彼女は孤独なスナイパー

@JULIA_JULIA

第1話

 なんの変哲もない、とある高校に、腕利きの狙撃手スナイパーがいる。いや、凄腕のスナイパーがいる。狙った獲物は決してのがさず、一発必中のわざを持っているスナイパーだ。そんな、なんとも恐ろしいスナイパーの表の顔は、単なる女子高校生である。その名を、天源寺てんげんじ すみれという。


 二年三組の教室の隅───窓側の最後尾に陣取る天源寺てんげんじ すみれは、今日もその視界に獲物の姿を捉えている。獲物との距離はおよそ五メートル。その程度の距離を彼女が外すことなどない、狙撃するのは容易たやすい。しかし周りの生徒たちに気付かれるワケにはいかない。狙撃したことを知られると厄介なことになるからだ。


 とはいえ狙撃を気付かれるのは、三流の仕事。天源寺てんげんじ すみれは一流のスナイパーなので、これまでたったの一度も狙撃を見られたことはない。獲物はおろか、周りにいる人々にさえ気付かれたことはない。


 狙撃するにあたって重要なのは、如何いかに素早く狙撃体勢へと移り、元の体勢に戻るかだ。狙撃しているところは勿論のこと、狙撃体勢を取っているところすら誰にも見られてはいけないのだ。もしも見られてしまえば、その状況で狙撃を開始することは不可能に近い。よって、その時点で狙撃は失敗といえる。しかし天源寺てんげんじ すみれならば、そんな失敗はしないだろう。


 獲物にも大衆にも絶対に知られることなく、ひそやかに狙撃をする。そんなことをやってのけるだけの神業かみわざを持っている。それが、一流のスナイパーである天源寺てんげんじ すみれなのだ。


 しかしながら、それは決して簡単なことではない。天源寺てんげんじ すみれがいるのは窓側最後尾の席とはいえ、すぐ隣には生徒がいるし、授業を進める教師の顔はこちら側へと向いているからだ。よって彼女の姿が大衆全員の死角に入るのは一瞬であり、いつ訪れるか分からないその一瞬に全てを懸けなければならない。


 となると授業中ではなく、休み時間に狙撃をした方が良いと思われるかもしれないが、そうではない。休み時間になれば、生徒たちは勝手気儘かってきままに振る舞うこととなる。そんな彼ら彼女ら全員の動きを把握することは、如何いかに一流のスナイパーである天源寺てんげんじ すみれであっても相当に困難な所業である。それならば大衆の視線の動きが限定されている授業中の方が狙撃はしやすいのだ。


 天源寺てんげんじ すみれは、ひたすらに待つ。必ず訪れるであろう一瞬を、息を潜めて待つ。開いた教科書を机の上に倒して左手で押さえつけ、いつでも即座に動かせるようにしておく必要がある右手はシャープペンシルを握らない。そんな格好で、ただただ待つ。


 するとやがて教師は黒板と向き合い、隣の生徒は自身のノートへと視線を落とした。その二人と同様に、他の生徒たちの視線も黒板かノートに向いている。


 今しかない!


 天源寺てんげんじ すみれは意を決し、狙撃の構えを取る。ピッタリと揃えた右の人差指と中指の先を自身の唇に押し当てる。それが狙撃の構えだ。そして、それらの指先に想いを乗せる。


 間宮まみやくん、大好き!!


 その強烈なまでの想いと共に、天源寺てんげんじ すみれは指先を唇から離し、獲物である間宮まみや 凛太郎りんたろうへと向ける。そうして放たれた『投げキッス』は、今日も無事に獲物へと届いた。そして、そのことを知るのは天源寺てんげんじ すみれのみである。獲物である間宮まみや 凛太郎りんたろうは勿論のこと、教室内にいる他の生徒たちも教師も決して知らない。






 天源寺てんげんじ すみれがスナイパーになったのは、ほんの五ヶ月前のこと。インターネットの、とあるサイトを見てからのことだ。そこには、彼女をスナイパーの道へと駆り立てる文言が書かれていた。


『好きな人に投げキッスを届け続ければ、恋が叶う』


 そうして天源寺てんげんじ すみれはスナイパーになったのである。ただし恋を叶える条件は、中々に厳しいモノであった。


 一・投げキッスをするときは、届ける相手を含めて誰にも見られてはいけない。


 二・投げキッスをするときは、相手の名前と自分の気持ちを心に浮かべ、その想いを指先に乗せなければいけない。


 三・投げキッスは一日に一回しか、してはいけない。


 四・最初の投げキッスから半年以内に百回連続で成功しなければいけない。ただし、日は連続していなくても良い。






 今日で、通算九十二回目の狙撃成功。天源寺てんげんじ すみれの野望が叶うまで、あと八回。猶予はまだ一ヶ月近く先の、三月十五日までだ。よって、彼女の野望は叶うだろう。サイトの文言が真実であるならば・・・。


 今日も狙撃を成功させた天源寺てんげんじ すみれは、いつもの如く真っ赤な顔を机に伏せ、悶絶していた。そう、誰にも見られていないとはいえ、投げキッスをするというのは相当に恥ずかしい行為なのだ。



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