第7話 ロリコンショタコンペド野郎

 そう言いながら写真とメモを取り出す。写真は道端に見知らぬ青年が写ったもので、彼は木々の間からどこか一点を見つめていた。青年は上下がダボダボの服を着ており、髪は寝癖がついており、あまり身なりに気を遣ってないと見て取れる。

 何より青年の何かに魅了されたような表情は、彼がただの通行人でないと予想された。

「彼はどこを見ているんだ」

「公園。正確には公園で遊ぶガキ共」

 上喰は渋い顔でコーヒーをあおった。

「こいつ、近所の公園で有名でさ。いつも気配を消すように現れては、遊んでるガキ共をずっと凝視してやがる。ロリコンショタコンペド野郎なんだ」

 次に別の写真を見せる。上喰の横には茶封筒が置かれてあり、その厚みからまだたくさんの証拠写真があるようだった。彼は自慢げに語った。

「前々から結構撮り溜めてたんだぜ」

 今度の写真では、青年は滑り台近くのベンチに座っている。ベンチは遊具と向かい合う形になっており、子供の方は遊びに気を取られているようだ。

「親はいないのか?」

「いるよ」

 写真の端を指差す。複数の女性が談笑している。子供が見える位置にはいるが、すっかり話に夢中と言った様子だ。

 距離も青年より離れており、危機感のなさが垣間見えた。

「最後にこれ。一番ヤバいやつ」

 上喰は更に複数の写真を取り出した。その中の一枚に目が引かれる。公園のある場面を連続で撮影したもので、青年が子供を木から下ろし、駆けつけた母親へ渡している光景だ。子供は二、三歳くらいで、ミニスカートを履いている。青年の腕から逃れようと身を捩り、母親へ両腕を伸ばしながら泣きじゃくっていた。

「木の上から子供を下ろしているな。これが何故ヤバいんだ?」

 無言で数枚の写真を見せる。噛田は思わず目を疑った。

 青年が砂場で遊ぶ子供を抱え上げ、木の上に置いたのだ。

 当然、子供は怯えた様子で震えているが、青年は薄ら笑いを浮かべてその様子を見つめている。次に体勢を低くしたと思いきや、子供は座る枝の真下に潜り込む。そこから子供を見上げながら、一層笑みを深めていた。

「わざと木の上に乗せていたのか」

「いいや。こいつ、スカート覗いてんの」

 上喰はカップの縁を噛みながら眉をひそめていた。

「子供を助けてるフリをして、こんなセクハラかましてんの」

 彼はカップを持って勢いよく立ち上がる。噛田が自分の分も渡すと、二人分のおかわりを淹れて戻ってきた。少し温くなっていた。

「こいつ、今はまだ手を出してはいない。でもいつか絶対やるよ」

「確かに。親の方も子供の監視が甘いし、もし攫われてもすぐには気づかないだろう」

 彼もまた排除せねばならない。噛田がそう思った時、上喰が写真の上にメモを置いた。

「もう計画は考えてる。毒さえあれば絶対いけるぞ」

 噛田はメモを読もうとしたが、数文で断念した。文章自体は問題ないが、文字が壊滅的に汚かった。分かる内容といえば……。

【証拠集め継続。バレンタインを血のバレンタインに】

「クレイジーだろう?」

「確かに、血のバレンタインはパンチが効いてるね」

 上喰はガクーッと横に倒れた。実に漫画のような大袈裟な動きだった。

「分かってないじゃん‼︎俺が言いたいのはもっと下の計画内容であって……」

「下……」

 噛田は何度も目を通したが、結局読了もできずに首を横に振った。

「ごめん。目が疲れてるのかな。あまり読めないんだ」

「正直に字が汚くて読めないって言えよ。俺とお前の仲だろ」

 それから彼は計画の全容を語って聞かせた。上喰が考えた、ターゲットを自然かつ確実に殺す算段を。やがて聞き終えると、彼は噛田に「異論はある?」と尋ねた。

 噛田は長い沈黙の末に深く息を吐くと、動揺を顔に出さないようにしつつ、慎重に言葉を選んだ。

「失敗のリスクは低いだろう。ターゲットの状況も考えると、この計画は確実に成功すると言っても過言ではない。失敗した時のリカバリーも十分だ」

「そうだろ〜!?」

「しかし、懸念点が二つある」

 噛田は二本の指を立てた。

「一つは毒と解毒剤の入手先だ。毒はともかく、解毒薬は簡単に見つかるものじゃない。毒だって身近なものを使わないと、不自然さから後の調査で殺人を疑われる」

「一応家にないか探してみるわ。お袋ケチくさいから、まだ残りのがあったはず」

 噛田は信じられない気持ちで目の前の少年を見つめた。いくら何でもあるのだろうか?そんな都合の良いものが?

「まさか、あり得ない……そんな都合のいいものがあるわけ……」

「多分あるかも」

 彼はそう言って不気味に笑った。口元は自信に満ちているが、目は限りなく暗かった。どこか遠い記憶を嫌々と探っているような、深い嫌悪と絶望の色を湛えていた。まるで底なし沼の底を覗くような気持ちに襲われた。

 噛田は彼から目を逸らしつつ、家庭環境を拙い想像力で思い浮かべてみた。

(彼の家庭は、一体どうなっているのだろう)

「それで?」

 噛田ははっと我にかえった。上喰が探るような目でこちらを見ていた。

「二つ目は? 懸念点だか何だか知らんけど、二つあるんだろ」

「ああ。二つ目だが、実行に移した時の安全性だ。主に君の身の安全のことだ」

 計画が上手くいけば、ターゲットは確実に始末できる。問題は上喰まで命を落とす恐れがあるのだ。彼は何だよと首をすくめた。

「解毒薬があればいけるだろ。心配すんなし」

「しかし」

「大丈夫だって。何かあったら死ぬまで車に戻るから。俺が死んだら、死体はどっか遠くに捨てておけばいい。そんなことより証拠集めだ」

 彼は立って腕を回すと、自分の食器をシンクへ運び出した。

「俺はしばらく忙しくなるぜ。当日までに色々押さえておくからよ、ケーキは任せるわ」

「分かった……」

 こうなるともう止められない。上喰の小さな背中を見つめながら、噛田は机に頬杖を付いた。そして携帯でケーキのレシピを画像検索する。

 煌びやかなケーキの写真が、小さな液晶内に際限なく映し出された。

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