第3話 レイの稽古

 レイとクライムは翌朝、宿を立つとリュウユウの屋敷へと歩いていった。半日ほど歩いていって屋敷へと到着した。そこは高い山の山奥にある、森に囲まれた宅地だった。屋敷ではリュウユウが瞑想をしていた。白髪に白い髭を蓄えた、筋骨隆々の老父の姿がそこにはあった。二人は倉庫に、買ってきた肉と酒を置く。そしてリュウユウに報告した。リュウユウは良くやったと言った。レイはかねてより考えていた事をリュウユウに言った。


「先生、私に挙兵の許可をお願いします!」


 屋敷の大広間。瞑想するリュウユウの前で、レイは頭を下げた。リュウユウはゆっくりと目を開くとニヤリと笑って言った。


「わしに一撃入れられたらな。レイちゃんや」

「わかりました」


 直後、レイは目にも止まらぬ速さで突進し、リュウユウの目の前に移動。高速のパンチを放った。高速パンチはリュウユウに手捌きによって軽く防がれてしまった。そしてリュウユウは座った状態から即座に飛び上がり蹴りを放つ。それはレイの顎を直撃し、レイは吹き飛ばされる。クライムがレイを受け止めた。レイは痛そうに顎を手で擦る。リュウユウはチチチと指を振っていた。


「まだまだじゃよレイ」


 レイは悔しそうに歯を食いしばった。


「くっそ〜……行けると思ったのにな」

「まだまだ修行が足りんわい。その程度では挙兵など無理無理。止めんしゃい」


 カッカッカとリュウユウは笑いながらその場を後にした。レイは悔しそうにしていた。拳を握りしめ、気を増幅させる。


「きぃ〜! ムカつく態度! 腹立つ! 兄ちゃん稽古相手してよ!」


 レイがクライムに怒鳴る。クライムは頭をかきながら言った。


「まぁ、良いけどさ……」


 その後、屋敷の外でレイとクライムの稽古が始まった。実戦を想定した、肉弾戦であった。レイも、クライムも相手が自分とは格が違うからと手加減はしない。相手を殺すつもりで攻めるのだ。どちらかが降参するか、戦闘不能になるまで続くのだ。

 レイとクライムはお互いを睨み合った。構えを取り、相手を睨めつける。クライムは余裕の表情だ。もちろんクライムの方が格上だからだ。レイは真剣な表情。睨み合う二人の間に冷たい風がビュー、と吹いた。レイの髪が緩やかに乱れる。レイはクライムを睨めつけ、両の拳を握る。両足を広げて腰を低くする。戦闘態勢に入っていた。

 体内の気を練り上げて充実させる。身体能力が爆発的に向上した。二人の体から気によるオーラが現れる。それはまるで体から火の手が上がっているかのようだった。レイのオーラは銀色、クライムのオーラは水色だった。


「行くよ兄ちゃん!」

「来い!」


 レイは地面を蹴って突進した。瞬きする間にクライムとの距離を詰めると拳を振り上げる。クライムはそれを寸前の所でかわした。続けてレイの連続攻撃、ラッシュが放たれる。拳の突きと足蹴りの連打。時折跳躍し、クライムの顔面を狙って攻撃を続ける。クライムはそれを腕や足でガードしながら身を引いていた。そしてレイの隙を伺って、クライムも攻撃を加える。激しい攻防が繰り広げられた。二人の拳がぶつかり合い、衝撃波が発生する。周りの木々を薙ぎ倒す程の衝撃。尚も打ち合いは続いた。


「うりゃあああ!!!」


 レイの連続攻撃。クライムはそれを余裕でかわす。かたや必死な表情。かたや余裕の表情。やはりそこには実力差が存在した。レイの攻撃を、クライムは余裕を持って流している。しかしレイはクライムの攻撃を受けるのがギリギリであった。なんとか反撃を試みるも効果的な攻撃を放てないでいる。クライムの攻撃が、素早く凄まじく、受けるのがやっとなのである。しかしそれでも負けずにレイは攻撃を加えていた。そのため、一見すると互角の攻防が展開されていた。

 クライムの膝蹴りがレイの腹部を抉る。レイの体は宙に浮く。体を貫通すると見紛う程の重い一撃。レイは口からつばを吐いた。クライムは続けてレイの胸にパンチを叩き込む。こちらもレイの小さな肋骨がへし折れるかのような重い一撃だった。レイは吹き飛ばされ、木の幹に激突し、木を薙ぎ倒した。レイは倒れてその場に蹲る。痛みのあまり、胸と腹を両手で抑えていた。


「ゲホッ、ゲホッ!」


 レイは息が詰まって何度も咳き込んだ。そこには血が混じっていた。レイは血に濡れた歯を食いしばり、ふらついた様子で立ち上がる。拳を握り締め構えると再び体を白銀のオーラが纏う。

 クライムは指をクイクイッと動かして来いよと挑発する。レイは怒ると再び突進して殴りかかった。レイの連続攻撃をクライムは全て受け止めた。

 クライムの反撃、ボディブローがレイの腹を直撃。レイは再び血を吐いてその場で腹を抑える。歯を食いしばりながら、蹴りで迎撃。クライムはレイの足を掴むとその場でなんと振り回した。身長百センチメートルのレイの小さな体を、まるでタオルを振り回すように軽々と振り回す。そしてそれを地面に向けて叩き付ける。レイは顔を両腕でガードする。地面に激突、地面が陥没する程の衝撃。レイの腕や体が傷付き、血が飛び散る。クライムは更にレイの体を何度も地面に叩き付けた。

 レイは痛みのあまり声を上げる。振り回される瞬間、遠心力で頭に血が上って目眩が始まった。そして剣を振り下ろすかのように、あるいはハンマーを振り下ろすようにしてレイの体を振り下ろし、地面に叩き付ける。そして地面が陥没する。地面が叩き潰される。そうやって何度も叩き付けてから、一つの木に向かって投げ飛ばす。レイは木の幹に激突し倒れる。全身傷だらけで体が痙攣し、立てないでいる。しかし闘志は潰えていないようで歯を食いしばり、両手で体を起こそうとしていた。そこにクライムがやってくる。レイの前でしゃがむとレイの顔を見下ろした。

 真剣な稽古なのでクライムも手加減しない。しかし自分より体の小さな女の子を激しく殴るというのは少々心がざわつくのだ。かといって手加減でもしようものならレイが激しく激昂する。レイは喧嘩で相手に手加減されるのが一番嫌いなのである。特に小さいから、女の子だからと侮られる事を特に嫌っているのだ。要は負けず嫌いなのである。だからこんな時なんて言葉をかければ良いのか。稽古はレイの気が済むまで終わらない。何度殴られてもレイは向かってくるのだ。レイが飽きるまで稽古は続くのだ。


「ふーふー。……兄ちゃん、なんで見てるだけなんだよ。攻撃してきなよ。まさか遠慮してるんじゃないの?」


 レイが全身から汗を垂らして言う。クライムはあえて攻撃的な態度を取るように溜息をついた。


「攻撃するかどうか、決めるのは俺だ。お前の指図は受けない。今のお前に攻撃を加える必要なんて無い。何故か分かるかい? 危険じゃないからだよ。脅威と感じていないからだ。言ってる意味、分かるだろ?」

「……」


 その言葉はレイの心に一際大きな闘志を燃え上がらせた。レイが起き上がろうとする。クライムは直前、レイの両腕を足で踏みつけた。レイは腕を押さえ付けられて起き上がる事が出来ない。


「くっ……うおおおお!!」


 レイが力を込める。少しずつクライムの足の力に競り勝ち始め、レイの腕が持ち上がる。するとクライムは即座に足を離し、レイの顔面を蹴飛ばした。レイの体が吹き飛ばされ仰向けに倒れる。クライムは追撃するようにレイの腹を踏みつける。レイは悲鳴を上げて血を吐いた。


「があああ!!!」


 レイはクライムの足を掴むとそのまま投げ飛ばした。その後エネルギー波を放つ。気によるエネルギーの飛び道具。弾速は弓矢に及ばず、威力も使用者の力に左右される上に、弓矢に比べて致命の一撃になりにくいが、レイのそれは達人の弓矢並みの威力を誇っていた。レイのエネルギー波がクライムの体を飲み込んでいく。それはまさに熱線。言うなれば熱湯を全身に浴びた様子と言おうか。クライムの体が火傷を負ったように赤くなる。レイのエネルギー波はクライムにダメージを与えるには十分だった。

 クライムは両手で顔を覆って防いだ。そのまま仁王立ち。レイは立ち上がると連続でエネルギー波を放った。まるで矢の雨ならぬエネルギー波の雨だ。クライムを中心に爆発が起きて土煙が立ち上がる。周囲は煙で見えなくなり、煙が空に登る。

 エネルギー波は体力の消耗が激しい。レイは息を切らしていた。しかし、クライムを睨めつけていた。エネルギー波の連射を止め、様子を伺っている。やがて土煙の中からクライムが姿を表した。クライムは両腕で顔をガードしていた。余裕の表情で腕をおろした。クライムはダメージを多少は受けたようだがそこまでのダメージでは無かったようだ。レイは歯を食い縛り、突進する。そして連続の打撃を浴びせる。クライムも対抗して打撃を放つ。凄まじい打ち合いが行われた。

 激しい打ち合いは数時間に及んだ。余裕で受けるクライムに対し、レイは限界ギリギリで必死だった。早い段階でレイの攻撃は空を切るようになり、クライムの打撃をまともに受けるようになった。レイのスタミナが切れ始め、劣勢になっていた。レイは全身傷だらけの血だらけだった。

 クライムの足蹴りがレイの腹を抉る。レイは血を吐いて蹲る。首を掴んで持ち上げるとその顔面に何度も打撃を浴びせた。そして最後に渾身の突きで顔面を殴り飛ばした。レイは吹き飛ばされ地面に倒れる。大きく息を乱し、肩で息をしていた。歯が何本か欠けている。レイは立ち上がる事が出来ずにいた。体が言う事を聞かない。鉛のように重いのだ。上体どころか腕も上がらなかった。レイはもう限界だった。

 既に日は暮れ始めていた。


「ふーふー。……へへへ、体、動かないや」


 クライムはレイのそばに着て片膝を落とす。レイの顔に手を触れた。そして微笑んだ。


「レイ、もう休もう。日が暮れてきた。飯の時間だ」

「兄ちゃん強いね。全然敵わないや」

「体格差を考えろよ。お前の方にハンデあり過ぎだ。当然の結果だよ」


 クライムが手を差し伸べるとレイは何とか腕を上げてその手を握った。そして何とか立ち上がるとクライムに体重を預けた様子で屋敷へと戻っていった。その後、二人は休息を取った。

 やがて夕食の時間になった。リュウユウ、レイ、クライムの三人が大部屋に座り、それぞれのテーブルには炊いた玄米、味噌汁、焼き魚が用意されていた。因みにレイだけ山盛りだ。

 部屋の中央には鍋と鍋を熱する炭が置かれており、それを囲うようにして三人が座っていた。三人はリュウユウの頂きますという言葉を合図に食事を始めた。レイは体中が激痛で痛くて仕方が無かったが我慢して食した。いつものことであった。

 傷だらけのレイを見て、リュウユウは笑みを浮かべて口を開いた。


「レイ、クライムと稽古をしたか。また、負けたみたいじゃな」

「はい。兄さんにはまだまだ及びません。でも先生には一撃を入れられるような気がします。今からでもね」

「ふふふ。食事中に手荒な真似はするなよ。食べ物を粗末にすると罰が当たるでな」

「わかってますよ」


 食事は、やはりレイが一番おかわりした。一人で五合もの玄米を食べてしまったのだ。夕食を終えてお腹いっぱいになったレイは三人分の食器を洗って片付けた後、屋敷の部屋で大の字になって眠りについた。食後の睡眠である。稽古の疲れも相まって、目を瞑ると気を失うようにして眠ってしまった。するとそんなレイを近くで見るものがあった。リュウユウだ。クライムは近くで座り暇をつぶしている。リュウユウは自分のマントをレイの体に被せ、その顔を優しく撫でた。レイはすっかり眠っていた。リュウユウはレイの寝顔が可愛くてつい笑みを零す。

 リュウユウはレイが戦場に出るのは反対していた。レイが挙兵したがっているのはわかっているし、彼女のやりたいようにさせたい気持ちもあった。しかしレイは不変幼という病気で一生幼児の姿のまま。そんな状態で戦場に出るのは自殺行為に思えたのだ。レイが苦労しないように、レイが赤子の頃から鍛錬をさせて鍛え上げた。おかげでレイは強くなった。想像以上に。やはり妖鬼族故だろう。戦闘力の飛躍は凄まじかった。実際の所、戦場に出ても活躍出来るだろう。しかしこんな可愛い彼女を、娘のような彼女を戦場に出したくないという気持ちもあった。それと同時に武道家としてレイに大成して欲しいという気持ちもあった。相反する矛盾した心が、リュウユウにはあった。

 だからこそレイが自分に一撃入れる程強くなったら挙兵して良いと条件を出したのだ。認められるくらい強くなれば安心というものだ。しかし手加減してわざと攻撃を受ける真似はしない。挑まれた時は全力を尽くすつもりだった。やはりレイはまだまだ未熟で、リュウユウに一撃を入れる事は叶わなかった。妖鬼族で強いとは言え、やはり限度というものがあるようだ。体の大きいクライムの方がまだ実力は上であった。しかしいずれはレイも成長し、リュウユウに一撃を入れることになるだろう。それが明日か一週間後かはわからないが、いずれ必ず、その日はやってくるとリュウユウは確信していた。


「クライム。もしレイが挙兵する事になったら、レイの側にいて支えてやってくれよ」


 レイの顔を見て微笑みを浮かべて、リュウユウは言った。クライムも笑って答えた。


「そのつもりですよもちろん。レイはいずれ近い内に、俺の妻になる人ですからね」

「……その話、レイは本気だったのか」


 リュウユウが目を丸くしている。レイがクライムと結婚したいと以前から話していたのは知っていたが、クライムまで承諾するとは予想外だった。


「女子の心を無下にはしたくないんでね。あんなに俺を愛してくれているなら応えてあげないと。俺もレイの事は好きですし」

「そうか。ならばレイを守ってやれ」

「でもあまりお守りが過ぎるとレイに怒られますよ。意固地ですから彼女は」

「確かにそうじゃな」


 そしてリュウユウとクライムも寝ることにした。寝る時は三人とも同じ部屋で並んで寝るのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る