。黒い大きめYシャツはボタンを外してインナーは白、ダボっとしたカーゴパンツに頭にはキャップをかぶっている若者風だが……黒の眼帯をしている。
こ、この人は…………!!
「もしかして、伊達政宗さん?!」
「いかにも。して、カップ麺は何味だ?」
「ええぇ……シンガポールラクサ風の……」
「一口くれ」
「ええぇ………………?」
イケメンにニコニコされつつ、事態が把握できないまま俺は自分の秘蔵っ子を出しにしぶしぶ倉庫に向かうのであった。
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