第7話:猛る炎剣

 三種三様の思考と視線が、暗黒の夜狭に交差する。どれ一つをとて相容れない、隔絶された意思の果て。それでも状況のみは停滞せず、一人と10体は着実に間合いを潰す。

 そんな中、屍人群の見せた反応は激烈だった。

 出現時は腐敗体に相応しい緩慢な動きだったそれらは、なんの予備動作もなく四肢を動かし、迅速且つ性急な移動を開始した。

 長さも形もバラバラで安定性など皆無と見えるのに、手足を巧みに繰り出して、異様な姿で外壁を這い登ってくる。

 はやい。半壊している体からは想像も出来ない速度を、奇怪な集団は一体の例外もなく出していた。健常者の走力をも越えた、信じ難い速さだ。

 進むごとに体から汚液が零れ、ただれた肉片共々周囲へ散る。腐臭が夜風に乗って高らかに巻き上げられる。躯体の崩壊も素知らぬ風に、異形共は邁進まいしんした。我先にと、可憐な少女目掛けて殺到していく。

 これを正面に迎えるマフユもまた、進路をたがえず走り続けた。凛然とした面立ちに闘志を滲ませ、鋭く凝らした双眸へ剣呑な光を湛える。

 退く気など毛頭ない。邪魔立てするのならば、あらゆる障害を実力で砕き押し通る。その確固たる信念を抱き、彼女は愚直に突き進んだ。


「荒ぶる炎、シュウカの名を持つの形。我が敵を焼き払う刃となり、燃え立つ牙をの身に示せ」


 マフユは心持ちから整然と言の葉を紡ぎ、第二の友へ働きかけた。

 これに応じたのは見えざる声。チアキとは違う、大きくの張る女性のもの。


「よおやくオレを呼びやがったな! うおおぉぉ、暴れさせろォ!」


 品性の欠片もない豪声が轟き、マフユの周囲へ炎が生まれた。

 激しく燃える紅蓮のかがりは少女を中心にうねり踊り、闇夜を深紅に灯し輝く。そのまま盛大に火の粉を散らして、開かれた主の右手へ飛び込んだ。

 掌に集約した炎が爆ぜる。一際強く光って闇を染め、たぎる熱量で陽炎を誘発する。次には燃え盛る大火が尾を引きつつ、鮮やかな赤色に照る一振りの剣が形作られていた。

 刀身と鍔と柄、そのどれにも境がなく、全てが一繋ぎで出来た剣だ。

 裏も表も赤一色で、他には装飾も何も存在しない。見た目には簡素だが、凄まじい熱気と威圧感をふんだんにそなえている。色彩から内包する力から、先刻の炎が変じた物だと思い至るはあまりに容易。

 マフユは炎の剣を右手へ握り、最早眼前にまで接近する異形の群へと突進した。

 腐敗者集団の中、最も先頭を行く一体が少女へ迫る。剥き出しの歯を打ち合わせ、甲高い歯鳴り音を周囲へ響かす。

 それに合わせて骨の覗く両腕を正面へ伸ばし、空中をくようにおぞましく振るった。口端から零れ出る舌が、まるで巨大なひるも同然に蠕動ぜんどうする。


「フンッ!」


 半壊の異形と接するほどに肉薄するや、マフユは鋭い呼気に乗せて右腕を振り下ろした。

 手にした炎剣を一息にり、分厚い刃を腐れた脳天へ叩き込む。ろくな手応えも伝えぬまま、剣は簡単に直落し、異形の頭蓋を破壊した。

 硬い筈の骨でさえ飴細工ででもあるように寸断し、進むに任せて鼻を裂き、唇を割り、舌を断って、首を通って胸郭をさばき、腹部を斬って、股関節までを両断する。

 ただの一度も止まる事無く、少女の腕運に従って、瞬く間で敵の体を左右へ二分。切り裂かれた屍は断面部から濁った腐液を撒き散らし、半ばまでとろけた臓物を勢いよく溢れさせた。

 しかしそれとて一瞬。損壊域から嫌がらせさながらに内臓類を飛ばそうとも、炎剣から吐き出された猛火が遺体共々全てを飲み込み、塵も残さず焼き尽くす。

 業火による滅却へ要した時間は、一秒にさえ満たない。先まで存在していた不浄の動体は完全に消え去り、マフユの面前は開けていた。

 そこへ第二、第三の異形者が襲い掛かる。どちらも限界以上に口を裂き、薄汚れた歯列を剥いて、淀んだ唾液を零し続けた。

 骨が砕けることも構わず、強引に体を押し出し、首を捻り、目当ての少女へ喰らい付こうと跳び掛かる。


「ハッ!」


 マフユは新手の動きを冷静にうかがいながら、右腕を己が正面で薙ぎ払った。

 紅い剣先が一文字に闇を斬り、鮮烈な炎の残滓が軌跡を辿る。

 次いで生まれたのは爆炎。豪快な絶火が剣に合わせてほとばしり、灼熱の胞幕となって二体の異形を包み閉ざした。

 広がる熱波へ火の粉が従い、巨大な灼帯は再びマフユの視界を紅蓮で覆う。


「オラオラオラオラァ! クソ共なんざぁ、欠片も残さずき尽くしてやんぜぇ!」


 剣へと身を変えた炎の精霊シュウカは、やる気を際限なく爆発させて豪放に吠え謳った。

 溜まりに溜まる鬱憤を晴らすかのように、一語一語に凄まじい熱気とエネルギーが脈打っている。

 敵を捕らえた爆熱の渦は、居丈高な彼女の宣言を見事に証明した。絶え間なく循環する獄炎が半屍体を蹂躙し、造作もなく噛み砕く。四方から体を熱し削り、炙り散らし、外皮、内肉、血管、臓器、骨格の全てを等しく灰燼かいじんへ帰す。

 燃え盛る旺幕が一呼吸の後に晴れると、其処にはもう何も残ってはいない。マフユを襲った二体は綺麗に消え失せていた。

 身近な障害を排除して進路を確保すると、少女は俊足に緩みを与えず一層踏み込む。自ら迫った次の標的へ、前進最中に振り上げた紅剣を、袈裟懸けとして斬り込んだ。

 何時しか炎を纏っていた刃は轟然と唸り上げ、定められた軌道を迷いなく疾駆する。

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復讐の精霊使いマフユ 道化道 @doukedou

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