食べられそうにないモンスターを食べたい
牛熊
1. プロローグ−1
「普通のモンスターを食べるのにはもう飽きた。これからは食べられそうにない奴に挑戦していくぞ!」
拳を天高く突き上げながら叫ぶ男を前に、少年は呆然と佇んでいた。
叫び声を上げた男の名前は貝塚雅之(かいづか まさゆき)。
料理人であると同時にモンスターを狩るハンターでもあり、24歳という若さでありながら業界内ではそれなりに名が売れている。
身長180センチ程で筋肉のついたがっしりとした体格は危険なモンスターと戦うに相応しく、身につけている黒のジャケットと深緑のパンツ、黒のブーツも頑丈さと実用性を優先したデザインになっている。
短めにまとめられた髪は黒色で、ツリ目の大きな目は茶色と一般的な日本人と言える容姿である。
それなりに整った顔立ちをしていて身だしなみも整えて小綺麗にしてはいるが、顔つきや雰囲気などからは粗野な印象が拭えなかった。
ガハハと笑っている貝塚を前にして、何も言えずに立っている少年の名は柿本恵(かきもと めぐみ)。
3年前に貝塚に弟子入りしたハンター見習いの16歳である。
身長160弱と小柄なことに加えて華奢で細身な体格のため、貝塚の前では文字通り子供のように見えた。
耳が軽く隠れるくらいのミディアムヘアで細くサラサラとした髪は銀色、目は上質の宝石のように透き通った青色、キメが細かく透明感のある白磁のような肌とこちらは日本人らしからぬ容姿である。
周囲から視線を集めるほどの美形で、まつ毛が長く目尻が少し下がっており、女性としか見えないほど柔和な顔立ちをしている。
少し高めの声をしていることもあり、話していても女性と勘違いされることは日常茶飯事だった。
スピネルをあしらったペンダントを首から下げて、薄いブルーグレーのゆったりとしたプルオーバーに柔らかい生地を使ったホワイト系のパンツ、青を基調としたスニーカーと明らかに戦闘向けではない格好をしており、こちらはハンターと言われなければ初見ではまず分からないだろう。
「......師匠、いきなり何を言い出してるんですか?」
師匠である貝塚はこれまで何度も突拍子もないことを言い出していた。
貝塚は料理関連において異様な積極性を持っている。
そして大雑把でさっぱりとした性格のため、思いついたことは何でも実践して、失敗しても後に引きずらないタイプの人間である。
貝塚は自信家というよりは、考えるのは良いが迷うのは無駄だから先延ばしにするくらいならとにかく行動しろという方針であり、失敗を全く恐れない。
自分の命の危険性があってもだ。
貝塚は毒を持った食材であっても気にせず挑戦し、モンスターが集まる危険地帯にも突入していく。
モンスター食の可能性に魅入られ、自由に食材を仕入れたいならハンターになるが一番と考え実行する時点で常人とは一線を画している。
そんな貝塚だからこそ、モンスターが溢れるようになったこの世界でハンターとして―――本人はあくまでも料理人と名乗っているが―――名を上げるだけの功績を得られたという面はある。
元々普通の料理人だった貝塚が、モンスターと戦うハンターになるには相応の苦労があったはずだ。
料理や食材関連の依頼しか受け付けないという異様さから他のハンターからは微妙な扱いを受けているが、料理に対する情熱だけで全てを乗り越えてきたという事実は覆らない。
それにしても食べられそうにないモンスターとは何事か。
これまで色々なモンスターを食材として試してきたが、一応それなりに食べられそうなものを選んできたはずだ。
「普通のモンスターは飽きたってどういうことですか?」
戸惑いながら質問する柿本に対し、目を大きく見開きながら貝塚は叫び答える。
「角付兎とかワイバーンとか、元々食えそうな奴はもう十分試しただろ!そういう兎とか爬虫類とかじゃない、もっと未知のモンスターに挑戦したいんだよ!リスクヘッジして無難な選択ばかり選んでたら足踏みするだけだ。お前なら分かるだろ恵!」
「僕にはよく分かりません......。それに、安心して食べられる食材を使うのも料理人の責務だ、って教えてくれたのは師匠ですよね」
「くっ、物覚えの良い弟子はこれだから...」
悔しそうにする貝塚を前に、柿本はこれまでの経緯をよく考え直してみる。
貝塚は料理人であり、新しいことに常に挑戦してきた。
これ自体は良いことである。
貝塚はこれまで数え切れないほど突拍子もないことを言い出してきた。
迷惑をかけられたり酷い目に会うことは何度もあったが、自由な発想で挑戦することは大切である。
普通のモンスターは飽きたと言うが、貝塚はあくまでも食べることを前提としている。
つまり食べられそうにないといっても限度があるのではないか。
世界が変わった日にモンスターと共に出現した、人間に近い容姿をしている獣人のような忌避感のある対象を食べるとは言い出さないだろう。
そう、例えば、硬い殻を身につけたモンスターのようなことを言っているのかもしれない。
それであれば許容範囲内だろう。
海老や蟹のようなモンスターも多く存在するが、それらが最初から食べられると知らなければ挑戦する人間も少なかったはずだ。
蛸を食用とする国は元々少なかったが、食文化の国際化によって当たり前のように食べられるようになったというケースもある。
虫なども食用することに忌避感を持つ国は多いが、文化圏次第では普通に食材として活用されている。
貝塚はそういう意味で食べられそうにないと言っているのかもしれない。
いや、そうであって欲しい。
「師匠。まさかとは思いますが、狼系の獣人とかエルフとか、そういった相手を食べる話じゃないですよね......?」
「そんなわけないだろ。彼らは広義の意味で人類扱いされてるからモンスターとは別だ。それに、同種食いは感染症を始めとする各種病気にかかる恐れがあるから絶対に駄目だ。まあ同種といっても半分くらいかもしれないが避けるべきだな」
恐る恐る質問する柿本に対し、貝塚は何を当たり前のことを言っているんだと、やれやれと首を振り呆れながら答えた。
そんな貝塚を前にして、柿本はイラッとするよりも先にホッと一息つくことができた。
どうやら貝塚にも最低限の理性というものが残っていたようだ。
これなら酷いことにはならなさそうだという安心感から柿本は笑顔になる。
「そういうことを言い出すってことは、目星のついているモンスターがいるということですか?」
笑顔で質問する柿本に対し、貝塚はこれ以上ないほどいい笑顔をしながら答える。
「おう!まずは手近なところで八王子の殺人樹だ!あの辺りはイチョウの木で有名だから、イチョウの殺人樹には期待できそうだな!ハッハッハッ!」
殺人樹。
つまり木である。
一般的に木は食用とされていない。
「............やっぱり駄目かもしれない」
諦めを含んだ柿本の声は貝塚の笑い声にかき消された。
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