地獄飯─じごくめし─
只深
1借金地獄
『被告の借金額は――五千億円とする』
カァン、と木槌のたたかれる音が響き渡る。俺は呆然として被告人席から立ち上がった。
「嘘だろ!?俺、何か悪いことした??」
「罪状がこれから伝えられます、一旦着席してください」
「……はい……」
血の気が引いて、フラフラする俺の体を支えた女性が声をかけてくる。
ところで、地獄に来るはずのない俺が今、どうしてここにいる?なんで負債背負わされちゃうの?
「あなたは生きているうちに多くの人を助けて、たくさんの善行を積みました。
横断歩道を渡るのに困ってたおばあちゃんには手を貸し、財布が落ちてたらちゃんと警察に届け、真面目に働いて真面目に生きてきた。本来ならば……地獄に来るはずのない人でした」
「え……じゃあ、何で?」
「――あなたがこうなるのは、善人だったからです」
「……え??」
『静粛に!細かな詳細を読み上げる。被告人は早く席につきなさい』
木槌が再び叩かれ、冷たい目線を送ってきた裁判官は冷酷に告げる。
黒い法衣を着た男女が複数人、険しい顔をして手に持った巻物を解いた。
『被告人
「ちょっ……略すなし!?善行で減刑されるんじゃないのか!?」
『おほん。まぁなんだ、時間が押しているのだ……簡単に伝えよう。
被告は生きている間沢山の善行をして、最期も人を救った。お前は3月3日のひな祭りの日……電車に飛び込もうとした人を助け、代わりに線路に落ちて電車に轢かれ、死亡した』
「……はい」
『助けた女人は、以前痴漢から救った女でお前に惚れていた。あの日はたまたま足を滑らせただけだった』
「はぁ、そうなのか」
『そして、電車を運転していた車掌は、交替勤務で疲れている時に、被告が間違えて買ったあったか〜いお汁粉を『よかったらどうぞ』と何の気なしに与えた男だった。
彼曰く『心身ともに疲れていたので本当に救われました』との事だ』
「そりゃよかったな」
『そのような人々をたくさん抱えていたお前の《死の要因》にこの二人が関与している。よって大変な悲しみと苦しみを与えられる事となった。
……そう、善行をした者ゆえに犯した罪だ』
「…………」
『その罪はその二人だけではなく多数に及ぶ。被告によって救われた人々の思いを踏み躙り、
そして、地獄では生前の行いによって借金が課される……それが、五千億円だ』
「お、俺だって好きで死んだわけじゃないんだが!?いい事したからそんなに借金背負わされるって事か??地獄か?!」
ぽむ、と肩を叩かれ……先ほどからそばに居てくれた彼女――俺の担当獄卒さんである、地獄の囚人を直接取り扱う番人の鬼がこくり、とうなづいた。
「まさしく、ここは地獄です」
『では、これにて結審とする。被告は誠心誠意勤め、借金を返して行くように。罪人を手続部署へ連れて行け!』
「はっ!」
ビシッと敬礼した鬼たちが俺を取り囲み、引きずって法廷から追い出される。
「嘘だろ?嘘だ。これは夢だ……」
「嘘でも夢でもありません。ちなみに地獄の年収は五百〜二百万位です。資産運用したとして、五十年で一億くらいになるといいですねぇ」
「50年で一億?え?俺何年地獄にいるの?」
「二千五百年くらいですかね?希望的観測を含めてですけど。……頑張ってください」
「う、う、うそだろおおおおーー!?」
俺の叫びは天井の高い法廷に響き渡り、虚しく消えていった。
━━━━━━
「は?今……なんて??」
「すまんのう。借金が返し終わって、明日からワシは天国に行く事になったのじゃ。申し訳ないがこの店も……」
「いやいやいや、え?嘘だろ??あと一億円借金あるって言ってたよな?」
「それがなぁ、炎獄宝くじに当たって完済になったんじゃ!これぞ天からのまわりもの!!」
「…………ええぇ……」
現在、借金百万返終わったトコロ。地獄に来てからもう一年経とうとしている。
俺の成仏は、遠い。
理不尽な判決の後、裁判を傍聴していたじいちゃんに拾われて、月給十五万で食堂仕事に雇ってもらい……ようやく慣れた所だ。
そして、本日の営業を終えて賄いをいただいている最中にいきなり言われた。
嘘でしょ?じいちゃん。
「俺、明日から職なし?あっ!?こ、今月の給料は……」
「ちゃんと用意してあるよ、心配しなさんな。
思えば長い年月じゃった……地獄に来てから、借金を背負わされてしまうとは思わなかったのう」
「それは確かにそうだな。まさか死後の世界の贖罪が借金だなんて、俺も思わなかった」
俺は通勤途中で人助けしたらポックリ死んでしまった。自慢じゃ無いが、悪いことをしてきたためしがないので天国に行けると思ってた。しかし、目が覚めたら地獄にいた。
地獄っていうとほら、釜茹でされたり燃やされたり、そういうのを想像していたが……現在では『そう言うの良くない』と言う風潮らしく。生前の罪は借金として背負わされ、地獄で働いて返済する義務を負うのがルールらしい。
俺が住んでいるのは生前と同じく日本の国をそのまま模したような和風の街だが、他にもいろんな場所があるらしい。
海外があるかどうかは知らんけど……まるでファンタジーのように様々な不思議と共に地獄は世界を成している。
何はともあれ、じいちゃんが地獄から卒業できるのは良かったな。長年の苦労の末やっていた食堂は、下町風情がたっぷりの定食屋だった。
ご飯も美味しいし、キッチン、ホール、仕入れも事務も大体覚えたところだが仕方ない。
「卒業おめでとうさん。俺も仕事探し頑張って、いつか成仏できるように頑張るしかねぇな。明日のお見送り、行ってもいいか?」
「あぁ……ありがとう、ぜひ頼みたい。最後の見送りが愛弟子とは、嬉しい事じゃ」
俺は見慣れたおじいちゃんのシワシワな笑顔を見つめ、握手を交わした。
━━━━━━
緑の丘陵線、その先には朝焼けが朱く空を染めている。まだ薄暗い夜明けの色に染まる中、俺は地獄の出口……天国への門へやって来た。
赤白黄色のカラフルな花達があたり一面を埋め尽くし、まるで天国のような様相だ。
朝焼けの色に染まった花畑の中には煉瓦道が敷かれている。そこを進むと、赤い鬼と青い鬼と言われる門番が現れた。
手にトゲトゲした棍棒を持ち、黒いスーツで立ち並ぶ彼らはシュッとした感じのイケメンだ。
髪の毛が赤と青だから赤鬼青鬼なのか?前髪で顔が半分隠れてるが、分け目が左右反転してるから双子のように見えた。
「お疲れさんです。見送りに来たんだが」
「ん?あぁ、今日の送迎はもう終わったぞ」
「は!?時間通りに来たのに、何でだよ!?」
「たまにあるのだが、天国の送迎車が時間を勘違いして早くやって来てしまうんだ。『地獄からの脱出は早い方がいいだろう』と言われてしまうんでな、こちらではそのまま受け入れている」
「見送り人に手紙などを残す人もいる。預かり物がないか確認するから、名前を教えてくれ」
「そんな事が……はぁ、お役所仕事かよぉ……」
「気持ちはわかるぞ、俺たちにもどうしようもないんだ。すまんな」
「あ、いえ。獄卒さんも大変だな」
苦笑いの鬼さん達に同じく苦笑いを返し、名を告げる。
「
「あー、あいつか……善行して来たのに地獄送りにされたんだろ?」
「はぁ、まぁ。そっすね」
俺の名は獄卒の中で知れ渡っているらしく、同じような反応を何回もされているからこの応対には慣れている。
どうにかならんのかと話をしても、獄卒の皆さんも成仏は左右できんからな……足掻くだけ無駄なんだ。
「あ、あったあった!えーと、書類一式が残されてるぞ」
「これだな、ほら」
分厚い茶封筒をポンと渡され、ずっしりした重さを抱えて戸惑う。
「え、ナニコレ……」
「一応事前に中を確認する義務があるから見たけどな……土地と店の権利書と営業許可証などが一式入っている」
「お前さん、あの食堂継ぐんだろ?大変だろうけど頑張れよ」
「…………え??」
「まさか聞いてないのか?あの食堂は地獄の指定で潰しちゃならんキマリがあってな。飯屋自体が少ないからなんだが……店主は後継がいなきゃ地獄から出られないんだ」
「借金が多いから大変だろうな。俺たちもそのうち売り上げに貢献してやるから、頑張ってくれよ」
「え、俺が後継って事?マジで聞いてないんだが」
困惑した表情の鬼達に中を見てみろ、と言われて慌てて取り出す。
そこには、じいちゃんの店を俺が受け継いだという書類が入っていた。
いや、うん。確かに仕事があるのはありがたいよ。地獄はみんな借金を背負い、それを返さなきゃ成仏できない人で溢れてるから仕事に着くのも大変だ。
再就職先を探すのも時間がかかるし、貯金がないから……慣れた仕事をやっていけるのもとてもいい。だがしかし、引き継ぎの書類には『お店の後継者がいなければ借金を返し終わっても成仏出来ない』と書いてある。獄卒さんもそう言っていた。
つまり、じいちゃんは俺を人身御供にしたんだよな?成仏するために。俺は完全に〝地獄へ縛り付けられた〟って訳だ。
大きなため息を吐き出しながら中を探ると、封筒の底に小さなメモ書きが一つ残っているのに気付いた。
それを震えながらつまみ、ぺろっとひっくり返す。見慣れた爺さんの文字でたった一言……。
「『メンゴ⭐︎』じゃねーよ!!クソジジイ!!!!!!!!!!!」
俺の絶叫は花畑に轟き渡り、朝日の光に溶けていった。
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