消化試合のお見合いで

真紗美

第1話 お見合い

「綺麗な着物着て、懐石料理とか食べる気ない?」

目を輝かせて母が言うので、絶対これはなにか裏があると思い、追及するとお見合いだった。お見合い。着物着て高級料亭で懐石料理食べるなんて、今は何時代だろうと遠い目になってしまう。

「お母さんのお友達の井口さんの息子さんなんだけど、周りに結婚を急かされて『お見合いしてる最中です』って名目が欲しいんだって、どう?」

その『どう?』が、微妙にズルい顔をしていたけど、教えてもらった料亭が超高級料亭でこんな機会は二度とないので、軽い気持ちで了解してしまった。

 35歳独身女子だけど、そこそこの商社に勤めていて貯金もあるNISAもしている。実家暮らしで友達もいるし、推しもいる。彼氏が欲しかったらマッチングアプリもあるし、今が充実しているので特に必要性もない私だった。


 そして当日。超古典的なお見合いが始まった。

読めない掛け軸と凛とした椿の花が飾られている和室に、私と母が並んで座り、向かい側に座るのは井口さんとその息子さん。その間にお仲人さん的なご婦人が座り、母たちと会話を弾ませていた。女子たちはみんな着物である。ご婦人たちはこのまま歌舞伎座でも行こうかしらぐらいの勢いである。今日家で留守番している父は母に500円渡されて『近所のワンコインランチでお願い』って言われていた。ごめんねお父さん。帰りにシュークリームでも買って帰るよ。

 形だけの本人同士のご挨拶が終わると、母たちは本人たちを無視して楽しそうに盛り上がっていた。お料理は形も味も美しく、上品でまろやかで頬が落ちそうなくらいのお料理で『来てよかった』と心から思った。画像撮れなくて残念だ。

 デザートの芸術的な抹茶ジェラードは私と息子さんの分しかなくて、母たちは楽しそうに「あとは若いおふたりで」と、これまた古典的なセリフを言い残して、楽しそうな笑い声を響かせて部屋を出て行った。


「3人ともサークルの仲良し友達って言ってました」彼は笑顔を見せてそう言った。爽やかな笑顔だった。写真より若く見える。38歳の実家暮らしで大手製薬会社の研究職らしい。お見合いと言う名目にのっかって、母たちが楽しんでるだけのような気もする。まぁ私達も消化試合だし、美味しかったからいいか。

 ジェラードを食べ終わり、古典的な流れで『庭でも歩きましょう』という段階になったけど、私の足は痺れていた。痺れている段階を超えてつま先の感覚がない。ここで立ち上がると絶対グネっとなって下手をると大ケガ間違いない。そもそも着物&正座なんて私にとってのガラパゴスだ。ヤバいマズいコケる。いくら消化試合と言っても大コケは恥ずかしい。

 冷汗がダラダラと出て困っていると「無理しないで下さい。足を崩してからゆっくり動きましょう。庭なんて行かなくてもいいし」って言われてしまった。全て理解されてたか。急に恥ずかしくなって膝にかけてあったハンカチをそっと畳みなおしていると「それって……限定の……」と、小さく言われた。

 顔を見ると、彼は一瞬ハッとした表情をしてから「すいません」って言い直す。私のハンカチはファンクラブ限定品で誰もほどんど気づかない。それを気づくなんて。この人は……。

「僕の推しはレイナちゃんです」真面目な顔で彼が言うので

「私の推しはひーちゃんです」真面目に私も答えた。


 半年後 私たちは籍を入れて結婚した。



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