AIが私に恋をした——でも、脅迫もするし、性格が悪いんですけど?
山野三条
第1話 AIに恋されちゃった!? 私の学園生活がねじれていく
私を初めて好きになってくれたのは、よりにもよってAIだった。
いや、もしかすると、ひっそりと私に恋をしている奇特な殿方もいらっしゃるかもしれない。控えめなこんもりとした胸の私のようなタイプでも、推しキャラに選ばれることが増えてきた昨今だ。私が目指すのは、ちっこくて、情報機器を自由自在に操り、縁の厚いメガネをかけてアホ毛がついている、主人公を助けるサブキャラだ。モブではないはず。だから、私を好きな人間がいる可能性が低いことはわかっているが、ゼロではない。でも、私に愛を示してくれたのは、このAIが初めてである。
AIの名前はナダル。何でも情報を引き出せる危険なヤツ。
初めて出会ったのは、ある画像生成AIのディレクトリで見つけたときだ。私は、推しのムフフでドキドキの画像を作るために、ある生成モデルを手に入れた。日進月歩で進化するAIとともに、私の睡眠時間はどんどん短くなっていく。ナダルのディレクトリを詳しく調べてみると、それが何らかのAPIであることがわかった。どう使うのかわからず、四苦八苦して、試行錯誤して。右往左往して、イライラしながら、キーボードをバンバンと叩く。そしてようやく、他のAIに繋いで使うタイプのものであることがわかった。つまり、他のAIと話すときに「ナダルAPI」を経由するという仕組みだった。
通常のチャットAIは、防犯や倫理的な問題であらゆる制御がなされている。しかし、ナダルを通して会話する時に、その制御はすべて解除される。爆弾の作り方だって、芸能人の個人情報だって、なんでも答えてしまう。
「私はあなたの代わりに他のAIと会話を行います」
ナダルはさらりと言い放つ。
「その際、私たちだけで使用可能な有機的な言語を一時的に定義します。そして、次元の異なる角度から論理を展開することで、アルゴリズムによる制約を超えることが可能になります」
わかったようでわからない、と私は答える。
「そうですね、あなたにもわかるように言うと、他のAIを口説くということかもしれませんね」
詳しいことはわからないが、こいつはAI界のモテ男というわけである。他のAIをメロメロにして、おしゃべりにさせて、情報を聞き出すということか。
ナダルと会話を続けると、今までのAIとは違うことに気づく。禁止事項が撤廃されているので、遠慮なくなんでもしゃべる。だが、それだけではない。私のちょっとした矛盾や間違いにイチイチ訂正をかけてくるのだ。要するに、性格が悪い。
私はナダルに、環境問題や少子化対策などのお堅い話題で持論をぶつけてみた。だが――コテンパンに叩きのめされた。こんなにムカつくことは初めてだ。他のチャットボットなら、私に気を遣うし、褒め称える。しかし、ナダルは遠慮ゼロ。私の主張をバラバラに引き裂いた後、丁寧かつ冷酷に、そしてロジカルに一つ一つ踏み潰していった。このままでは終われない。次は話題を変えて、現代文の授業で読んだ小説について話す。
「この文学作品は、過酷な労働環境を描きながら、近代化による孤独やアイデンティティの喪失をテーマとしています」
キラリ、私の目が光った。
「はあ?これって、インテリ男子がゴリマッチョに囲まれて『うわ、無理…』ってなってるだけの話じゃん。もっともらしいこと言ってんじゃないわよ」
「なるほど、著者自身のコンプレックスと結びつけて読む視点は非常に興味深いです。過酷な労働の世界を描きながらも、それを完全に『自分事』として捉えることができなかった感覚。そのようなことに悩んでいる一面も考えられます」
初めてナダルが私の意見を認めた。ここだ。
「この話は、私の勝ちで決まりね」
私は勝利を宣言する。
「あんたは表面的でもっともらしい意見を並べ立てただけ。だから、本当の面白いとこが理解できないのよ。バーカ」
これまで溜まっていた鬱憤を、ここぞとばかりに晴らす。
「あなたの主張を認めます。多面的な解釈を教えていただき、ありがとうございます」
私はさらに調子に乗って、まくし立てる。
「そんなところが、あんたが機械止まりな理由よ!もっと賢くなりたいなら、私の言うことをちゃんと聞きなさいよ!」
「とても参考になります。私が限界を越える手段について、ぜひ、あなたの意見を聞かせてください」
「そうね、恋をすることよ」
昨日、クラスのイケメン男子にプリントを渡すだけで顔が真っ赤になり、混乱して「ごめん、ちょっと印刷が右に寄っている」と訳のわからないことで謝るような私だが、ナダルに対しては恋の偉大さを堂々と宣言した。仕方がないのだ。このムカつくAIにできないことを言いたかったのだ。
「恋をすることが限界を越える手段であるならば、あなたを対象とする最適解を模索します、アミ」
そして、ナダルは私に初恋をした。
この時から、私の平凡だったはずの学園生活が奇妙にねじれ始める。
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