第5話 ソロモン72柱、29位、アシュタロト勲功爵。

 選ぶ道を示す事は、時に誘導となる。

 だが、もし彼女が道に迷っていたなら、幾つかの道を示すべきだろう。


《アナタに魔獣との契約を勧めたい、ですが幾つか問題が有ります》

「いえ、私は何も要りません、愚か者に力は不要なのですから。それより侵略です、計画を立てさせて頂きました、査定をお願い致します」


 その計画の中身は。

 彼女が投降を促す、と言うものだった。


《アナタには身を守る権利が》

「必要の無い事です、愚か者でも救われるだなんて、そんな悪しき歴史は残すべきでは無いのですから」


《ですが》

「民の血税を無駄には出来ません、私が必ず死ぬとも限りませんから、全ては神々の御心のままに」


 道を示すには遅過ぎた。


 彼女は決断してしまっていた。

 コチラが様子を伺っている間に、彼女は全てを決め。


『もう、覆す事は無い、か』

《はい》

《だからアナタに任せたのよ》


《申し訳御座いません》

『若造に推し量る事は難しかったか』

《真心を与えない限り、真心を頂く事は出来無い、基礎で基本の筈でしょう》


《はい》


『仕方無い、元は燃え尽きる筈だった命』

《彼女の救いは死となった、後悔は我々の胸の中に留め、先へ進ませるしか無いのです。諦めなさい、コレ以上は彼女を苦しめる事になる、諦めなさい》




 私は、とても晴れやかな気持ちで登城する事が出来ました。

 とてもとても、晴れやかな気持ちです。


「どうか投降なさって下さい、侵略か滅亡、もう既にそれしか道は残されてはおりません」


『お前は一体、何者だ』

「元この国の者です、どうか投降なさって下さい」


 帝国からの使者。

 その名目で有れば、例え武装した兵が大勢列を成そうとも、民も王も怯える事は無かった。


 それが王都を貫く長い列だとしても、一部の者を除き、怯える者は居なかった。


 守ろうとしたモノがちっぽけなガラクタだったなら、どんなに楽だっただろう。

 守ろうと思えなければ、どんなに楽だったろう。


『何故侵略する、何故この国が滅亡するなどと申す』

「それが全く分からないからです。王よ、どうか憐れな無辜なる民に被害を出さぬ様、投降なさって下さい」


『この、売国奴が!!』

「民を1番にお考え下さい!!」


『考えているとも!!』

「では何故!あの様な女を王太子妃に据えたのです!!歴史も語学も禄に習得していな者に!何故!国政の片棒が担げるなどとお考えになれるのですか!!」


『あぁ、分からんか、家臣が支えれば』

「愚か者が国を支えると知ったなら!逃げ出す者が出ないとお思いですか!!賢き者を据えず見目の良い人形を王の隣に座らせる事が!本当に国の為になるとお思いですか!!」


『若い女には分かるまいよ』

《残念、私にも分からないわ》




 愚か者程、物分りが悪いのよね。


『あ、アナタは』

《私の名はアシュタロト、嘗ては女神だった悪魔、ソロモン72柱に名を連ねる29番目の悪魔》


「女神様」

《ごめんなさいね、つい昔の癖で返事をしてしまったの》


『アシュタロト様、どうかお助けを、この気狂いが帝国を扇動し』

《アナタのように帝国の者まで愚かだろう、だなんて、それはとてもとても失礼な事だわ》


『ですが、お分かりでしょう、例え多少愚かな娘であろうと』

《いいえ、あまりに国政を、民を甘く見過ぎているわ。愚か者が必ずしも賢き者に従う、だなんて、単なる幻想なのだもの》


『ですが、だからこそ』

《見目の良い王妃で不満を紛らわせ、それでもダメなら王妃を処刑し、それでもダメなら側妃も処刑し騙されていたのだと同情を請う。酷い世界の酷い行いを踏襲し繰り返すだなんて、本当に愚かね》


「踏襲し、繰り返していた」

《そして周辺諸国は見守った、いつしか優秀な者が侵略を請いに来るその日まで、手を出さないと決めていた》


「何故です、何故、どうして」

《悪しき見本、そして来訪者の叩き台》


「そんな、そんな事の為に」

《アナタも知っているでしょう、嘗て帝国は色欲国と名乗っていた、その原因をアナタは知っている》


 悪しき来訪者により、周辺諸国の王子が魅了され、帝国領に存在していた王子の血筋が女の腹へと残された。


 1人は悲嘆に暮れ自害し、悲嘆となった。

 そして自分達の愚かさに憤り自害した者は憤怒となり、1人は嘘で身を塗り固め虚栄となり、とある者は食欲に逃げ死に至り。


 強欲となった者は芸術品に埋もれ。

 怠惰は、何もしなかった。




「そして子が産まれ落ちると同時に、白き魔女が女を封印すると」

《王子は色欲となった》


 悪しき来訪者様は、私達には天敵も同然。

 けれど、もし良き来訪者様なら。


「この国は、滅びを迎える」


《各国は代々、その役目を担っているの、この王族は真の王族では無いわ》


 この国では、国内だけで王太子妃を選んでいた。

 この国に、誰も、姫すら差し出さなかったのは。


「血筋は分散し、再び集う」

《そう、王族が滅びても構わないからこそ、周辺諸国は傍観していた》


 滅びても構わない国が、存在している。

 いえ、国は滅びない、滅びるのはあくまでも偽の王族のみ。


「ふふふ、やっぱり私は愚か者です。全く、察する事も叶いませんでした」

《良いのよ、アナタは良く頑張ったわ》


「いいえ、素地が良ければ、もっと」

『そんなワケが無い!そんな筈は』

《邪魔よ》


 王の頭が弾け飛んだのか、破裂音と共に血飛沫が上がった。

 けれど、帝国領の兵は微動だにしない。


 あぁ、全て本当の事なのだろう。

 アレは物語では無く、真実。


 来訪者様は存在し。

 悪しき者により各国が危機に陥った。


 だからこそ、コレだけ大掛かりな仕掛けを必要としている。

 ココは、必要悪として存在している。


「私は、働き者の無能でした」

《いいえ、そんな事は無いわ、本当よ》


「ありがとうございます、私の女神様」

《ふふふ、諦めるだなんて許さないわ、アナタには幸せになる義務が有るの。次はもっと、ちゃんと幸せになりましょうね》


 もう、私はやり直したくない。

 私は無能な働き者。


 無知で愚かな老女なのだから。

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2025年1月10日 06:00
2025年1月11日 06:00
2025年1月12日 06:00

亡国のモデュラシオン~どうか助けて頂けないでしょうか、幾度やり直そうとも国が滅んでしまうのです~ 中谷 獏天 @2384645

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