赤頭巾動画背信奇談(ア・バオ・ア・クゥー)

アヌビス兄さん

配信第一回 零

第1話 とある小説作家の結末

 ある日、ある時ふとつけたテレビに、パソコンに……あるいは大抵の人が持つスマートフォンで突如流れる配信動画。そこには赤い帽子をかぶった少女によるリアル配信、瞳は虚ろでガンキマっていて焦点は合っていない。肌は異様に生白く生気を感じさせない。耳に開けた多数のピアス、そして息を飲む美しい容姿。



 ある者はまたこの類の物か、ある者は可愛いなと、興味のない者は画面を消すだろう。


 されど、彼女の姿が、彼女の特徴的な甘ったるい声が、決して合う事のないその瞳が頭から離れない。もう一度見てみようと彼女を探してもなんの配信サイトを使い、どこの誰なのか分からない都市伝説がある。


 動画キャプチャーをしたハズの人もいたが、そこには何も映っていない。あまりにも視聴者数が多いその目撃例から度々話題に上がるがステマなのか、それとも集団催眠なのか今だその明確な答えは出ていない。


 動画の内容も至って普通、新しみの欠片も感じさせられない、新商品のジュースを飲んでみただの、最近のニュースについて見解を述べるだの、最新家電の開封動画だの、激辛商品を食べてみただの何処か誰かの二番煎じ、キャラ付けなのか彼女は決まってこう配信を始める。


「やっほー! 人間共、長生きしてるぅ?」


 可愛いポーズ、おどけたポーズを取ってそう言い、配信終了時には、


「次の回帰の時にまた会おうぜ! 罪深き人間共ぉ」


 と配信を終える。彼女の姿を見た者達による彼女のイラストもいくらか投稿が見られる。そして容姿を似せた類似の配信を行う者も現れる。されど、本人はどんなソーシャルメディアにも顔を出す事はない。ある者は落語の死人茶屋や、牛の首等の怪談話……鮫島事件等に見られるさもその事象があったかのように演じているだけではないかと見解を出す者もいた。


 そして今回の主人公は山田雄二やまだゆうじ、40歳という人生の大台を前に半年を切ったサラリーマンである。彼には趣味があった。小説執筆である。実は20代の頃に一度小さな賞を受賞し、一冊だけ記念出版した経緯がある。これを機に彼は作家気取りで人生を消化し続けた。とはいえ、一般的なワナビと違い彼はそれなりに保険をかける性格だった。


 社会人をしながら、人間関係もそれなりに執筆時間を取れる所謂仕事ができるタイプの人間でもあった。資産も2000万を超え、優しい奥さんと可愛い娘。そろそろ保険代わりと家族への遺産にマンションでも買おうかなんて思う程に人生はそれなりに成功しているように見えた。


「またダメだぁあ! クソ、クソぉ!」


 そんな彼が唯一上手くいかない事、小説執筆。


 時代が悪いのか、作風に問題があるのか、20代の頃の儚い栄光という焔を未だに追いかけている。何が面白いのか、何をすればいいのか、自分の衰え、あるいは才能という物がなかったのか、そんな苦悩の日々。周囲に彼はその強烈なストレスをぶつける事なく貯め続けていた。社内では頼れる中堅社員として、家庭では面白い父親として、そして彼は40をもって自分の夢を終えようと考えていた。もう十分自分の為に時間を使った。


 それでいい、あとは親兄弟、そして愛する家族の為に時間を費やそうと決意したその時……執筆しているiPadProの画面がザザっと変わった。


『やっほー! 人間共ぉ、長生きしてるぅ?』

「なんだこれ、やけに綺麗な子だな。AIVtuberとかか?」

『今日は視聴者の中から誰かの願いを叶えてあげようとおもいまー』


 なんだなんだ? お金配りやらプレゼント配り系のヤラセかと見つめているとこの少女はぐりんと瞳のみが動き雄二と目が合った。吸い込まれそうな瞳……という表現が世の中にはあるが彼女の瞳は真逆だ。


 それ以上はないような覗ける縁もなさそうな赤い赤い瞳、カラコンなのだろうか? それにしてはあまりにも自然だ。一点の輝きもない淀んだその瞳はなんとも魅力的で、そして恐ろしい。


『君、君いいねぇ。黒いよ黒い! そういうのをボクは待ってたんだぁ。君の夢は? はい、3・2・1! どうぞ!』


 何が始まるのかとぼーっと眺めていたら彼女は少し不満そうな表情を作った。裕二はこの配信動画のコメント欄を眺める。


「は?」


“お前だよお前。山田裕二。空気読んで遅延させないでよ”


『ほらほらぁ、コメント欄で争わないで、はい裕二くん。君の願いはなんだい?』

「俺? えっ? 何これドッキリ?」

『いやいや、君みたいな何処にでもいる人間Aにドッキリ仕掛けてもなんも面白くないでしょ? まぁ、でもいいや。そう。君の願いだよ。ボクが叶えてやるぜぇ。その代わり、君のを貰う』

「なんなんだお前?」

「ボク?」

「うわぁああああ!」


 iPadProの画面には彼女の姿はなく、真横に頬が触れるくらいの位置で彼女はそこにいた。画面の中にいた彼女と寸分狂いない姿、和服をパンクに仕立て直したかのような奇抜な服、ホスト狂いの壊れかけている女の子のような虚ろな瞳と派手なマニュキュア、ピアスの数から自傷行為でもしてそうな雰囲気を纏う。


「レッドキャップ、デストラクター、赤ずきんちゃんとか色々呼ばれているから好きに呼んでよ。一応、しずきって名乗ってるからそれでもいいよ。まぁ、ボクは都市伝説だよ」

「都市伝説?」

「そうそう、口裂け女、怪人赤マント。きさらぎ駅、杉沢村。色々あるでしょ? 口伝やネットで広がるより、今はこういう配信とか使った方が、人間共に浸透できるからねぇ。都市伝説ってやつは面倒でねぇ。忘れられた時が最期なんだよ。そこで君達人間共の欲望を叶えさせてあげるって事さぁ。当然代償は頂く、命さ。断ってもいいんだぜ? 命を支払う程に叶えたい事がないってんなら他を当たろう」

「じゃあ、お前さんは何の都市伝説なんだ?」

「まぁ、それはおいおい」


 理屈は分かる。裕二は自らも物語を紡ぐ人間だ。しかしこんな異常な事態を前に今、自分。は興奮している。

 この興奮とこのチャンスは唯一無二の物だと確信した。


「俺は、一世一代の大作を書きたい」

「は? どういう事」

「俺は小説家なんだ」

「あー、そういう。命を投げ打つ程に自分の名前を残したい。いいねぇ! その欲望。実に評価するよ! じゃあ書き始めようじゃないか!」


 しずきはそれから度々、裕二の前に現れた。妻と子供が寝静まり、作業時間になるとどこからともなくやってくる。彼女に言われた事は、なんという事もないオンライン投稿。それも内容はタイトルに未来の日時と性別と年齢、内容はその人物が事件、事故等で亡くなるという裕二が読み返してもお世辞にも面白いとは思えないそんな内容だった。


しずき、こんな物を投稿して本当に大作になるのか?」

「なるなる! そんな事より、物語をそろそろ書いていこうじゃないかぁ」


 とってつけたような物語で人の心を震わせるわけがない。いくらこれまで培った文章力を駆使したとしても誰かがただ事件や事故で死ぬだけの物語なんて何も面白くない。日々の閲覧者は多くて1人か2人、要するにほぼ0。

 需要のない駄文である。


 投稿を行い一週間が経った頃……


「アクセス数が1000を超えてる。感想が……予言者ですか? は?」

「さぁ、人間共が釣れてきたねぇ。裕二君。あと少しだぜぇ! 興奮するねぇ? あと、チキンラーメン食べていいかい?」


 了承を待たずにしずきは丼に入れたチキンラーメンに生卵を落としてお湯を注ぐ。

 同じ物を裕二の為に用意してくれたしずきのそれを受け取りなからようやく理解した。


 この事態、意味が分かったのは裕二が投稿した物語の主人公、高校生の少年がコンビニに買い物に行く際、イキり運転をした車に潰されて死んでしまう話がある。それと同じ事件が起き、【高校生・コンビニ・イキり運転】等で検索した人々が裕二の作品に誘導された。それはただの打ち水で、他の話の事件事故も類似の事件事故がその後に発生している事が話題となった。


「さぁ、裕二君。大作まであと数歩だよ」

「やべぇ……、なんだこれ」


 当然、事件を予言したのか? という意見だけでなく、不謹慎であるという批判的なコメントも多くみられたが、これらのネタをメディアが拾うのにそう時間はかからなかった。そしてさらに状況が動いた事は、裕二の作品を熟読した読者達の指摘、そしてそれを通報した事により、長年女児ばかりを襲っていた凶悪犯が逮捕されるという事態に陥った。

 そして、裕二が投稿していた作品……“ある男の事件傍観禄”は各出版社からの書籍依頼、当然のように映像作品へと駆け上がる事になる。


しずき、この仕事が終われば俺は命を奪われるんだよな?」

「うん、そういう約束だ。もうキャンセルはできないし、裕二くんも分かるだろ? ボクをどうにかはできない」

「あぁ、分かってる。死ぬのは惜しいが、達成感で一杯だ。こんな気持ちでさらに多くの財を残してやれるならそれでいい。ところで、最期の殺人事件の犯人どうする?」

「簡単だよ! ボクがやった事にすればいい」

「は?」

「要するに、君とボクの出会いからここまでを書いてしまえばいいじゃないか。それでも物語はおしまい。とぅるーえんど! 幕は落ちる。ご観覧ありがとうございましたーってなもんさ」


 予言がすぎているわけで、そういうファンタジーな事……というか事実なわけだからそれもいいかと、裕二はしずきとの出会いから最後の事件は全てしずきによる犯行だったという事で、手記は終わりを告げる。

 

 普段通り仕事をして、一躍時の人となってしまった自分に少し酔い、そしていずれくる自分の最期に関しても覚悟を決めていた裕二に一本の電話が入る。


 仕事中の電話。妻、あるいは編集の人だろうか?


「はい、もしもし山田です」

「警視庁の高橋と申します。山田裕二さんですね? 取り乱さずに聞いてください」

「はい?」


 電話の内容を聞いた瞬間、裕二は走り出した。同僚達は稀有の目を向ける中、裕二は駅に向かう。

 駅にある巨大電光掲示板に……


“本日未明、東京〇所の交差点で母子二人が、斧のような物で襲われ重傷との事です。犯人の目撃情報はありません。午後14時25分頃、交差点で倒れている母子を見つけたトラックドライバーの男性が警察と消防に連絡がありました。警察によりますと、女性の方は30代後半から40代、子供の方は10歳前後との事で、頭や腕、足を斧のような物で殴られ重傷との事。2人は病院に搬送され、病院にて死亡が確認されたとの事です。2人を襲った人物の目撃情報を募り、警察は殺人事件として周囲の防犯カメラ映像を調べるなどして犯人の行方を追っています”


 裕二はスマホを握り潰して、叫んだ。


「しずきぃいいいい! 何処だぁあああああ!」

「ここにいるよ」


 ひょっこりと現れウィンクなんかをキメるしずき。そんな彼女を睨みつけて「お前が、加奈子と雛を殺したのか?」「うん、そうだよ。君の書いた結末さ」悪びれずにそう言うしずきの首を裕二は締め上げる。されど、しずきは変わらない瞳で……今は目が合わない。


「どうして?」

「命を貰うと言ったハズだよ。別に君の命を貰うとは言ってない」

「ならなんで二人も命を!」

「あぁ、本当は娘の方だけ殺すつもりだったんだけど、母は強し、感動したねぇ。我が子を身を挺して守ったんだ! でもさぁ、君が文字に起こして起きた事件なんだぜぇ!」

「なんで……なんで俺の命を持っていかなかった?」


 首を絞めてもなんらしずきには意味がない、裕二はそれでも自分を殺さなかった事の回答を待った。


「そりゃあ。裕二君が生きていれば、ボクを恨み、ボクに怒り、されどボクの事をこの素晴らしい書籍、映像作品で拡散してくれるからだよ。あはははははははは! 笑いが止まらないねぇ! きゃははははははは! 君は世紀の大作家だ。これから捕まるハズのない犯人(ボク)を追い詰める為に書き続けるといいよ。君の家族すらも犠牲する程に欲した物書きでねぇ」

「あぁ……あああああ! ……ああああああ」

「そう言えば言ってなかったよね? ボクはね? ア・バオ・ア・クゥーって都市伝説」


 悪魔は契約した者が死んだ時にその魂を奪って永遠の奴隷にするという。

嗚呼、悪魔とはなんと優しいのだろうと裕二は思う。あれは悪魔ではない、妖怪……というのもまた違うんだろう。妻と娘を失ってから裕二はアレに会っていない。アレの配信する動画を見つける事もない。


 なのに、未だにアレはネット上のあちこちで語られる。今までは明確な呼び方が無かったアレに私はしずきという名前を世界に周知してしまった。


 アレは私が育ててしまった都市伝説。


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