第3話

朝から降る細雪ササメユキは海から吹きつける猛烈な風によって、横なぶりに顔に叩きつけられる。


腰を下ろしていた岩は冷たく、羅紗ラシャ地のマント越しに尻を凍らせる勢いだ。



謙真は港が一望できる小高い丘の上に居た。



波止場には銃やら大砲やら、これから戦をしに行くための準備で大忙しだ。


もうあと少しすれば出発予定の時刻になるのに、現場総監はまだ手間取ってるらしい。



謙真はその様子に冷笑を浮かべながら腰に佩いていた脇差を鞘ごと抜いて、コジリで軍靴の踵を叩いた。


もうずいぶん長い時間ここに居たらしい。

軍靴に付いた雪は薄い氷となっていた。


それを落とした時、まるでガラス細工を壊すような繊細な音がした。



吐き出す息が白く、謙真の顔にまとわりつく。



唇は温かいのに息が流れる頬は冷たさを纏った水蒸気の餌食となって、今にも凍りそうだった。



コートの下に巻いたマフラーを引っ張り出して口元を覆うと、いくらかそれが楽になった。



謙真は靴に張り付いていた氷を一通り落としきると、再び船に目を落とした。



コートも着ていない質素な木綿の軍服を着た男達が乗り込んでいく姿が見える。



……置き去りだ。



謙真はこれほどまでの絶望を感じた事は無かった。

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