第11話 

「貴方のことが、貴方の声が大好きで、寝る前に毎日聴いていたのっ!」


「え?は?おま、それってどういう……」


 しばしの沈黙とともに、呆気にとられる、春貴さん。

 半ばパニック状態に陥った私は、うっかりとんでもないことを口走ってしまいました。

 ですが、一度語り出した私は、止まることができません。


「貴方のことが大好きですっ!私と恋人になってください!」


「え、あ、はい……」


 きゃあっ!

 とうとう言って、言ってしまいましたよっ!

 自棄になって、つい本心を口にしてしまいましたが、よりにもよってこんなタイミングとは、もう絶望的……


 って、あれ……?


「……えっ?いいんですか?」


「……あ、ああ……」


 若干引き気味の表情でしたが、頬が赤くなる春貴さん。


 い、いま……恋人になるって……

 私の恋人になってくれると、おっしゃってくれたのですよね!?


 おそるおそる春貴さんの表情を確認すると、先ほどまでの負のオーラは消えており、困惑の表情とともに頬がほんのりと赤くなっていました。

 そんな可愛らしい表情を見て、私の気持ちは高ぶるばかり。


 興奮した私は……


「じゃあ、そういうことでっ!」


 慌てて玄関のドアを閉めました。






 ああっ!!!

 何をやっているのでしょうか、私!


 春貴さんと面と向かっていることに耐えられず、恥ずかしさのあまり逃げ出してしまいました。


「はあ、はあっ……」


 まだ、胸のドキドキが止まりません。

 正直、まだ信じられません。

 こんな幸せが、あって良いのでしょうか。

 だって私は、春貴さんに無断であんなことやこんなことをしていたのです。


 ……そうです。私はいけないラインを踏み越えてしまったのです。

 こんな私に、恋人になる資格なんて……




♢♢♢




 翌日、休日であったため、俺は千秋を呼び出して話し合った。

 ……連絡先を知らなかったので直接お隣へと伺うと、ゆでだこのように顔を真っ赤にした千秋が部屋から出てきたのである。


 正直に言えば、驚きの展開の連続で、俺は今でも現実を受け入れられていない。

 長年の憧れからすっかり拗らせてしまったのだろう。

 千秋という存在が脳内で神格化されてしまっていて、まさか俺のことを好いていてくれたなんて、本当に信じられない。


 そして、それだけではない。

 まさか千秋にあんな趣味が……


 素直な彼女は、今まで俺のことが好きすぎるあまりストーキングしてしまったり、俺の声を盗聴していたことを改めて自白した。

 まあ昨日もその上で告白してきたのだから、おそらく自棄になって、ダメもとだったのだろう。

 俺が千秋の告白を受け入れたとき、彼女は心底驚いた表情をしていたし。


 ぶっちゃけ、俺は千秋の趣味を理解できたわけではない。

 少し恐怖を覚えたのも事実だ。

 しかし、だからといって千秋を振る選択肢などなかった。


 なぜなら、俺もまた千秋を愛しすぎてしまっていたから。

 部屋にツーショット写真を飾り続けていたことをはじめ、エ〇チな書物を一掃して以来は脳内の彼女にお世話になっていたなど……死ぬまで言えない秘密だ。


 だから俺は、千秋の趣味を無理に辞めるようには言えず……仕方なく、俺の許可があれば声を録音して良いというルールを設けた。

 それを聞いたときの千秋の、ぱあーっと晴れやかになっていく表情は忘れられない。

 あまりに可愛らしくて、内容が内容でなければうっかり惚れ直してしまうところだった。

 まあ、惚れ直したんだけどな。


 それから俺は千秋にいくつか命令された。


「好き、って言って」

「可愛いよって、お願い」


 ボイスレコーダーを手にした好きな人を前に、あれこれと恥ずかしいセリフを言わせられるのはまるで拷問だった。

 ……まあ、仕方ない。

 これは交渉だ。

 もう少し千秋の心が開いたときには、今回の件をダシに俺もあれこれとお願いするとしよう。


 ところで千秋の心についてだが、彼女は俺の知らない間に、すっかり男性が苦手になってしまったようで、男女のスキンシップ等は暫く控えてほしいとお願いされてしまった。

 いきなり最初にそう宣言されるとなると、不安な気持ちが押し寄せてきたが……

 しかし、千秋としてはむしろ俺とはそういう関係を希望しているようで、ただ心の準備ができるまでは待ってほしいとのことだった。


 彼女の話を少し聞いた限りでは、どうやら男性をケダモノのように思っている様子。

 そう考えるようになったきっかけが何であったかはとても気になるが、無理に聞き出すのは良くないだろう。

 もし、千秋の元カレが何かしたとかだったら……


 ううっ、想像しただけで吐き気が……


 大切な人が過去に、知らない相手に粗末に扱われていた可能性を想像するとどうしようもなく切なくて辛い感情が湧き上がってくるが、こればかりは仕方のないことなのだろう。

 臆病になって恋愛から逃げる人生を選択した俺の落ち度でもある。

 千秋の初めてを貰えなかったことを含めて、はっきり言ってものすごく辛いけど、こうして千秋と再会して恋人関係になれたことを今は喜ぶしかない。


 彼女が言いたくないのであれば、こっちが過去を詮索するわけにもいかないし、いつか真実を語ってくれるまで黙って待とう。

 千秋も、俺のことが好きだから頑張りたいだなんて、健気なことを言ってくれたことだし。


 そう思いながら、俺は壁に背を持たれる。

 ……おっ、始まったな。


「……あんっ、ああんっ……♡」


 ところで俺は、このアパートの壁が薄いことを千秋に教えていない。

 その方がちょっと面白いからだ。

 彼女の我儘を許してあげたことだし、これくらいの意地悪は、良いよな?


「好きだ」

「可愛いね」


 しかし、改めて自分の声を聞くと、なんだか違和感があるな。

 千秋に言われるまで、自分の声だなんて気づきもしなかったし、言われたところで不思議な感じがする。

 そして恥ずかしい。


「はあっ、はあっ……」


 しかし、俺の声を大音量で流しながら、彼女はいったい何をしているのだろうか。

 ちょっと聴いて楽しむだけだと本人は言っていたけれど。


 いかん。

 俺もなんだか変な気分に……




 俺もボイスレコーダー買おうかな。

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