元ヤンありすは恋も上等!?

白月綱文

よろしく、京くん。

俺が通っている県立高校、そこにある名家のお嬢様が来るらしい。

それが確かな噂なのかも分からなかったが、そんな話を耳にタコができるほどに聞いた。

転校生が来るかもしれないなんてのは、だいたいはその日のうちに消える程度の何でもない話だ。なのに、こうも話題性が保たれているのにはその本人に理由ワケがある。

だいたい、三年ぐらい前の話だったか。まだ桜が残っていてもおかしくないぐらいの季節感だったと思う。

そんな時期、暴走族なんて聞かなくなったこのご時世に、ある1人の中学生が10人の不良を殴り倒してそこの長になった。

それが、なんと女の子で転校してくると噂のその名家のお嬢様なのだ。両親が色々ともみ消すように噂の根を断とうとしたらしいが、それも虚しく、この話は地元で知らない人が居ないほどになってしまっている。

そして今日、この学校に蔓延った噂通りに、その本人がこの教室に現れてしまった。

彼女は、緩やかな足取りで気品の感じる所作で教壇へと上がる。その後ろで先生が名前をすらすらと書いていた。

ピンと綺麗に伸びた背筋、波打つ金髪のロングヘア、夕暮れ時の瞳も相まって絵の中から飛び出してきたみたいに思えるその容姿。

そんな相手が、見間違いでもなくはっきりとこの学校の制服を綺麗に着こなしている。

先生から紹介を受けた彼女が、その整った顔立ちで緩やかな笑みを浮かべて言った。

「私は不死川ありすと言います。どうぞ、夜露死苦お願いします。」

傍から見れば何のおかしさもないはずの、透き通った声にピタりと止まる綺麗なお辞儀。

それが、どうしてか、変な表記に感じたのは。多分、この教室で俺だけだったんだろう。

「皆、仲良くしてやってくれ。空いてる席は〜、んと、かなぐりの隣だな。」

先生が座席表を見ながらそう口にして、俺の方へと指を指す。

「はぁっ…!?」

それはまるで死刑宣告のようだった。事情を知らない男共は、なんであいつがとばかりに俺に羨ましげな視線を向けてくる。

俺が発した間の抜けた声は誰に届くことも無く、そいつがゆっくりと隣まで歩み寄ってくる。それだけのことで、周囲の空気の重さが1段階変わった感覚がした。

ただ、俺の内心焦りまくりな気持ちとは裏腹に、何事もないまま彼女は席に着く。

でも、それは見逃されたということはなかった。

そいつは忘れもせず、俺の方を向いて今日一あくま笑顔ぎょうそうを向けてくる。

「京君、夜露死苦お願いしますね。」

「お、おう…。よろしく、お願いします…。」

きっと、俺からすれば背筋が冷えるその行動も、単に隣の席になるクラスメイトに向けた何気ない挨拶だったのだろう。

なんせ2年前に彼女はヤンキーをやめていて、それ以降怖い印象を覆すほどに勤勉で模範的な生徒だったと聞くから。

ただ、それも。ここにいるかなぐり智幸ちさきが、3年前、彼女にこっぴどくやられた元ヤンの1人でなければ、の話になるが。

あれから、足を洗うように荒っぽいことを一切辞めたって言うのに。なのにこいつが隣の席なんて、ここから半年以上の期間、俺は一体どうすれば…。


†††


あれから1週間が経っていた。ビックリするほどにあいつはこの教室に馴染んでいて、最上位の地位をあっという間に獲得していた。

一目で察せられるような気品、誰に対しても隔てなく丁寧な口調で、元ヤンという話が嘘のように扱われてさえいる。

その上、まだそんなに日が経ってないのに玉砕した男子が数名いるらしい、全くもって恐ろしい限りである。

あと、王子様系?と呼ぶのだろうか。なんだかクラスの内外問わずに女子にモテていた。性別関係なしに人気なのだ、不死川ありすという人間は。

昼休みの時間になれば、彼女の周りを何人かの女子が囲んでお昼を取るというのがここ3日連続で行われた。恐らく、このままそれか当たり前になると思われる。隣で細々と1人飯をしている身としてはかなり肩身が狭い。

ただ、そんな悪いニュースだけではなく、当人が俺をかつて殴りあった相手だとは把握していないのか、あれから全くもって話をしていないのだ。

ずっと圧を感じ続けることになり居心地は悪いのだが、関わらずに済んでいるのはかなり安心できる。次の席替えが来るまでの辛抱だと思えばなんて事ない。

今日の四限の授業が終わりを迎え、昼休みの時間に入る。

いつもならここでそのまま弁当を開くのだが、昨日のように横で騒がれるのは面倒だ。ぼっち飯が嫌という訳では無いが、騒がしくないならそれに超したことも無い。

だから今日は学食へと足を運ぼうと思った。別に毎日弁当を用意しているのだが、食堂で食べても別に文句は言われないだろう。

机の横にかけられたリュックから弁当箱を取り出して、立ち上がる。そうして不死川の後ろを通り抜けた。

「失礼、今日は学食なんだ。」

教室の扉をに手がかかった時だ、そんな声を聞いた。声の主は不死川である。

今日は学食なのか、随分とタイミングが悪い…。なら、取り巻きも移動するだろうし席に戻って食べるとしよう。不死川が隣にいなければそれでいいからな。

すぐさま回れ右をして、また席に座り込む。3日間聞かされた女子達の声も、当然遠ざかっていく。

そして弁当箱を開けていざ食べようと箸を取り出した瞬間、隣の席に誰かが座った。それはもちろん、その席の主である不死川だった。

「ありゃ、忘れていたと思ってたけど、お弁当があったよ。いやいや、おっちょこちょいだった…。」

なんだ、教室で食べるのか…。なら今度こそ移動するとするか…。

席をもう一度立って、とぼとぼと扉に向かう。そして、扉をスライドさせて開くのと同じぐらいのタイミングで、また誰かが席を立つ音がした。

「や、やっぱり学食で食べようかな。なんて…。」

おかしい。いや、気のせいか…?にしてはタイミングが綺麗に一致し過ぎてないか…?

うーん、検証したいところでもある。が、また席に戻って教室を出ようとするのを繰り返せばそれは完全に不審者だ。

ここは、着いてくるのを前提にしてどこか人気のない場所に向かい、そこで昼食を取るのが安全策か。

そうと決まれば迷っている時間は無い。俺は教室を出るなりすぐさま早歩きをして、食堂のある1階ではなく階段をあがって屋上を目指す。背中を捉えられていなければ、間違えて食堂に向かってくれるかもしれないからな。

屋上に出るための扉は鍵がかかってて実際いけやしない、だからその前の階段でひっそり食べる事としよう。埃っぽくはあるが便所飯よりはいくらかマシな気がする、なんとなく精神的に。

辿り着いて、よし今度こそ1人だと思い階段を椅子代わりに座り込む。

だが、顔を上げてみればこの学校に1人しかいない、そんな金髪が目に入ったんだが。

「き、奇遇ですね。京くん。」

「そんな訳あるかあっ…!」

まずい、思わずツッコんでしまった。なんでここにいる、なんの用があるんだ。いや、そんなのは決まっている。

不死川は、過去の俺に間違いなく覚えがあるんだ。まあそもそもの話、髪型を変えて背丈が変わったぐらいじゃそりゃ気が付くという話だが。

そうなると、不死川がここに来た理由は。皆にちやほやされている今の自分の地位を俺に変な噂を立てられ崩されないよう締め上げに来た。そう考えるのが自然だ…。

「京くん、ご一緒しても?」

「何の用ですか、不死川さん…。」

とりあえず単刀直入に済ましてしまおう、仮に締め上げられるとしても痛くないのがいいし。もう殴り合いなどごめんである、そもそもあの時は一方的に殴られただけだし。

だから俺はこれ以上抵抗する気は無い、昔のことを喋らないことで身の安全が保証されるなら喜んでそうするだけだ。

「い、いや。べ、別にお昼を一緒に食べたいとかそういう訳じゃないんだけど…!」

「それは、分かってます。昔の話ですよね。」

「そ、そう!お、いや私が、夜露死苦やってた頃だ。」

(夜露死苦やってた頃…?いや、ツッコむのはよそう…。)

「私と喧嘩した最後の相手、それが京くんでしたよね。あの日の事がお父様とお母様に見つかって、それから私は真面目に生きてきました。」

そういう話は聞いている、聞こうとしなくても流れてきたからな。

「だから、俺に過去を話して欲しく無いんだよな?」

人気者な今、過去の話をわざわざ蒸し返されたくないんだろう。

誰だって忘れたい過去はある、俺も元ヤンなのを知られたくないように。当然、不死川もそうだろう。

「はい…?それはどういう。」

「分かってる!もちろん話さないから!見逃してくれ!」

俺はあの一件以来懲りたんだから、何しようとか一切考えてない。そもそも過去の話は恨んでもなんでもない。俺が殴られて当然のやつだっただけだ。

「見逃すもなにも…。」

「それじゃあ、不死川さん…!」

三十六計逃げるに如かずだ。話すの怖いし、多分これだけで良いだろう…。話さないと言った以上、わざわざ絡んでくることもこれからない、よな?

とりあえず、そう判断して弁当を持ち出しすぐさま走り出す。

今日はもう便所飯にしてしまおう、さすがに男子トイレに入れるはずもない。それに、万が一こんなところを見られて、2人で会ってるなんて解釈を他人されたりしたら面倒だ。

俺だって、昔の事は忘れ去ってただ平穏に暮らしたいのだ。

なんでもない学園生活を望んでいるだけ、だから危ないものには近付かない。

もう二度と、不死川ありすにまともに関わってたまるか。痛い思いはごめんだ。

そんな俺は、走っている背中を引き留めようと力無く伸びた手と眼差しに気が付かないまま。

いつもより空気になろうと徹してその日を終えた。


†††


高校に入学して暫く経った頃、ようやく私の好きな相手が見つかった。

どうやら、彼は近くにある高校にそのまま進学したらしく、探し回ったというのに身近な場所というのがオチだった。

彼の居場所が分かった以上、もう我慢なんてしていられない。私はすぐに同じ高校に転入できるように計った。

そして運がよく同じクラスの生徒になれて、それだけじゃなく隣の席にまでなれてしまった。

まるで運命の糸に繋がれたみたいに、順調すぎるすべり出し。

「だったのに〜!!!」

あれから10日のたった朝。目覚めてすぐに私は思い返した現状を大いに嘆いていた。

あれから、まるで、関係が進んでない!

話しかけに行きたくても周りの人が邪魔でどうにもならないし、やっと二人きりに慣れたと思ったら逃げ出されちゃったし。

言葉を交わすことだって、全くできてない。彼は私のことを覚えていてくれていたけど、多分、そのせいもあって距離を取られてる。

本当にまずい、このままぐだぐだ時間が過ぎてクラスが変わるなんてことまで行ったら…。そしたらもう大した接点も作れないままに私は卒業して、お父様の会社を継いで、独り身のまま仕事があるからって言い訳して余生を迎えて…。

あー!なんて考えたくもない!

なんて沈んだ気持ちで通学路を歩く。私は彼の事を全くと言っていいほど知らないのだ。

だから、どう距離を詰めるかなんて分かりっこない。でも同じ学校に通えるように頑張ったのに、ここで終えるなんてしたくない。

そう考えて歩いている私は、あまり前を見ていなかった。

踏み出した1歩は赤信号、まずいと思った時にはもう一歩目を踏み出しかけていて。

「っ…!前見て歩けよ!」

直前、腕を強く引かれて、誰かの胸に体を預ける姿勢になる。声の主は、京くんだった。

という事は、私は今まさに彼の腕に抱かれて…。


†††


偶然不死川を見つけたと思ったら轢かれる寸前だった。

ぎりぎりのところで助けに入れたとそう思った瞬間、炸裂したのは掴まれた手を引っ張る形で威力の増された左ストレート。

あまりに自然な動作で繰り出されたせいで、俺は避けることも身構える事もないまま腹にその一撃を食らってしまう。

「ぐふぁ!!!」

元チンピラ三下役回りの俺、撃沈…。久しぶりの痛恨の一撃、流石と言うべきか怯えるべきか、まるで動きが鈍ってないんじゃなかろうか…。

あまりの痛さにそれ以上声も出せずそのまま俺はうずくまる。うっ、朝ご飯が出そう…。

「おっ、オレに何すんだ京!」

「こ、こっちのせりふじゃい…。」

気を抜いて歩いていた不死川を、関わりたくもないのにわざわざ助けた結果がこれなのはあんまりだ。

まあ、飛び出す直前まで助けるのを躊躇してしまった罰と言われれば、それも仕方の無い話かもしれないが。

「って!大丈夫か京くん…!?」

「だ、大丈夫じゃない…。」


†††


それから、わざとらしく距離を取る訳にも行かず、ただそれでも偶然を出来る限り装って離れてみようと試みつつ、一緒に通学路を歩くことになった。

まあ、離れてみようとしてもペースを合わせられて上手くいかなかったが。

俺としてはちょっと離れられればそれで良いんだが、不死川は隣を譲ろうともせずそれを俺はわざとらしく突き放すこともできなかった。

結局、教室に着くまで隣り合って歩くままで一緒に登校してしまった。

気恥ずかしくはあるが、同時に来ただけなら偶然としか周りには見えないはず。

むしろ変な動作をすればそれが不審に見えて疑われるかもしれない、あくまでも冷静にいつも通りの歩みで席に着く。

ただ平然であろうと緊張していたのはあっただろう、俺は周りの発言に気を止めてなかったんだ。

「なになに、一緒に登校するなんてどんな関係よ?」

なんてクラス内の声に意識を向けられなかった。

「そ、それは…えっと。」

今思えば、口ごもったタイミングで俺からなにか言えばよかったのだ。

ただ止められずそのまま不死川はそいつに詰められて『それ』を口に出してしまう。

「京くんとは、中学校の時に戦った仲なんです…。」

「へ…?」

俺がそんな間抜けな声を出すのと同時ぐらいに、教室中に驚きの声が上がった。

そこから、今までの高校生活で1番長い日が始まった。


†††


「ああああああああ!!!!!」

一限後、俺は速攻でトイレの個室に駆け込んでいた。

もう終わりだ…。今頃とんでもない話が飛び交ってるに違いない。

部屋の隅にいるようなクラスメイトが元ヤンかつ女子にボコられた過去持ちなんて黒歴史、どう転んでも悪い方向にしか行かない…。これからの高校生活はそれを弄られて惨めに過ごしていくんだ、最悪だ………。

それから蹲ったまま数分、チャイムが鳴るギリギリで教室に滑り込む。怯えつつ周りを見てみれば何やら好奇の視線でクラスメイト中から見られていた。唯一目を背けてくるのは不死川だけだ。

胃が痛い、正直、逃げ出したい。

そもそもなんで不死川はこんな時期になんでもない公立高校のここに来たんだ。

10日程度だけだがわかる、不死川は確実にこの学校の適正値を大きく上回るほど頭がいい。平均ぐらいのここに来ることなんて、よっぽどの事がない限り有り得ないんじゃないか?

そもそも転校自体が珍しいんだ、そして前の学校で問題を犯すような性格とも思えない。一体どんな理由であいつはここに来たんだろうか…。

再会なんてしなければ、いやこのクラスでさえなければ平穏でいられたんじゃないか。俺は不幸だ、なんでこんな風に人生を掻き回されなきゃいけないのか。

変わらずおかしな視線に揉まれながら、そのまま人から逃げ続けて、俺はなんとか昼休みを迎えた。


†††


あらかじめ、先生が終わりを告げる前に弁当の用意を済ませている。とりあえず、俺にできるのはほとぼりが冷めるまで誰とも関わらない生活を続けることだけだ。

まあ、何かしらの嫌がらせを受けることになるかもしれないが…。

出来うる限り最速で席を立って教室の外に出ようと試みる。が、席を立ってすぐに周りの奴らに止められた。

「そこで止まれ、京。お前にはここで食事を取ってもらう。」

「はい…?」

そんな言葉に戸惑っている間に、クラスメイトがわらわらと俺の周りを取り囲んだ。まるで尋問するかのような雰囲気だ。

身構えた俺に対して、そいつらは俺が座るのを確認するや否や、空気に徹すると言わんばかりに各々が距離を取ってきた。

ちょうど、俺を中心に円が出来るように人の空いた空間が何故か作られる。

いや、その中で1人だけ、モジモジしてその場に居座った人間が居た。隣の席の、不死川。

なんなんだこれは、いつの間に昼の時間に擬似的な二人きりの状況になるように話し合いがあったんだ?

戸惑いで硬直している俺に対して、またもや声がかかる。それも、隣から。

「あ、あの、京くん…。お昼一緒しないかい…?」

「お、おう…。わかった。」

とても断れる雰囲気じゃない。おおよそ30対1だ、断った場合のリンチ具合はそれは酷い有様になるだろう。

周りが協力しているっぽいのはなんでかはわからないが、不死川はこの前の続きがしたいんだろうか。きっと、まだ俺に話していない話があるんだ。

机を寄せられる、こんな状況じゃないならきっとそれだけでドキッとしたはずだ。

不死川は誰がどう見たって可愛い、隣の席なのもあってどうしても視界の片隅にいるもので。

だから、ふとした時にその仕草が見える。怖いと思う時があっても、それと同じくらい綺麗だと思う時がある。

例えばその金髪が日に当たって描く星の流れとか、薄赤い瞳の穏やかな色合いを眺めてみたくなる。

そもそも作り物めいて整った顔立ちは、俺とはどこか別の所にいるような気さえする。

いやむしろ、隣の席の俺が場違いなんだ。3年前だって、その可憐さに驚いたんだから。そこから少し大人っぽくなって、見惚れないわけがない。

そんな感情もあって、俺は不死川と話すのが苦手だ。怖いのに見惚れるなんて気持ちを抱く相手は初めてでやりずらい。

でも、固まっても居られないし食べ進めるしかない、か。

黙々と箸を動かす、こちらとしては気まずいんだがあれから一向に話しかけてこない。

もしかして本当に食べたかっただけなのか、だとしてなんのために?もしくは緊張してるとか?

なるべく、悟られないよう様子を見てみる。不死川は俯いていてまだ一口も食べてなかった。

変だ。なにかを考え込んでいる、というか思い詰めてるような。

昔のこいつは、もっと物怖じしないタイプだった。そんなに悩む何かが今あるんだろうか。

「えっと、食べないのか…?」

「あ、いや…。た、食べるさ。」

ぱく、ぱく、もぐ、もぐ。いや、何だこの時間…。

俺からもっと話しかけるべきか、そうすれば少なくとも不死川の気は紛れるかもしれない。

食事をすることを持ち込んだんだから話しかけにいってダメなことはないよな?

「なあ。」

「はっ、ひゃい!」

「何か言いたいことがあるんじゃないのか…?」

どうせもうクラス中が態度を変えてるんだ、なら気になるところはとことん問い詰めて、せめて納得しなければ気が済まない。

ただ、むしろ不死川は押し黙った。

というか、泣き出した。

「え…?ど、どうした?」

困る、泣かれるなんて思わなかった。俺のせいだろうか?そんなに一緒に食べるのが…?

いや、誘ってきたのは不死川だし。もしかして、それもクラスの奴らにやらされたのか?

分からん。でも、泣き続けてる相手を無視するのは、嫌だ…。

「悪い、不死川。」

誤解だとしたらもっと酷いことになるんだろうな、なんて考えをどこかに押しのけて。

必要なのは2割ばかりの諦めと、それ以上の覚悟、あとはまあ勢いが何とかしてくれるだろう。

立ち上がっては不死川の手を取った。俺は迷わずにその手を引いて、教室の外へと連れ出していく。

「へ、ふぇ…?」

困惑した不死川の声と共に教室内に驚きの声が上がって、焦る気持ちが募らせながらも後ろの不死川に振り向いた。

「走るぞ、不死川!」

「え?は、はいっ…!」

とりあえず目指すのは2人きりになれる場所だ。なら、屋上前の階段か。

教室を出て追っ手を確認、まだ驚いたまま固まってるのを視界の端に捉える。

互いに少し息を切らしながら駆け上がって最上階までたどり着く。ただ振り切るには至らなくて向かってくる足音が下から聞こえてきていた。

ここまで来たはいいが、もうこの先に逃げ場がない。

声が近付いてくる、どうしたものかと頭をめぐらせつつも俺は不死川の事を見た。

ここで捕まれば場所を変えただけで何も意味が無い、なんでこんなことになってるんだか。

そんなことを考えつつもまだ涙腺に残っているそれを見てしまう。

あーもう、もっかい覚悟決めてやる。こうなりゃ一か八かだ。

駆け足で近付く足音を背にして、平等にすり減る時間を感じる。

最上階は音楽室とその準備室、それ以外は空き教室だ。そしてそのどれもが鍵がかかった部屋で出入りは出来ない。

だから、迫り来る足音に対して、結局どうすることも出来ずただ受け入れるしかない。


†††


「………。」

本来ならの話だが。

「行ったか…?」

こっそりと、扉を開けて外の様子を確認してみる。良かった、もう居ない。

ギリギリのところでピッキングが間に合った。犯罪でしかないしお披露目したことも無い特技だが、この瞬間だけは許して欲しい。

「っと、悪い。」

ギリギリで空き教室に滑り込んだから不死川に説明する暇もなく、咄嗟に騒がないように口元を抑えてしまっていたんだ。

「いやぁ、デリカシーなかったな俺。悪かった、反省してる。」

あまり顔を触られるのは女の子としてはよろしくないだろう、今後はもっと気をつけなければ。そもそも近付くシチュエーションが想像つかないが。

何はともあれ、とりあえず2人きりにはなれた。涙は引いているが、代わりに顔が赤い。走った後だからだろうか?それとも、怒ってる…?

まあ、それも聞き出すしかない。

「京くん」「不死川」

互いを呼び合う形で、声が重なった。

「「あっ…。京くん(不死川)の方から!」」

またしても言葉が重なる、とりあえず息を整えよう。互いに混乱してるんだ、だから思考が単純になってるだけ。

邪で仕方がないが、こっちはまだ口元の感触が手に残ってる気がするんだよ…。

今度は同時にならないようにジェスチャーで不死川に促して、俺も顔が赤くなってるのを自覚しつつ向き直った。

「京くん。」

「おっ、おう。」

変な雰囲気だ、まるでこれからそうなるような。そんな気持ちにさせられる、そんな予感めいたものを感じる空気がある。

いや、冷静に考えろ。そんな訳が無い、接点と呼べるものは一つだけ、それ以外は何もお互いを知らないじゃないか。

でも、思いをめぐらせてみれば、説明がつくのに気がついてしまった。

食事を取りたがったり、関わろうとしてきたのはそういう理由じゃないかと。

あー、意識し始めたら妙に不死川が色っぽく見える…。落ち着け、有り得ない話だ。そう自分に言い聞かせよう。

心臓がバクバクいっている、やっぱり、落ち着くのは無理そうだ。

「京、くん…。」

「っ…」

声が甘い、唇がやけにみずみずしい。不死川の呼吸さえ熱っぽい気がする。

勘違いじゃなく、不死川は…。そんな予感が確信へと、変わる。

「すき…。オレは、京くんのことが、好き。」

やばい、なんてもんじゃない。頭がのぼせそうだ、心臓が全身を叩いてるようにも感じる。

でも、なによりも、目の前の不死川が可愛く見える。

この雰囲気に当てられたんだろうか、それとも、俺も…?

「京くん、好き、好き。」

「し、不死川、顔が…」

近い、前のめりになってそんなに近付くもんじゃない。後ろは壁だし下がろうにも出来ないし、このままだと。って、あいつ、目を閉じて…。

「んっ…」

「うっ。」

このままじゃ、唇が触れて…。

「あ!見っけた!」

「「!?」」

この雰囲気に割り込んだのは、クラスメイトの声。

そうか、さっきは物陰にいたから外から見えなかったけど、位置がずれて窓から見えるようになったのか。

まあ止まったんならこれで良かった、のか…?泣いてた理由も、恋愛感情の話でいいんだろうか。

なら、クラス内で示し合わせて不死川を標的に、は流石に俺の勘違いで。俺が居ない間に俺への好意が周りにバレてって、事?

まあ、筋は通ってる気がしないでもないが。

「いやー、まさかこっそりイチャついてるなんて。」

「ちゃ、ちゃうわい!」

ガヤの声がうるさい、いちゃついてなんかない。そもそも、俺なんかじゃ不死川と釣り合わんわ!

「違う、の…?」

「うっ…」

不死川に袖を掴まれて嘆かれるのは、弱い…。

「まあ、そうだよね。オレとじゃ…。」

「うっ、あ、えと…。」

あー、泣かれそうになるのはやめてくれよ…。

「違くない…ぞ。」

「そ、そっか…!」

あからさまに嬉しそうにされると調子狂うな…。というか、いつものテンションと違くないか?不死川。ハイになるとかそういうのだろうか。

それから、教室に戻ってからの時間。もちろんいじられたのも、何かと不死川が応援されたのも、俺がやたらと貶されたのも。

まあ、最初覚悟していた方向性とは随分真逆の精神疲労を煩わされた。

そうして、第三の、と言うべきだろうか。そんな転機を迎えて、しばらくした後に俺と不死川は付き合ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元ヤンありすは恋も上等!? 白月綱文 @tunahumi4610

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画