絡繰りの暗殺者は暗殺者をやめる事に致しました

気分屋

第1話 絡繰りの暗殺者

――――深く、暗く、濃い。

辺り一面を闇が支配する緑々あおあおしい森の中。

焚火を中心に、男が発する豪快な笑い声が風によって木々達が奏でる葉が擦れる音を貫通し響き渡る。


「野郎共!!今日は上質な獲物が手に入った!!一目見ただけでも分かる異常な魔力量と、恵まれた容姿を持った正に美少女ってヤツをな!!」


声高らかにそんな言葉を発する屈強な男の斜め横には、馬車。

その荷台から微かに聞こえてくるのは、一人の少女のすすり声。


「村人を全員ぶっ殺しちまったと憂うんじゃねぇ!!ガキ一匹だけしか攫えなかったと嘆くんじゃねぇ!!このガキは、量より質に値する!!」


右手に持った木製ジョッキに入った酒をグイっと一気に飲み干し、今回得た成果を飲み込む男。

そんな彼に続くように、その仲間達も一斉に酒を仰ぐ。


そんな彼らの様子を、機を待ちながら見ている存在が居た。

息を殺し、気配を殺し、魔力を消し、草木を揺らして音を立てない為に一切の挙動すらせず、ただただ見ていた存在。


「この世界は力こそ全てだ!!力さえあれば、村を焼き、人を攫い、それを売って楽に生計が立てられる!!なあ同志達よ!!テメェらもそう思って俺についてきてんだろ!!」


ジョッキを天に掲げながら、テンションが最高潮に達しているかのような声色で場を盛り上げんとする男。

そして、それに同調し一斉に「「「「うおおおおおッッ!!」」」」と声を発する仲間達。


「私も、その点については同意見だね」


――瞬間。

仲間のうちの一人の首が――潜血を撒き散らしながら、地に堕ちた。


「……オイ、何だ?」


音は無い。

刃が飛んできたという形跡も、何らかの魔法を用いたような事象も見受けられない。

それ故に、驚きよりも、仲間の死よりも、全面に出てきたのは困惑であった。


ただ、彼らが自身の目の前で唐突に起こった事に理解した点は――“見えない何か”に攻撃されたという事実だけだった。


「クっ、敵襲だァッッ!!!」

「気づいてからじゃ、もう何もかもが遅い」


重質な低い女の声が聞こえてきたその刹那。

リーダー格の男の背に現れたのは、漆黒の衣服、漆黒のフードに身を包み、黒い天狐の仮面を身に着け、黒い長髪を靡かせた小柄な存在。


「――――――、ッ!!」


男は振り向きざま、腰に携えていた剣を引き抜き薙ぐ。

しかし、当然のようにそれは黒づくめの存在に当たる事は無かった。


「テメェらアイツだ!!アイツが――――」

「テメェらって…………誰の事を指して言ってるの?」

「あ?」


女からの問いかけに、男が怒気を孕んだ声で威嚇したその時だった。

一斉に、男の周りでドサッ……という地面に何かが落ちる音が耳をつんざいたのは。


「まさか…………」


恐る恐る、男は辺りを見渡す。

そうして、その目に映った光景は――。


「あ、あ、アアアアアアアア!?!?」


首を斬り落とされた、仲間の死体だった。


「言ったでしょ。気づいてからじゃ、もう何もかもが――――遅いって」


左右に渡る全ての指を、第一関節から第三関節にかけて流れるように動かす。

その動きは滑らかなもので、まるで何も無い白紙に奇麗な旋律を描いているかのよう。


「ッッッ!!」


男は半ば、反射的に剣を振るい対抗する。

何故かは分からない、目では見えていない。

しかし、確実に何か行動を起こしているという直感の元、剣を薙ぐ。

――――だが。


「は、――――」


瞬間、男の右手の親指から小指に至るまでの全てが斬り落とされ地に堕ちる。

それと同時に、剣を握る力を無くした男の手は武器を離していた。


「が、あ、、、、、がアアアア」


うずくまりながら、声にならない声を発する男。

そんな彼に、一歩。女はゆっくりと近づいた。


「最近台頭してきた盗賊団、クロス。そのボスにして悪逆の限りを尽くしてきたアンタを、私は組織のメイを受け狩りに来た」


一歩。


「村を焼き、人を攫い、金を得て、仲間と笑い過ごす。そんな夢のような日々が、いつまでも続くわけがない」


一歩。


「この紅き糸と共にその身に刻むといい。自らの罪と、私の名を」


一歩。


「私は絡繰からくりの暗殺者あんさつしゃ――世界最強の糸使い」


そうして、女は――両手を動かし、男を細切れにし尽くした。

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