第2話
プロローグ 2/2
今でも考えてしまう景色がある。
高校3年の冬、卒業式の日。
まるで春なんか来ないかのように、降りしきる雪に積もり積もった道端の雪が邪魔をする北海道のとある高校。
そんな場所で本日の主役と言わんばかりに玄関の前を占拠する私を含めた3年生はかれこれ1時間は同じ場所に居座っていた。
3年間一緒に過ごしてきた友達や後輩のと別れ、大学や就職、専門学校と様々な道へ行く私たちにとっては最後の日で涙するものは多かった。
私はただひたすらに涙ぐむ友達を抱き寄せて、励まして、きっとたっせいできるわけのない約束を口癖のように口に出す。
そんな中、ふと顔を上げると見えてくる同じく卒業する男子生徒の姿。
友達と馬鹿笑いをしながら、時よりこっちを見つめているのがバレバレな彼は私にとって特別で大切な幼馴染と言う存在だ。
小学一年生の頃に出会って。
最初は不思議な男の子だなって感じて、それでも一緒にいると居心地よくて、なんだか楽しくて。
気が付けば女の子の友達と同じくらい、いやそれ以上に一緒にいたかもしれない。
まるで親友の様な、存在で。
そんな私たちも中学生になって、お互いを意識しつつもいじったりいじられ合ったり、そして茶化されたり。
私としてはこそばゆくて、ちょっと嫌だなとか思ったり、男子っておかしな人ばっかりでって思って。
それでちょっと離れたりして、でもすれ違うたびに思い出して話すとやっぱり楽しくて。まるで幼馴染の様な存在で。
一緒に目指して入った高校ではお互い同性の友達と遊ぶことが多く、あまり話さなくなった。
それが楽しくて、普通になって、中学以上に話すのがこそばゆくなって。
それでも私としては一日足りとも忘れずにいた。
ちゃっかり、彼が出る体育祭のサッカーのトーナメントを見に行ったり、ゴールをアシストした時には思わず声が出ちゃってバレそうになったりしてさ。
そんな風にしてしまうほどに、まるで初恋の様な存在で。
「和奏、俺さ、お前が好きだ……付き合ってほしい」
だからこそ、あの日に私が何気なく言ったあの一言の重みを分かっていなかった。
彼がどんな思いで、告げてくれたのか。
彼のことを前にして、いつもみたいな気分でいた私には、てんで馬鹿な私には分からなかったのだ。
「…………ありがとう」
その意味を、理由を気づけなかった。
気づくべきだったのに、絶対にそうするべきだったのに。
でも、当時の私は慎重で、その大切さの意味をはき違えていた。
「……私、
この内に秘める後悔も、その重みの正体も分かってはいなかった。
「—―分からなぃ、の」
だけど、その後には続きがあった。
伝えたかった。
分からないから、まだ
そう、言えたはずなのに。
どんどんと前に進もうとする彼を見て、言えなかった。
まだ会えると思っていた私は言わなかった。
とても大切な存在が故に複雑だった。
それらすべてが、全部が、絡み合って、重なって。
だから、私は。
まだ会えるなんて勘違いをしてしまっていたのだろう。
私には後悔がある。
神様、もしも私にその奇跡をくださるのなら――。
◇◇◇◇
「いやぁ、こうも繁盛してるのはね五十嵐ちゃんのおかげだよ~~それでさ、あのさ、この後どう? 時間空いてる?」
「あ、あははは……お誘いはありがたいんですけど、ちょっと飼い犬が待ってるので」
「えぇ……大丈夫っしょ。小一時間だからさ?」
「いや、ほんと、大丈夫なので……すみません」
「つれないなぁ。まぁいいや、んじゃ明日からもよろしくね」
「は、はいっ」
――
先週から降り始めた粉雪はあっという間に地面を覆いつくし、気が付けばすっかり季節は冬。
一年、そしてまた一年と、年越しまで二か月を切った今日、私は今コンビニの前で頭を下げてとある男性を見送っている。
「はぁ、行った」
漏らす吐息は白く濁り、目線の先にはスポーツカーの甲高いエンジン音。
彼はこの店のオーナーの桂さん。そう、このコンビニ店の店長を務めている私にとっては上司の様な存在である。
「和奏ちゃん、大丈夫だった?」
そんな私に後ろから声が掛かる。
振り返ると、そこに立っていたのは心配そうに両手を合わせるパートの村坂さんだった。
村坂さんはとても優しく、この職場内で唯一の相談相手でもある。
同世代の友達くらい作りなよって言われたら、実際その通りだと思うしぐうの音も出ないけど生憎とこの職業でそう言った友達は中々できない。
言い訳と言われたらそれもそれでぐうの音も出ないけど。
それにしても村坂さんは本当にいい人だ。
小学生のお子さんが一人いて、シングルマザーだった時もあるくらい人生経験が豊富ですごく尊敬している。
「え、えぇまぁ。いつのものことですし」
「んもぉ。いつものことってねぇ。和奏ちゃんまだまだ若いんだから、あんな変な男に騙されたらダメよ?」
「騙されるって……私の好みは違いますから大丈夫ですっ」
「それならいいんだけど。にしても、そろそろ分かってほしいわよね」
「はい、ほんとですよ。あの人は本当に……」
見境がない。
アラサーにもなって夫どころか彼氏もいない私はさておき、主婦の村坂さんにまでこうして話をかけているらしい。
若い子がいいとか、そう言う理由があるならまだ分かるけどその行動から見れば見境がなさすぎると言うか。
案外、男性と言うものはそういうものなのだろうかと最近は異性への偏見に変わってくるほどに彼は厄介な存在だ。
それにちゃらんぽらんで、仕事は任せっきり。
勿論オーナーだから仕方ないけど、5年前に新卒で任されてから私が立て直すまで本当に長かった。だと言うのに手柄は自分の見立てが良かったからだとか言ってくるし。ちょっとは謙虚でいてもらいたい。
とはいえ、こんな愚痴ばかりしてはいられない。
仕事が残っている。
「まぁ、いいですっ。とりあえず村坂さん、来月のシフトとかどうしますか?」
「あ、そうね! そういえば休みが増えちゃうんだけれでも……」
「いいですよ、私が何とかしますよ。何でも言ってください」
少し申し訳なさそうに切り出す村坂さんへ苦笑いを浮かべつつ、私たちは裏の方へと戻っていく。
控室へ行くと、村坂さんはバックの中からシフトの紙を取り出して私に見せながら説明を始めた。
「それでこの日とこの日で……あ、クリスマスも息子がいるから難しくて」
「はいっ」
クリスマスかぁ。
用紙を見つめ、パソコンへ打ち込みつつ、私はふと思い浮かべた。
去年のクリスマス。そして一昨年のクリスマス。さらにその前のクリスマス。
思い返せば私はずっとレジにいた気がする。
いや別に、それが嫌と言うわけではない。
それこそクリスマスを一緒にする相手もいないし、基本こういうイベントごとがある日は入ってくれるバイトの子はほぼいない。唯一入ってくれる大学生の子だって、彼女が出来たらきっとすぐだろうからほぼほぼいない。
そして結局、私がその日に出勤して空いた穴を埋める。
クリスマスケーキというものが世にあるらしいけど、私はもっぱら賞味期限の切れたあんまんにろうそくをさして食べていた――気がする。
うわぁ、怖い。
アラサーの女があんまんを目の前にしてのクリスマス。
笑えない、うん。
というか、哀れみすら感じる自分に。
そして追い打ちを掛けるかのような高校の友達たちのストーリーズでの結婚報告。
取り残されたかのような気分に、泣いたような気がする。
「ん、和奏ちゃん? 大丈夫かしら?」
「へ、あっ、はい! すみません! ぼーっとしてて……あははは」
「疲れてるの? あれだったら、今日は私がやっておくけど?」
「いやいや、いいんですよ別に! このくらいはできますし」
「そうなの? ならいいんだけれど……それにしても、最近ずっとそう言う顔じゃない?」
「顔?」
そんなことを言われて、顔をペタペタ触ると村坂さんは苦笑いを浮かべて首を横に振った。
「そう言う意味じゃないわよ! んもぉ、和奏ちゃんは可愛いわね、仕事もできるのに」
「か、可愛いだなんて滅相もないっ!」
「いやいや、可愛いわよ。私が男ならイチコロね絶対」
「うぇ、そ、そんなことは……ないというか」
自分で言って、胸にちくりと痛みがした。
というよりも……。
「そんな男、いちゃいけないですから私になんて」
私には決して相いれない――想い人がいる。
「えぇ、そうかしら? まったく和奏ちゃんも罪な女なのね」
「罪って別に、とにかく男っ気なんてないですから私」
「どうかなぁ……私の勘はそうはいってないんだけどね」
「村坂さんもお世辞がお上手で。あ、そう言えばもう22時ですよ」
時計の針はすでに10を指し、外の空気も一気に冷たくなる時間。
私の言葉にハッとした村坂さんは慌てて支度をして、そのまま店を後にする。
「それじゃあ和奏ちゃん! 明日もよろしくね!」
「はいっ。お気をつけて」
降りしきる粉雪の中へと消えていく彼女の背中を見つめ手を振りつつ、新しいお客さんが目に入り私はレジへと戻っていく。
「いらっしゃいませ~~」
こうして私のワンオペ時間が始まった――
◇◇◇◇
—―と思った時だったのだ。
「いらっしゃいませ~~」
普段通り普段通りだ。
時間の流れは変わらない。
外はすっかり真っ暗になったものの、雪はまだまだやまない。
人が入っては出て行く度に入っていく冷気がこれ見よがしに日常と何も変わらないことを私に教えてくれる――
「ふぅ……さむっ」
――はずだった。
一人のお客さんが入ってくる。
別になんら変わっているところはない。
社会人らしいスーツにコート、灰色のマフラーは黒いコートに馴染んで大人な雰囲気を醸し出す。そんな雰囲気の早朝ならばよく見かける大人な人。
「いらっしゃいませ」
だからこそ、普段通りいかにもありきたりな挨拶をする。
さりげなく溶け込む。
きっと彼にとっての”コンビニ店員A”であれるように、私はそうする。
「っ」
すると彼は少しこちらを一瞥して、目を逸らす。
目と目が合ったけど、ただの社会人に変わりはない。なぜなら、これは小説や漫画のような運命的な出会いをしない現実なのだから。
これがきっとリゼロならエミリアと出会って、ハルヒなら気に入られて、ニセコイならドロップキックを決められて、とらドラ!なら隣の家だったりするのだろう。
でも、現実は現実。
残酷なくらいに何も変わらない。
そのまま彼はレジを素通りし、温かい飲み物があるショーケースから迷いもなくココアに手を伸ばす。
片手で掴み、踵を返して私のレジへとやってくる。
くるりと横顔を見せ、それと同時になぜだか私の胸はちくりと針が刺さった。
なぜだろう、なぜなんだろう。
しかし、考える暇もなく彼は目の前まで来てココアを置いた。
「……ほんわかココア一点で、お値段128円ですっ」
「はいっ」
変わらない会話。
赤色センサーでバーコードを読み取り、出てきた値段を口に出す。
そして彼は財布を取り出して、丁度ぴったりの金額を青いトレイの上へ置いた。
「――ひゃ、128円ちょうどですね、ありがとうございまっ、あ!」
それを見て、トレイを引き一つずつ手のひらの上へ載せていく。
載せながらもそのままレジに戻せばよかったなと思いが至るまで数秒、気づく間もなく、すべてを手に取ろうとした瞬間。
「て、店員さ――っ!」
手を滑らした。
それを取り戻そうと体を動かそうとすると、長時間立ち続けていた代償なのか体が思うように動かず体勢が崩れた。
思わず咄嗟の判断でレジの端を掴んで、同時に落ちたはずのお金は身を乗り出したコートの彼が見事にキャッチしていた。
「ぁっ……」
一瞬、喉が詰まり、そして――
「す、すみませんっ!」
言葉が飛び出る。
「いえ、その――はい」
コートの彼の当たり前の返事。
私のミスに、怒ることもなく苦笑いで小銭を私の手に戻す。
「ぁ――」
りがとう、ございま――す。
その言葉を出そうとした刹那。
私はふと、差し出されたコートの彼の手が目に入る。
正確には、手というわけではなく手の甲、加えてそこにあった傷跡だった。
傷跡、それもとても深く痛々しいもので。
何かに削り取られたかのような傷。
いや別に例えただのお客さんにそんな傷があっても、傷があるんだなくらいしか思わない。
お客さんとやり取りがあっても、それは仕事上でプライベートには持っていかない。だからこそ、見ても特段何も思うことなんてないはずなんだ。
――でも、その傷跡だけはそうするわけにはいかなかった。
だって、こんな傷があるのは世界で一人しかいない。
その形も場所も深さも、私が付けたもので消えることがなかったもので。
だからこそ、それを見た瞬間。
胸にチクリと刺した針の意味も、今目の前にいる人が誰なのかもすぐに分かった。
思い出がよみがえる。
ゾワっとした寒さが背筋を通り抜け、電撃のような衝撃が体中を駆け巡り、気が付けば私はその名前を声に出していた。
「…………は、
その言葉の一秒後、このコンビニから出ようとしていた彼の足がぴたりと止まる。
それもそうだろう。
彼の名前を知っていたとしても、この
立ち止まった彼に再び掛ける。
もはや決定的で、彼の動きはさらに固くなる。
そのまま振り向くまで数秒。
その顔が私の方へ露わになる。
「……
驚いた表情で、でもどこか寂しそうで、ただ少しだけ嬉しそうな。
そんな複雑な感情が絡み合ってそうな顔で、私を見つめる。
「ひさしぶり」
そして、その日。
私たちは……神様の悪戯か、偶然なのか。
思いがけぬ再会をした。
<あとがき>
勝手な改変と予定変更申し訳ございません。毎回毎回勝手な作者で不甲斐ないですがどうしても納得いかなかったので許してください;;
とはいえ、ここまで追っかけてくれている皆様には感謝です。本当にありがとうございます。
お正月も終わり、そろそろリアルも忙しくなってくる時期ですがよろしくお願いします。
第3話は0時に投稿するつもりです!
もしよろしければ期待込めての☆評価、コメント、レビューなどなどお待ちしています!!
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