第24話 甘えていいんでしょう?
共鳴度という名のハートが増えていくのは全然いいのだけれど…。二人がどういう理由でハートが増えたのか、肝心のそれがいまいち掴めていないのが現状で…。
まぁ、ナズナさんは瘴気の浄化が大きかった気がするけど、ゲンナイさんに至ってはさっぱりと言っていいほど身に覚えがない…。
あれかな?一緒に甘味食べに行ったのが大きいのかな?甘味好きっぽいし、好きなものを一緒に食べたことで、ついでに私の好感度も上がったとかかな…?
ふっ、そんな馬鹿な…と自嘲気味に笑う。
あの博識っぽいゲンナイさんの脳みそは、そんな単純ではないだろう…。
そもそもこれまでの私の人生、恋人もいたことなければ、特別仲の良い友人もいなかった。
ただ毎日生きることに必死でそんな余裕なんてなかったし…。特定の誰かと親しくなるのって……
好感度上げるのって実際どうすればいいの?
そんな事をうーんと悩みながらも、私は事務室でサダネさんに言われた雑用をこなしていた。
昨日の甘味のおつかいから一夜明け、もうさすがに大丈夫か。とお許しが出て雑用の仕事をさせてもらっている。
さすがに何もせずただ寝てるだけというのはキツイものがあったし、ただで飲み食いしているようで心苦しかったから、雑用でもなんでも手伝わせてもらえるのは心が平和でありがたい。
こういう考えが既に社畜精神というやつなのだろか。でももはや性分なのでどうしようもないな。
貿易関係の書類に目を通すたびにこの世界の需要物や町の名前や場所などもだんだんと覚えてきたし、情報収集の方も順調だ
どうやら今いるこの町『マナカノ』がこの世界で一番大きな町らしい
「由羅さん休憩にしましょう」
時計を一瞥し、ガタリと席を立ってそう言ったサダネさんに頷く
「昨日カスミソウで買ってきた甘味食べますか?」
半分以上はゲンナイさんの部屋へ吸収されてしまったけど、いくつかならまだ残っていたし、と尋ねてみれば「そうですね」とサダネさんは頷いた
「では持ってきますので由羅さんは座っていてください」
「え?いやいやサダネさんが座っててください!」
前から思ってたけど本当この人動きすばやいな。
なんでも自分でやってしまうことが多いし。いつのまにかサダネさんのお世話になってしまう事が多々あるし。さすがに働きすぎでしょうこの人。相変わらず顔色悪いしね…
腑に落ちない表情のサダネさんを、無理やり応接室のソファに座らせて私は台所に急ぐ。
なるべく素早く甘味とお茶を用意して戻ったはずだけど、サダネさんのその手には書類が握られていた。
(こ、この人は…)
「サダネさん!休憩の意味わかってますか?」
「え、あぁすみません。私にかまわず由羅さんはゆっくりしてもらってかまいませんよ」
「そうじゃないです!」
ぺいっ、と書類を奪い取ってデスクに戻す。本当この人だめだ。根本から教えないとだめだ。
「私の把握してる限り今、急を要する案件はないはずです!」
「そ、そうですが」
「だったら休んでください…ここに来てから顔色のいいサダネさんを見たことないですよ私。ちゃんと休むのも仕事のうちです」
「はいお茶です」と手渡したお茶をサダネさんは受け取り、ソファに深く座り直した。
どうやら私の説得に負けてくれたらしい。ゆっくりとお茶に口をつけたサダネさんを確認してから私もソファに腰を下ろす
「…おいしいですね。誰かの淹れてくれたお茶を飲むのは久しぶりです」
いつもサダネさんが素早くやってしまうから、付け入るスキがないんだろうなぁ。と普段のサダネさんを思い浮かべながら小さく苦笑して私もお茶を飲む。
最近はさらに寒くなってきたから温かいお茶が身に染みる
その後、甘味も食べてくれたサダネさんにほっとしたのもつかの間に、そのすぐ仕事に戻ろうとする気配を感じ、私は素早くサダネさんの肩をグッと押さえた
「由羅さん?」
「ちょっと目を閉じててくださいね」
怪訝な顔をするサダネさんを安心させるためににっこりと微笑みながらソファにクッションを置き、そこにサダネさんの頭を置くと私は用意していたホカホカと暖かいタオルをサダネさんの目にあてがった
「!」
「どうですか?」
「これは…気持ちいいですね。湯で温めたタオルですか?」
「はい、少し目が充血しているようだったし、疲れもとれるかな、と」
「初めての感覚です…風呂に入るとも違う…本当に疲れがとれるようですね…」
だんだんと言葉尻が小さくなるサダネさんに、もしかして眠くなったのかなと急いで居間から毛布を持ってきてその体にかける
「う…」
僅かに手が動き、起き上がろうとする気配を感じたのでその手をガシリと掴み、それを阻止。
ソファに横になっているサダネさんの傍らに座り、右手でサダネさんの手をしっかりと握り、左手はあやすようにサダネさんの胸をポンポンと優しく叩いた
心の中で「ねむれ~ねむれ~」と子守唄を唱えてみる
睡魔と仕事で天秤が揺れ動いているようなサダネさんのふらふらと動く手をすべて阻止して暫くすれば、観念したのかサダネさんは微動だにしなくなった
眠ったかな?
良かった。とほっと息を吐きながら、サダネさんが寝てる間に仕事を済ましてしまおうと応接室を出ようとしたところで、聞こえてきた声に私はピタリと足を止めた
「不安なんです…」
小さく、か細く、聞こえた声に振り返れば…
ソファにさきほどとまったく同じ体制のまま動かないサダネさんがいて、気のせいか?と頭を過ったけど、すぐにまた小さな声が聞こえてきた
「何かしていないと、誰の役にも立てていないようで…」
「…サダネさん…?」
「自分がだれにも必要とされていないことを突きつけられているようで…」
どうやら寝言ではないらしい。
私は再びソファに近寄り、横になっているサダネさんの傍に膝をついた
「物心ついたころには下僕として売られていて、いろんな家を渡り歩いていました」
親の顔も知らず、愛情というものが何かわからず生きてきた。
使えない、役立たず、とののしられるのが日常で
誰かと会話することもなく、誰かと食事をすることもなく、ただ一人で命令されたことを機械のようにこなす日々…
「5年前、時成様に救われてから…生活も落ち着き、トキノワの皆にも良くしていただいて…。もう慣れないと、とは思っているのですが…俺はどうも人との距離がわからないようで…。すみません…。こんなこと…由羅さんに優しくされて…つい甘えてしまったようです」
目の上のタオルを取り体を起こしたサダネさんが申し訳なさそうに「今のは聞かなかったことにしてください」と呟く。
そんなことできるわけないでしょう…。だって、サダネさんの気持ちが痛いほどわかる…
「わかります」
「え…?」
「私もそんなことをずっと思って生きてきました」
幼いころから人付き合いが下手で、自分の感情のコントロールが下手で…。大人になって少しは覚えたかと思っても…
誰かに必要とされたいとか、誰かの役に立っているんだと感じたいと思うのは変わらなくて…
まぁそれが行き過ぎたせいで社畜になってしまった感は否めないけど…
「サダネさんが…そう思うのは当たり前です。それほどつらい経験をして人の情というものに触れずに過ごしてきた。サダネさんは…わからなくて当たり前なんです」
「謝ることなんてありません。焦ることもありません。人の為にしか生きてこれなかったサダネさんの人生は5年前にやっと始まったばかりなんです。サダネさんは今、赤ちゃんも同然です」
「あ、赤ちゃん…?」
「はい。だから自分のできる限りでいいんです、皆に甘えまくりましょう。きっと皆もそれを待っているし、当然のように受け止めてくれますよ」
「そう…でしょうか」
「たった数日しかサダネさんと過ごしていない私がもうすでにサダネさんに甘えてほしくてこんなことをしたんですから。もっとたくさん過ごしてきた皆は、もっとたくさん甘えてほしいと思っていますよ」
「そうすれば、不安に駆られることもきっとなくなるはずです」と安心させるようにサダネさんの手にそっと自分の手を添える。
下僕として生きてきたサダネさんが、今までどんなに辛い日々を送っていたのか…想像することすら平和な日本で生きてきた私にはできないけど
どうか過去のことに囚われることなく未来に目を向け生きてほしい
本当のサダネさん自身を見てくれる人がいることを知ってほしい
もう少し、寝て下さい。と笑うと、サダネさんが小さく笑った気がした
目を閉じて体をソファに預けたサダネさんを見てから
添えていた手を離そうとすると、逆に手をグッと握られて(え?)と驚く。
「眠るまで、こうさせてください」
「甘えていいんでしょう?」とまっすぐこちらを見て言われたその破壊力に
私は心の中でグハッと吐血した
やっぱりこの人イケメンだわ…
そんなことを脳内で関心しながらも、赤くなっているだろう顔のまま
私はコクリと小さく頷くことしかできなかった。
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