第3話 最初の殺人計画
翌日、噛田は上喰の提案でネカフェの一室を借りることにした。広めの室内は柔らかいマットが敷かれてあり、壁際にはデスクトップパソコンや、映像を再生する機材が備えられていた。
「ここの飯美味いんだぜ」
上喰がメモを片手に寝転ぶ。
「ここなら自分で作らなくてもいいし」
「でも決して安くはないんだよなあ」
「それはそう」
朝のちょっとした騒動を思い出す。目玉焼きと味噌汁を同時に作っていたのだが、途中で上喰と話すうちにうっかり忘れてしまったのだ。おかげで味噌汁は吹きこぼれ、目玉焼きは裏が真っ黒に焦げてしまった。
(あの時上喰は腹を抱えて笑っていたが、本当は気にしていたのだろうか)
「でもよ、飯のためにここを選んだわけじゃねえ」
(違うようだ)
上喰は噛田の推測をよそにSDカードを手にし、再生機器へ挿入する。四角いモニターの電源を押すと、映像が再生された。
「こいつを映したかったんだよ。噛田の家に、こういう機械なかったから」
どこかを隠し撮りしたもので、薄暗い室内の一角が映っている。ボールや跳び箱、重ねて畳まれたマットが、隅っこで身を寄せ合っていた。
「ここはどこだ?」
「俺の高校の体育倉庫。校庭の裏にあって、普段は誰も立ち入らない。昔は鍵がかけられてたんだけど、今は誰もが余裕で出入り可能」
管理が杜撰だなあと思っていると、突然扉が開けられる。ジャージを着た少年達が入ってきた。中の一人が強く背中を押され、隅に追いやられる。
扉が閉まった途端、彼らはその一人を取り囲み、口々に罵り出した。彼らの耳を塞ぎたくなるような暴言がはっきりと再生され、噛田は思わず顔をしかめた。
「こいつら、いつもこうしていじめてんだ」
上喰が画面に映る少年を指差す。グループの中心で暴言を吐いており、どことなくリーダー格のように見えた。
「こいつがリーダー。成績がいいから表では優等生みたいに扱われているけど、本当の顔はこっちだ」
今し方、リーダー格の少年が隅でうずくまる少年の髪を掴み、中心へ引っ張っていく。途端に囲いの連中が、哀れな彼へ殴る蹴るの暴行を浴びせ出す。リーダー格の少年はスマホを取り出し、ゆっくりと歩きながらその様子を撮影していた。
自分が撮られているなど、微塵も思っていないだろう。
「次」
上喰がチャンネルを切り替えると、再び同じ倉庫内の映像が流れる。リーダー格の少年と取り巻きは相変わらずだが、今度の犠牲者は別人だった。服を脱がされ、上半身が裸になっている。彼は水をかけられたらしく、加害者の少年達を見上げながら、怯えるように震えていた。
「こいつらはすごく飽き性でさ。次々とターゲットを変えてはこうしておもちゃにしてるのさ」
真っ先に思い浮かんだのは小学校の頃に殺した川島だが、今回は腕っぷしの強い高校生だ。まともにやり合う等しては、事故死に装った殺害など到底できない。むしろ返り討ちにあってしまう。
「なるべく人目につかずに、かつ痛そうに殺してくれ」
「痛そうにとはどんな感じなんだ?」
「まあクリア意識のままで、かな。一撃じゃなくて、死ぬまでのかなり痛い思いをする感じで……」
上喰は腕組みしながら頭を捻った。
「殺すタイミングもあるっちゃある。けどあいつら、いつも集団で動くからな〜。バイクで夜な夜な都心を走り回ったり、他の高校の連中とつるんでるんだ」
バイクかと呟く。噛田は財布の中の免許証を確認した。運転中を狙えば、事故死を装えるかも知れない。上喰が立ち上がる。
「ちょっと飲み物と漫画でも取ってくるわ。いいネタがあるかも。お前何飲む?」
「じゃあ、紅茶で」
噛田は彼の背中を不安な気持ちで見送った。部屋の隅で体を縮めながら、横になる。
「初対面の人間は初めてなんだよなあ」
確か殺人事件が起きた時、警察は真っ先に関わりのある人物を調べるらしい。無関係な自分は少し有利だが、目撃者が出てしまえば元も子もない。
「引き受けなきゃ良かったかなあ」
だが直後にいじめの映像が脳裏をよぎる。彼らが被害者に浴びせ続けた罵詈雑言の数々は、とても未成年の子供が思いつくようなものではなかった。相手の尊厳を踏みにじるような、人を人とも思ってないような、醜悪極まりない仕打ちだった。
噛田は自分に尋ねた。
(もし自分があの高校に通い、この現状を知ったらどうするだろう)
答えはすぐに出た。彼らの凶行による被害は、自分が止めなくてはならない。
そう決意を固めた直後、上喰が戻ってくる。両脇に漫画本を抱え、片方の手にはコーラが泡立っていた。ドアを閉めると同時に手が離れ、角の丸まった本が床へ豪快に散らばった。
「どうよ」
「いいね」
噛田は本を全て拾って揃えると、早速一巻を開いた。
「これだけあれば上等だ。この漫画本の作者さんには申し訳ないが、少しばかり知恵を貸してもらおう」
それから二人は飲み物を取りつつ、漫画を読み続けた。小一時間ほどで読み込みが終わってからは、ひたすら計画を練った。
彼らのいる街の構造、バイクの走行可能距離、マップなどをひたすら調べ、内容を頭に叩き込んだ。
やがて計画が完成する頃には日は沈み、窓の外は暗くなっていた。かなり高めの利用料金を支払ってカフェの外へ出る。
「完璧だな。流石殺人鬼」
上喰が背伸びをしながらぶらぶらと歩き出す。
「必要な道具は俺が持ってくるから、当日は頼むぜ」
「照明道具なんて家にあるのか」
噛田は彼の後を追いながら尋ねた。
「あるんだな。それが」
彼は振り向きざまに下手なウィンクをした。
「カフェで見せてくれた映像は、どうやって撮影したんだ」
「それも極秘だ」
「先生には見せたのか」
上喰は途端に足を止めた。噛田を呆れたような目で見つめ、大袈裟に肩をすくめる。
「あいつら無能だから。見せても適当に揉み消されるだけ」
「どうしてそんなことが……」
「俺には分かるんだよ。お前もちょっとは察しろよな」
上喰はそう言って歩き出す。暗がりの中で、彼の背中がやけに小さく見えた。
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