芦毛のシスターの日常

種田自由

前編

 王国軍・警察部隊・捜査本部室。

 ここには王都にて発生する事件の、すべてが集まってくる。


「盗み……傷害……夫婦喧嘩……」


 黒髪の青年は、事件の概要が記されている紙をぺらぺらとめくっている。

 どの事件も、王都に暮らしていればよくあることばかり。

 どうやら、昨日も平和に一日が過ぎていたようだ。

 今日も部屋にこもって書類仕事か、とため息をついたそのとき、ひとつの事件が目に入った。


「殺人事件……被害者はアパートに住む一家?」


「場所は?」


 黒髪の独り言を聞きつけたか、前の席から金髪の青年が顔を向けてきた。

 雑事はすべて黒髪に投げてくる怠け者のくせに、自分の関心があることだけには、すぐに首を突っ込んでくる。

 いつものことなので、特に苛つくこともなく黒髪は質問に答える。


「教会の近くだって」


「白い方か? いや黒い方だな」


「そうだけど、なんで分かったの?」


「なんとなくだ」


 そう言いながら、金髪は勢いよく立ち上がった。


「え、ちょ、どこ行くの」


「決まってるだろ、現場検証だ。ほら行くぜ、相棒」


「あ、ちょっと」


 スタスタと捜査本部を出ていこうとする金髪を、ちょうど出勤してきた男が止める。


「こんな朝っぱらから、どこ行くんだ?」


 大きなあくびをしながら、男は聞いた。

 その目つきは鋭い。


「遅刻ですよ、隊長。こいつですら、定時には来ているってのに」


 黒髪が指摘すると、隊長は面倒くさそうに頭をかく。


「遅刻じゃあない。お偉いさんのとこに寄ってきたんだ。それより、さっきの返事は」


「現場検証ですよ、警察部隊長。これから悲劇に襲われた一家の死体をおがみに行くんです」


 金髪が答えると、警察部隊長は少し考える。


「俺も同行する」


「ゲッ!」


「どうせあの教会の近くで起こった殺人事件だろう? あそこには、いろいろ世話になってるからな。若造に迷惑をかけられると困る」


「……了解」


 金髪はお目付け役を付けられ不満気な顔だ。

 捜査本部の人間が、現場に出向くことはめったにない。

 なぜなら事件の大半は、犯人が捕まることはないからだ。

 ゆえに黒髪たちの仕事は、現場の人間が報告してきたことを書類にまとめ、犯人不明で書類を処理することになる。

 それで王都は回っているし、文句を言う人間は適当な罪で投獄される。

 だからこそ金髪は、お目付け役を付けられても、文句を言えないのだ。

 捜査本部の人間が例外的に捜査することを許されているのだから。

 黒髪、金髪、隊長の三人は、事件現場であるアパートへと向かった。



「これは……酷いですね……」


 捜査本部から徒歩で数十分。

 事件現場を見て、黒髪は思わずつぶやいた。


「一家全員まとめて、か。被害者の身元は?」


「近所付き合いはあまり無かったようで、名前はまだ分かっていません。ただ家族構成と、死体の数は一致しています」


「……そうか」


 先に現場検証を始めていた隊員が答えると、隊長は胸ポケットから取り出したたばこに火をつけた。


「え、隊長よくないですよ。こんな所でたばこなんて」


「いいんだよ。いつも通り、犯人不明で処理するだけだ。どうせ犯人が見つかる当てもないしな」


「いいや、それはどうでしょう」


「どういう意味だ」


 隊長が聞くと、金髪はニヤリと笑った。


「そいつ、この間逮捕した政治犯ですよ」


 金髪は入り口の近くで倒れている男の死体を指さしながら言った。


「詳しいな」


「尋問したの、俺ですから。そういうあんたこそ覚えていないんですか? 嫌疑不十分だとかで、保釈を決定したのはあんたですよ?」


「そうだった……かな。そんなの一々覚えちゃいねえよ」


 歯切れの悪そうな隊長の様子をみて、金髪はさらに攻勢を強める。


「ホントにそうですか?」


「何が言いたい」


「この事件、似てませんか?」


「似てる?」


「王都を賑わせる、連続殺人事件にですよ」


「偶然だろう。王都に住んでれば殺人事件なんて、別に珍しい話でもない」


「それにしては被害者が偏っている。今月だけですでに四人。しかも全員保釈されたばかりの政治犯だ」


「そういうこともあろうさ」


「偶然も何度も重なれば、必然となる。たしか近日中に保釈予定の人間がいたでしょう。死にますよ、そいつも」


「構わんだろう。不穏分子を勝手に掃除してくれるんだ。俺たちの仕事も減って万々歳だろう」


「その便利屋の銃口が、次に向くのは俺たちかもしれない。そうは思いませんか?」


「……思わない。俺は王に忠誠を誓った警察部隊員だからな。お前も、お前も、そうだろう」


 隊長は順番に黒髪と金髪を指差した。


「この事件は犯人不明で処理する。遺族だっていないからな、文句も出ないはずだ」


「知ってるんすね、この人らの身元」


「……先に帰る。余計なことはするなよ」


 そう言い残し、隊長は退出した。


「どういう意味? さっきの話」


「さぁな。保釈されたばかりの政治犯が立て続けに殺されている。しかも同じ手口で。偶然と片付けるには、違和感が大きくないか?」


「まぁそれはそうだね。でもいいんじゃない? 隊長の言ってた通り、不穏分子が余計なことをする前に消えてくれるんでしょ?」


「その不穏分子が、いつ俺らになるか分からないってんだよ」


「え? どういう……ってどこ行くんだよ」


「聞き込み。事件の捜査は足から。いつだったか、あのおっさんもそう言ってたろ?」


「いやでも、この事件も犯人不明で処理するって」


「あぁ、だからここからは、俺たちが個人的に捜査するんだ」


「個人的にって……」


「俺たちで謎の殺人鬼の正体を暴いてやろうぜ、相棒」



 事件現場のアパートを出て黒髪は、金髪に連れられ通りを歩いている。


「個人的に捜査するって言ってたけど、どこへ向かってるの?」


「教会」


「教会? なんだって殺人事件の捜査で教会なんかに行くのさ」


「決まってるだろ。犯人がそこにいるからさ」


「ええ!? そこにって、あそこにはおばさんと子どもたちと……」


「シスターがひとりいる。そいつが殺人鬼だ」


「いやいや、それは無いよ。だってあの白っぽい髪の女の子でしょう? あの子は敬虔だし、誰にでも優しいシスターの鑑だって評判なんだよ?」


「人の評判なんて三人いれば作れんだよ。とにかく、芦毛のシスターが犯人だ。証拠だってあるぜ?」


「へぇ、そんなに自信があるなら聞かせてよ」


「今月起きた事件、すべての現場付近、犯行予想時刻にシスターが目撃されている」


「そんなの状況証拠じゃないか。それだけで、シスターを犯人と決めつけるのは根拠が弱くない?」


「十五件だ」


「え?」


「今月起こった殺人事件の件数」


「まぁそんなもんじゃない?」


「その内の四件が、同様の手口だったとしたら?」


「え?」


「お前、死体の傷がどんなだったか覚えてるか?」


「いや……」


「男は喉元を切り裂かれ、女とガキふたりは眉間を正確に撃ち抜かれていた。しかも部屋に争った形跡はない。こんなのどう考えても、素人による偶発的な殺人じゃない」


「つまりシスターはプロのヒットマンで、何者かに政治犯の暗殺を依頼されているってこと?」


「察しがいいじゃないか」


「いやいや、いくらなんでも話が飛躍し過ぎでしょ! それに君の想像通りだったとしても、まだ状況証拠しかないんでしょ?」


「だからこうして、取りに行ってるんだろうが。決定的な物的証拠って奴をよ」


 教会の門扉の前で、金髪が足を止める。

 教会の周囲は苔むした石塀で仕切られているので、ここから入るしかない。

 錆びた門扉を押し開けようと金髪は、躊躇なく手をやる。

 金髪はどこかワクワクしているような表情だ。


「さて鬼が出るか蛇が出るか」


「ちょっと待って」


 黒髪が制止すると、金髪は不満げに顔を向けた。


「……なんだよ」


 黒髪の表情がよほど深刻に見えたのか、金髪はただぶっきらぼうに聞いた。


「本当にいいの? この事件の捜査は隊長に止められてるんだ。バレたら大変なことになる。そもそも、犯人を特定して君は何をするつもりなの?」


 黒髪の質問を聞いて、金髪は少し考えた。


「どうもしねぇよ。俺はただ知りたいだけさ。この国が抱える大きな秘密って奴をよ」


 ニヤリと笑って、金髪は門扉を押し開けた。

 甲高い音を鳴らしながら、少し引っかかりのある動きで門扉は開いた。

 雨染みで黒ずんでいる教会を見上げると、突風が吹いてきて黒髪は反射的に目をつむった。


「こんにちは」


 目を開けると、シスターが立っていた。

 シスターは人の良さそうな笑顔を浮かべている。

 緊張で強張っていた心が溶けていきそうになるのを感じる。

 しかし黒髪は知っている。

 人間には裏表があって、表面が綺麗な人間ほど裏側はどす黒く淀んでいることを。

 金髪が連続殺人犯であると言うのならば、黒髪はそれを前提にこの少女を見る。

 それが黒髪が抱く金髪への信頼だからだ。


「警察部隊の方ですよね。本日はどのようなご要件でいらしたのですか?」


 制服を見て判断したのだろう。

 シスターは少しも笑顔を動かさずに聞いてきた。

 その仕草が人形のように無機質で、少し不気味に感じたのは、黒髪がシスターを警戒しているからだろうか。


「この辺りのアパートで殺人事件があってな。その捜査をやってんだ。悪いが少し協力してくれないか?」


「それは物騒な話ですね。もちろんです。私にできることであれば、喜んで協力させて頂きます」


「助かるよ。現場に残された証拠が少なすぎて、捜査が難航しててな。このままじゃ迷宮入りしちまう。そうなりゃ残された遺族に申し訳が立たないからな」


「そうですね。直接何かすることはできませんが、せめて私も祈ります。被害者の方の魂が安らかに眠ることができるように」


「そうしてやってくれ。それじゃあ少し話を聞かせて欲しいんだが、昨晩は何をしてた?」


「そうですね。子どもたちを寝かしつけた後、マザーと少しお話してから就寝しました」


「子どもたち?」


「この教会には孤児院の役割もありますので。ほら、向こうの庭で子供たちが遊んでいるでしょう?」


 シスターが指さした方へ目をやると、十人くらいの子どもたちが遊んでいる。

 シスターがこちらを見ているのに気がついたのか、一番大きい子どもが走り寄ってくる。

 

「シスター、この人たちだれ?」


「警察部隊の方々ですよ。悪い人たちを捕まえてくれる良い人です」


「じゃあ、おかあさんとおとおさんを殺したやつもつかまえてくれるの?」


「はい、きっと。だから向こうで遊んでいましょうね」


「ねぇ悪いやつはつかまえてくれるんだよね? ぜったいつかまえてね。わたしのおかあさんとおとおさんを殺した悪いやつを」


 きっとこの子供は、まだ十年も生きてはいないだろう。

 それなのにドシッと肩にのしかかってくるような迫力を持っている。

 それでいて自分の無力さを理解している。

 だからこそ自分の代わりに復讐を成し遂げてくれる大人に頼るのだ。

 子どもの言うことなのだから、適当に勇気づける言葉で流せばいい。

 だが黒髪は少女の気迫におされて、返事ができなかった。


「知るかよ、んなこと。復讐なんざてめえでやりやがれ」


「ちょっと……」


 さすがにそんな態度はないんじゃないかと金髪を咎めようとしたが、黒髪はすんでのところで思いとどまった。

 暴言を吐いた金髪の横顔が、何か企んでいるように見えたからだ。


「ひどい、おにいさんはなんでそんなこというの?」


「てめえの言ってることは、自分の手は綺麗なままでいたいから、代わりに誰かの手に汚れてもらおうって話だぜ? 卑怯だと思わないのか? まずは自分の手を汚さねえと」


「おにいさん嫌い。どっかいっちゃえ!」


「いいね。だが力を加えると、必ず反発があるもんだ。こういう風にな!」


 絶叫しながら殴りかかってくる子どもを軽々避け、金髪は拳を振り上げる。

 金髪の拳が子どもへと迫る。

 寸止めする気はなさそうに見える。

 どうやら金髪は本気で子どもを殴りつけようとしている。

 それはさすがにと黒髪が止めに入ろうと手を伸ばすが、間に合わない。

 金髪の拳が子どもに届く寸前、シスターが間に割り込んで止めた。

 目にも止まらぬ動きをしたシスターに、黒髪のみならず金髪まで唖然としている。


「お帰りください」


 拳を受け止めながらシスターは、変わらぬ笑顔を見せる。


「……あんた何者だ?」


「私はシスターです」


「シスターがこんな動きできる訳ねぇだろ」


「私はシスターです」


「答える気なしか、なるほどね」


 用意された返答を繰り返す人形のようなシスターを見て、金髪の口元が引きつる。


「表が騒がしいと思ったら、何してるんだいあんたら」


 教会の扉が開いて、中から女性が出てくる。

 目元に深く刻まれたしわからは、重い雰囲気を感じさせる。


「マザー、これは正当防衛です」


「そうかい。ならそっちのあんたに話を聞こうかね」


 マザーと呼ばれた女性の目線が、金髪へと向けられる。


「ただの取り調べだよ。怪しい人物に片っ端から声をかけているだけさ」


「あんたが欲しいのは名前だけかい? 犯人として書類に書くことさえできれば、誰だって構わない。そんな名前さ」


「いいや、俺が探してるのは真犯人だけだ。適当に犯人をあげたってつまらないからな」


「いいだろう。そんなに話を聞きたいのなら、いくらでもしてあげるよ、向こうでね」


「教会の懺悔室か。都合のいい部屋だよな。室内で起こったことは他言無用だなんてさ」


「どう思うかは、あんたの勝手さね」


 金髪とマザーの視線がぶつかり合う。


「はっ、冗談じゃない。行くぞ」


 嫌味を吐き捨てきびすを返す金髪を、黒髪は慌てて追いかける。

 マザーの迫力に気圧されてしまったのだろうか。

 教会を出てからも、金髪は少しも喋らない。


「……間違いねぇな」


「え……?」


「犯人はやっぱりあのシスターだ」


「追い返されて落ち込んでると思ったら、まだそんなこと考えてたの?」


「落ち込んでねぇよ! 確かめたんだ、俺は。あいつが人殺しだって確信を得るために」


「確かにシスターの動きは普通じゃなかったけど、それだけじゃまだ犯人だって決めつけられないでしょ」


「そうじゃない。俺が見たかったのは奴の手だ」


「手?」


「どれだけ見てくれを取り繕ったって、手には証拠が残るもんなのさ。殺人を繰り返すほどに、色濃くな」


「どういうこと?」


「華奢な体つきをしている割には、手のひらがゴツゴツしていた。日常的に強く棒状の何かを握ってる証拠だろうな、ナイフとか」


「ゴツゴツしてたって、そんなのほとんどいちゃもんじゃない?」


「それだけじゃない。爪の奥が黒ずんでいた。銃を撃ったときの煤を落としきれなかったんだろう」


「うーん、確かにそう言われればシスターが犯人な気がしてきたけど、やっぱりそれだけじゃ証明できなくない?」


「あぁ。俺だってこんな言いがかりみたいな証拠で、奴をしょっぴこうとは思ってないさ」


「じゃあどうするのさ」


「現場を押さえるしかないだろうな。収容されてる政治犯が何人かいたろ? 近い内に誰か釈放されるかもしれない。チャンスはその時だな」


 金髪は楽しそうに笑った。

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