浪速区紳士録【社会人編:旋風】婚約破棄と、その後について!
崔 梨遙(再)
第1話 貴理子が大阪にやって来た!
貴理子が大阪にやって来た。
僕は、2度目の結婚も大失敗だった。元嫁は多額の借金があることを隠していた。元嫁の借金は僕が払い続けた。なのに、僕は短期間に何回も浮気された。僕はバツ2になりたくなかったので限界を超えるまで我慢をしたが、流石に我慢の限界を超えてしまった。“離婚や!”と言ったら、元嫁は包丁を持ってきた。“離婚するなら死んでやる!”と言うかと思ったら、“離婚するなら殺してやる!”と包丁を振り回された。僕は、借金を払わされて、浮気されて、殺されるところだった。その後、“絶対に離婚届けにハンコは押さないから!”と、元嫁は実家に立て籠もった。調停になり、3回目の調停でようやくハンコをもらえた。心に大きな傷が出来た。
僕は大阪に帰って来た。新たな生活。そこで、知人と博多へ遊びに行った。その時、土産物売場にいたのが貴理子だった。僕は貴理子に一目惚れ。その場で貴理子を口説き、電話番号を渡して大阪に帰った。その晩、貴理子から電話があった。電話は毎日となり、やがてデートするようになり、付き合い始めた。この時、貴理子は離婚が確定。自己破産の申請中で、自己破産が出来れば同時に離婚することが決まっていた。付き合っている間に自己破産することに成功し、貴理子は正式に離婚した。そして、僕を頼って大阪に来ることになった。大阪での新居は貴理子が決めた。12畳の1K。カップル向けの新築マンションだった。ちなみに、貴理子は若く見えるが僕よりも9歳年上だった。
そして婚約、貴理子との同棲生活が始まった。
貴理子は、スグに働きたいということだったので、僕が雇われていた会社の社長に面接してもらい、アルバイトとして採用してもらえることになっていた。時給は(当時、まだ最低賃金が低かったので)千円だった。月に15万程の給料だが、月に2回の帰省(貴理子は“実家に母親を1人残して心配だから月に2回、博多に帰りたい”と最初から言っていた)の交通費5万✕2回を僕が払っていたので、実質的には貴理子は月給25万くらいの暮らしが出来たはずだ。勿論、生活費などは全て僕が出していた。光熱費から食費、デート代など、全部僕が払っていた。貴理子の給料は全て貴理子の小遣いだった。
僕等は仲が良かった。貴理子は毎日定時で帰れる。僕もなんとか早く帰ろうとする。だが、僕の帰宅は早くて7時半か8時だった。帰ると、貴理子が手料理を作って待ってくれている。一緒に夕食。貴理子は料理が上手かった。僕はスグに胃袋を掴まれた。食後、貴理子の方からベッドに誘う。勿論、僕は求められたら応える。僕達は、平日は2回求め合った。土曜はどこかに遊びに出かける。日曜は裸の日。日曜は服を着ない。1日中、裸でイチャイチャしたり抱き合ったりする。僕も“我ながら絶倫だったなぁ”と思うが、貴理子も絶倫だったと思う。僕達は夜の営みでも相性は最高だった。貴理子の方から何度も求めてくれるのが嬉しかった。
貴理子はしばらく電話でヒアリングしたり、学校訪問などの外回りをしていた。だが、貴理子が新しい環境や仕事に慣れてきたところで、ルートセールスくらいは出来るようになってほしいということで、僕のアポイントに同行することが多くなった。僕のお客様を貴理子に引き継がせて、僕が新規開拓に専念出来るようになるということだった。変わっていると言われるが、僕は新規開拓の営業の方が好きだ。だが、お客様のフォローはしたい。そのフォローを貴理子がやってくれたらいいのだ。そんなことが出来れば、僕の新規開拓営業の時間が増える。これはありがたい。だが、貴理子にルートセールが出来るのだろうか? まあ、貴理子も接客の仕事を長年やっていたのだ。貴理子の実力を信じてみよう。
順調に同行と引き継ぎが続いた。だが、貴理子と同行するのに1件だけ不安な会社があった。その日は、その不安な会社とのアポだった。何が不安なのか? イケメン過ぎる採用責任者のいる会社だったのだ。責任者は30代後半の中森さん。ちなみに、当時の僕は30歳。貴理子38(もうすぐ39)歳。貴理子が中森さんを前にして冷静でいられるのか? 僕は、引き継ぎの前から嫌な予感がしていた。そして、嫌な予感ほどよく当たる。
商談中、明らかに貴理子は“ポワ~ン”としていた。ダメだ、中森さんに見とれている。絶対に僕と中森さんの商談の会話は耳に入っていない。おいおい、あなたは僕の婚約者でしょう? っていうか仕事はちゃんとしましょうよ。僕はウンザリしていた。自分の恋人が他の男に見とれてるところを見るって、どれだけツライかわかっていただけるだろうか? これはかなりツライ。凹む。しかし、お客様の前では凹んだ顔は出来ない。僕は必死で冷静さを保った。こうなる予感がしていたのだ。本当に、嫌な予感はよく当たる。
帰りの電車、貴理子のトークは中森さんの話題ばかりだった。これもツライ。僕は半分は聞き流していたが、貴理子から中森さんについて質問される。
「中森さんって、独身なの?」
「いや、中森さんは奥さんも子供もいるで。左手の薬指の指輪を見てなかったんか? 指輪してたやろ?」
「やっぱり! あんなイケメン、女性が放っておくわけないものね。指輪を見るのは忘れてた。いつもなら見るんだけど。今回は中森さんの顔ばっかり見てたから」
「妻子のある男性のことは、もうええやんか」
「でも、中森さんってイケメンだよね。身体もスマートだし背も高いし」
「でも、もう妻子がいるんやからええやんか」
「でも、中森さんっていいよね」
「わかったよ、中森さんはイケメンだよ。わかってるよ。背も高いし、カッコイイよ。それはわかってるから」
「中森さんって、どんな人なの?」
「店舗の店長の中から抜擢されて、採用責任者になったらしいで。現場上がりや」
「店長をやってたんだ」
「うん、そう聞いてる。“現場を知っている者が採用責任者になった方が良い”という会社の判断というか、方針らしいで」
「採用責任者に抜擢されるのがスゴイよね」
「そうやね、スゴイね(もう、いい加減にしてくれ)」
「本当にイケメンだよね。私、久しぶりにイケメンを生で見た。中森さんって、芸能人って言っても信じてもらえるよね?」
「そうやね、芸能人級やなぁ(おいおい、怒るぞ)」
「中森さんの奥さんって、どんな女性なんだろう? あんなイケメンと結婚出来るんだから、やっぱり美人かな?」
「知らんけど、そうちゃうか? 多分、美人やろ」
「でも、イケメンがたいしたことない女性を連れて歩いたりしてるよね? 意外と美人じゃないかもね」
「何が言いたいねん?」
「私と中森さんの奥さん、どっちが美人かな?」
「おいおい、中森さんの話はそこら辺でやめといたら?(やめないなら、僕がキレてしまいそうだ)」
「なんで? イケメンの話って楽しいじゃん」
「そんなことを言い出したら、〇〇商事の△△さん、おぼえてる?」
「おぼえてるよ。若い女性の採用責任者でしょ?」
「僕、△△さんのこと結構好きやで」
「うわ、私がいるのに何言ってるのよ! 気分が悪いじゃない」
「気分悪いやろ? 僕も貴理子がずっと中森さんの話をしているのを聞いてたら気分悪いで。僕の気持ち、わかってもらえた? 僕はずっと気分悪いねん」
「そうか、ごめん」
「……」
「……」
「……」
「それで、中森さんのことなんやけど、高いスーツ着てたよね?」
「△△さん、かわいいなぁ。あんな女性と付き合いたいなぁ。ああ、△△さんが独身やったら良かったのになぁ」
「何よ、気分悪いじゃない」
「こっちも気分悪いわ。いつも仕掛けてくるのはそっちやで」
「そうか、ごめん」
「……」
「……」
「……」
「それで、中森さんのことなんやけど」
「何回同じことを繰り返すねん?」
その日、帰宅して貴理子の手料理を食べていると、貴理子は缶ビールをゴクゴク飲んで(貴理子は毎晩ビールを飲む)カーンとテーブルに缶を置き、
「ああ、中森さんかぁ……」
と言った。流石に聞き捨てならない。
「そんなに中森さんがいいなら、どうぞどこへでも行ってください」
「え! 今、私、何か言った?」
「たった今、“ああ、中森さんかぁ”って言うたやんか」
「私、そんなこと言った?」
「言った。間違いなく言った。っていうか、今日の貴理子は中森さんの話ばっかり」
「ごめん、ごめん。もう言わないから」
貴理子は缶ビール3本目で、
「ああ、中森さんかぁ……」
と言っていた。同じことを繰り返す貴理子だった。僕は、もう何も言わなかった。ただ、その晩の営みのお誘いは断った。貴理子には、そういう一面もあったという話。それは僕の不安要素だった。まあ、次の日から中森さんの話はしなくなったので良かったが。僕が営みを初めて拒んだことで、少しでも僕のことを考えてくれたのだろうか? 反省してくれたと思いたい。反省してくれてなかったら、僕があまりにも惨めじゃないか?
仲は良かったと思うが、そういうこともあった。
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