独立行政法人学校祭実行委員会

立原 千明

第1話 生徒議会前編

「これをもちまして第一回学校祭実行委員会を終了します」


副委員長である緑山あかねがようやく閉会を宣言した。もう昼休みが始まってから30分が経とうとしている。次から次へと押し寄せる情報の波に飲み込まれ今にも溺れそうになっていた昴はようやく息をすることができた。一礼をし各クラスの委員は、急ぎ足で教室を後にしていく。もうあと休みは10分しかないのだ。


「昴君、彩香さん、改めてだけど1年間よろしくね」


あかね副委員長は、昴と相方の松本彩香まつもとあやかに声をかけた。あかねと委員長であるしゅんいちは、昴たちの縦割りチームの2年生の先輩でもある。


「いろいろ最初から覚えることが多くてごめんね」


「いえ、大丈夫です」


昴は、先輩に迷惑をかけるわけにはと形式的に言葉を返した。


「それじゃあ早速なんだけど、会計の昴君には放課後の議会までに前回の議事録読んでおいてほしいな」


あかね先輩の優しい声とは裏腹に昴の目の前に分厚いファイルが積み木のように重ねられていく。


「えっと...これを放課後までにですか?」


普段は、あまり驚かない昴だったが、思わず困惑の声が漏れてしまった。


「あかね、後輩をいじるのはほどほどにしてくれよ」


しゅんいち委員長があかねの肩をポンとたたいた。あかねは、ばれたかという顔をしながらその山から一番薄いファイルを引っこ抜いた。


「驚かせてごめんね。会計としてこれに目を通してくれるとありがたいな」


とはいえ、この日のうちに昴はさっそく後悔することとなってしまった。学校ここにおいて役職はその箔の重さを乗数倍したくらい激務なのだ。


「昴君頑張って」


相方は、にこやかに手を振るとあらかじめ持ってきていた教科書を片手に教室を去っていった。まったくなんて準備のいい奴なんだ。ああいうやつが会社で仕事ができるのだろう。昴はファイルを片手に教室を飛び出した。次は移動教室だ。



放課後、昴の姿は、図書室にあった。決してさぼっているわけではなく図書室が議会の代わりになっているからだ。対をなして設置された机の片側には各クラスから2人ずつ選ばれた生徒議員が、それぞれふかふかな椅子に腰かけ、ずっしりとした立派な名札が机におかれていた。居場所を奪われた図書委員会を除いて、各々が1文字も逃さぬような勢いで資料をなめまわすように読んでいる。もう片方には生徒会執行部を中心に各委員会と部活動の代表者が4人づつ同じく腰かけていた。昴は、補佐ということで、代表者の列の一つ後ろに座っていた。もし万が一、一列目に座らされることがあれば、空気に押しつぶされてしまっていただろう。「何も緊張しなくていいよ」しゅんいちは、そう言うと少し眠たそうにあくびをした。昴の隣にはもう一席用意されていたが誰かが座る様子はなく、春分から一カ月たった太陽の光が閉じられたカーテン越しに真新しい昴の学ランを温めていた。


「静粛に。ただいまより生徒議会予算編成会を開催します」


議長が木製の金槌をたたき開会を宣言した。


「開始にあたり、本日議会進行を行うのは、私こはると副議長小太郎が行います」


二人とも三年生の中で順位が10番台のつわものである。進学できない高校などないに等しい程の秀才だ。

 細々とした注意事項や諸連絡の後、議会は、予算編成へと突入した。


「生徒会会計中島君、今年度予算について説明してください」


中島祐介なかじま ゆうすけその名前を知らない生徒はいない。タカ派として知られる本生徒会の象徴ともいえる逸材である。前年度の後期第一次藤倉生徒会では、放送委員会の偽計を暴き、学校中を巻き込んだすったもんだの末放送委員会を解散させ、芋づる式に癒着のあった情報委員会を同好会とクラスの係りへと格下げさせた人間である。彼は、引き続き第二次生徒会でも会長 藤倉伸介ふじくら しんすけと共に予算の引き締めを公約に当選している。


「資料の通り本年度の本予算は、生徒1人あたり六百円を徴収した三十万六千円を見込んでいます」


そういえば、入学式の際に謎の六百円を徴収されたが多分これのことだ。


「例年、各部活動および委員会の必要のない備品更新を予算に組み込み過大請求をすることが絶えませんが、発見しました際には厳正に対処しますのでよろしくお願いします」



それから始まった予算編成会は、全く凄まじいものであった。良く言えば、『民主主義democracyは素晴らしい』といったところだろうか。予算編成会が始まると議員たちによるメスのように切れ味の鋭い質問の飽和攻撃が繰り広げられ、各委員会、部活動は地の果てまで追及された。予算案は、遥かに予算を超えていたのだから仕方がない。

まず最初に、血祭へと挙げられたのは図書委員会だった。図書委員会が提出した”図書室活性化に関する予算案”に含まれていたこたつとコーヒーメーカーを図書室に設置する案は速攻で却下された。場所を明け渡したからといって容赦はないのだ。ついに精神を行ってしまったのか図書委員長は当然立ち上がるやいなやこう叫んだ。「この河童どもめ!」そう言うと図書委員長は倒れた。まるで分かりきっていたかのようにあらかじめ置いてあった保健委員会の担架に乗せられ、手際良く搬送された。


その保健委員会にも、疑惑の矛先が向けられた。内容としては、石鹸とトイレットペーパーに関する水増し疑惑だ。A生徒議員によると、昨年度の本予算ではなく、消耗品に関する学校の事務局会計への報告に際して、価格を改ざんしその差額を着服していたというのだ。だがこれに関しては、証拠不十分とされ差し戻し動議が可決されたうえで保留案件となった。何より驚くべきは、保健委員長は追及を受けつづけても一切動揺しなかったということだ。保健委員長は、”鉄の女”であった。昴は、彼女のことを”サッチャー”と呼ぶことにした。


素晴らしい民主主義の中で予算を満額死守するところもあった。一つ目は、部員数学校一の科学部である。予算に関する疑惑云々の前にこの部活には、会則によるところの破壊活動およびテロ工作並びに、大量破壊兵器の所持の疑いがかけられていた。風紀委員会によると、一昨年の投石機トレビュシェットによる体育倉庫破損事件に続き昨年度は、電磁砲の試験中に二宮金次郎像を破損させた疑惑が持たれていた。

 だが風紀委員会によるバックアップも虚しく、科学部の「偶発的な不慮の事故であり、処分及び再発防止案を提出する」という何とも怪しい文言によって『本年度の予算案において不審な点が見当たらない』と結論づけられた。

 ただし、風紀委員会の申し立てを鑑みて、生徒議会会則第六項二節に則り監査要員を派遣することとなった。その間、聴席からヤジが飛ぶことが幾度かあったが、すぐに子猫のようにつまみ出された。そんな部活動をまとめ上げるテロリストの長は、まさに豪胆という言葉が、適切な男だった。学ランをコートのように羽織り、毎週噂になる大胆な行動とは裏腹に凛とした顔の奥底に秘められた真の思惑は誰にも探ることはできない。まさに何をしでかすかわからない不思議な男だった。

そしてやはり風紀委員会は、強かった。質問者は、委員長のマンパワーに圧倒されろくに質問できないか、校則違反と言うなの制裁を恐れてだんまりを決め込む有様だった。


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