年が暮れる

桜橋 渡(さくらばしわたる)

第1話 壮大な勘違い

年が暮れる

『よう、元気か?』

 その文面を見た途端、師村俊夫(しむらとしお)は持っていたシャーペンを落とした。メッセージの送り主は、幼馴染の走川呉(はしりかわくれ)からだった。

 今は会っていないが、かつてはお互いに最高の親友だった。しかし中学校に上がった時から疎遠になり、連絡一つ取ることもなかったのだ。この瞬間までは。

 課題の手を止めて携帯に見入る。たった今冬休みの課題を始めたばかりなのだが、とても続ける気にはなれなかった。ノートやシャーペンを片付け、胸に手を当てて呼吸を整える。もう一度画面を見て確かめるが、やはり呉からだ。

 続けてメッセージが届く。

『今年の年末、もし空いてたら一緒に遊ぼーぜ!』

 俊夫は頭を抱えた。もちろん遊びたい。来年大学受験を控えてはいるが、俊夫は着実に勉強を続け成績を上げてきた。課題も渡された分はもすでに全部片付き、今は志望校の過去問を解こうとしていたのだ。年末に人と遊ぶだけの余裕はあった。

 だが一番の問題は呉に会ったところで「親友」として接することができるかどうかだった。しばらく悩んだ末、俊夫はメッセージを返信した。

『オッケー。待ち合わせはどこがいい?』

 返信はすぐに来た。待ち合わせ場所と時間帯、そしてどこへ行くかを話し合った末にやり取りは終了した。俊夫は長く息を吐き、椅子にもたれかかった。胸の鼓動はいっそう早くなり、手には大量の汗をかいていた。

 しばらく一人部屋で目を閉じた。脳裏には呉と過ごした時間が走馬灯のように流れた。保育園での出会い、学校からの帰り道や休みの日、季節イベント、そして中学への進学……。

 一番の思い出はクリスマスパーティだった。当時は信じていたサンタクロースに欲しいものをお願いし、ケーキを切り分けて食べ、寝る時は枕投げをしたのだ。とても愉快な時間だった。

記憶を辿れば、あの時の会話がすぐに再生できた。

「俊夫はプレゼント何にした〜?」

「俺あのフィギュア!今やってるアニメのやつ。呉は?」

「俺はサッカーボールかな〜」

 呉はいつも元気で、インドア派の俊夫をどこにでも引っ張ってくれる奴だった。遊ぶ計画も決めるのは呉で、俊夫はついて行くだけ。それでも俊夫の要望は聞いてくれたし、出かけ先で楽しげに笑う親友を見てるだけで、いつも心が満たされていた。

 喧嘩をする時もあったが、その日のうちに仲直りをしては何事もなかったようにふざけ合ったのだ。

 俊夫はふぅと息を吐いた。

(あの時は、俺達はずっと仲良しのままだと思っていた。このまま大人になっても友情は変わらないと思っていた)

 やがて母の夕飯よという声に呼ばれ、俊夫は部屋を出た。

食卓で両親に呉のことを伝え、外出の許可を求めた。

「もちろんいいわよ。ずっと勉強漬けだったから、年末くらい遊んでらっしゃい」

 母は不思議そうに首を傾げていた。

「いつもは許可なんて取らないのにね」

「大晦日だからさ」

 俊夫は適当に答え、食事後すぐに持ち物の準備を始めた。父はまだ早いぞと笑った。とても取り合う余裕はなかった。そうでもしないと平生を保てなかったからだ。

夕飯と風呂を済ませ部屋へ戻る。

ベッドに潜るもなかなか寝付けなかった。呉とは本当にいつも行動を共にした。お花見や夏祭りの時は屋台で好きなだけ買い食いし、晴れた日は公園でサッカーを、雨の日は互いの家にゲームを持ち寄っては真剣勝負に勤しんだものだ。

 呉はよく言っていた。俺達はズッ友だなと。俊夫ももちろんだと答えた。

 変化が起きたのは中学の頃だった。

 どちらも第二次性徴期を迎え、心身共に大きな変化を迎える時期。中学校の制服に着替えた俊夫は、呉の姿を見て言葉を失った。

「俊夫、どうしたんだよ」

 呉の声が遠くなる。自分の底なしの鈍さを恥じらい、同時に親友に抱いていたイメージが全てガラガラと崩れていった。

「人生初のスカートだぜ。似合ってるだろ〜?」

 呉は目の前で紺色のスカートを広げて回る。くすんだピンク色のリボンが揺れる胸元は、微かに膨らんでいた。

 俊夫が男だと思っていた幼馴染は、女性だったのだ。

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