35.誓いの儀式


――……三ヶ月後。

「――……はぁ……」

エディに身支度を整えられながら、勇は自分の格好を姿見で見て、溜息を吐いた。

「まだ覚悟を決められませんか?」

微笑ましげに聞くエディに、勇はむっとして顔を逸らす。

「……結婚の覚悟はとっくに出来てる」

「存じております」

にこにこと微笑みながら、エディは勇の髪を整える。

人に世話をされる事にも、まだ慣れきれていないのに今日は特に念入りに手入れをされていて、まるで植木の気分だ。

「誓いの儀式と割り切って、お気張りください」

「……分かってる」

エディの助言にそう答えながらも、勇は益々と緊張で顔をしかめる。

せめて別の事に意識を向けようと、勇は姿見越しに後ろで上着を持って待機しているフレディを見た。

ふと目が合って、父親のエディ同様にフレディも微笑ましげに笑顔で会釈してきた。

親子揃って生暖かい目で見やがって……。

心の中で悪態を付きながらも、自分の不甲斐なさが一番腹立たしい。

また深い溜息を吐きそうになる前に、勇はエディの手助けを受けて上着を羽織った。

最後の仕上げに上着をきっちりと閉めると、エディが勇の襟を整える。

「出来ました。大変お似合いです。旦那様」

エディは誇らしげに笑って言った。

「……」

侯爵となってから、そう呼ばれる様になったが未だ慣れない。

更に言えば、今日の儀式を終えれば勇は完全に〝旦那様〟となるのだ。

姿見に映る自分の姿を見て緊張感が高まって行く。

今日の為だけに誂えられた特別な紳士服。

日本の将官が着る様な、深緑色の軍服に華美な装飾を付け加え、式典用の装いをしている。

それもその筈だ。

今、勇が来ているのは結婚式用に誂えられた軍服なのだから。

この世界における普通の新郎が着る様な物でもなく、日本の将官が着る軍服を態々誂えたのは、せめてもの勇の意地によるものだった。

こちらの習わしに沿って結婚式を行う以上、勇もそれに習おうとしたのだが、以下にも幸せいっぱいの新郎が着る様な、華美すぎる見た目の紳士服は勇の趣味には合う筈もなかった。

それを見かねたカトレアが、元の世界での結婚式に一部沿う事を提案し、勇の服装を軍服にする事になったのである。

と言っても、完全に軍服そのものとは言えず、見た目だけがそれらしい仕上がりになっている。

何故なら、どの様な軍服かを伝える際に、勇の絵心の無さが炸裂してしまい、大凡の事しか伝わらなかったからである。

それでも仕立て屋が優秀だった事もあり、新郎服としても、軍服としても見られる程度の紳士服には仕立て上がった。

そして、勇は今正にその新郎服を着ている。

「旦那様。こちらも」

フレディに差し出されたものは、服と同じ様に誂えられた帽子だ。

軍帽を目にした勇は顔をしかめたまま、無言で軍帽を手に取り目深に被った。

そして、直ぐ近くに置いて合った、刀もどきを腰に差して、部屋の扉の前に立つ。

この扉を開け、指定の場所へ行けば、そこには新婦姿のカトレアが居る。

待たせる訳にはいかない。先に行って待っていなければ。

俺を悩ませる問題は後回しだ。どうせ今何か出来る訳でもない。

とにかく、集合場所へ向かうんだ。

そう考えながら、勇は待合室の扉を開けて、集合場所へ向かって行った。




侯爵の爵位を継ぐ事になったのと、カトレアと婚約する事になった、三ヶ月前。

祝勝会に於いて、皇帝の口から西方の次期守護者を勇とすると宣言され、貴族達には当然の様に困惑の波が広がった。

戦争を勝利に導いた英雄と言えど、いきなり侯爵の位を継ぐ形で賜った上に、ケリー侯爵の娘であるカトレアと勇が婚約すると言う話は、多くの懐疑的な視線が二人に注がれた。

異世界人である勇が、戦争での活躍を楯に皇帝に悪どい取引を持ちかけたのではないか……などと言った疑惑だ。

しかし、皇帝から西方の守護者に名乗り出るものが居るか問うた時、

一人として声は上げなかった為、結果として当初の予定通りに事が運び、勇は侯爵に、カトレアは勇の婚約者になったのだった。

侯爵になった勇は、カトレアと共に西方の領地へ戻り、元ケリー家の屋敷の主人として帰還。

そして、それまでケリー家に仕えていた使用人達を呼び戻し、これまで通りに屋敷が回る様に手配した。

神代家と名前を変えた屋敷に大半は留まる事を決め、使用人達は勇を旦那様と呼ぶ様になった。

カトレアの事は戻って来てからも、お嬢様と呼称を付けていたが、近い内にその呼び方も変わる事を使用人達は密かに楽しみにしている様だった。

そして、今日が正にその日だ。

今日の結婚式が終われば、カトレアも奥様と呼ばれる様になるだろう。

カトレアの希望で結婚式は屋敷で行う事になった。

家族同様の使用人達にも結婚式に参加して欲しいと言う思いからである。

そこへ更に懇意にしている貴族らを招待し執り行われる。

屋敷の庭に用意された会場には、既に招待客が入り、今か今かと結婚式の開始を待っている。

そんな中、勇は屋敷の玄関でカトレアが下りてくるのを待った。

窮屈に感じる新郎服の首元を引っ張りながら、勇は緊張から溜息を吐く。

すると。

「参列者の方々の前では溜息は控える様にして」

階段の方から掛けられた言葉を聞き、勇はむっと顔をしかめる。

「分かってる。分かってるが、勝手に出てくるん――」

そう言いながら、階段の方に視線を向けると新婦姿のカトレアが、ゆっくりと階段を下りて来ていた。

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