Episode1.第二の世界で第二の人生を始める


 超大型オープンワールド型MMORPG、世界的に桁違いの人気を誇るそのゲームの名前は――ArkNOVAアークノヴァ

 全知のAIが過去現在に至るまで存在した人間たちの人格・思想・人生・歴史そして神話や童話などの架空的物語までもを記憶し、NPCや魔物に完全な生物としての意識・感情を植え付けた。

 その成果は絶大的であり、結果としてNPC・エネミーは事実生きていると錯覚するまでに至った。


 そうして世に売り出されたArkNOVAには総勢十億人近くのユーザーがプレイする様に成り、初期当時は過去類に見ない伝説的ゲームと噂されたが、その難易度からか徐々にユーザーが離れてゆき最終的には過疎ゲーと化しその栄光に幕を下ろした。


 だが唯一国を築き最強と成った一人のプレイヤー――“VCIIブイシーツー=ViViヴィヴィ”はサーバーが終了するその最後の瞬間まで一人王城のテラスより自身の築き上げた国の街並みを眺め続けた。

 そしてサーバーが落ち、現実へと戻った彼の身体には多くの管が繋げられ、今や死の淵に立っているも同然の状態であった。


 嗚呼、これは死んでしまうな…醜くも無駄に足掻いてみたはいものの、唯一の拠り所であった第二の世界が消え去った今、肉体以前に俺の精神的な面に於いて最早生きようなどという気力が湧いて来ない。

 正体不明の病に侵され手の施し用、打つ手無しと通告され、眼前が暗闇に覆われた中で生きる希望となった世界が消えたと言うのはどうにも、心に来るものだ。


 願い叶うので有れば、ArkNOVA第二の世界にて新たな人生を謳歌したいものだ…

 

『その願い!この私が叶えてあげましょう!』 

「…は、て。死神…が、迎えに来るとは…驚いた…」


 どこよりともなく聞こえて来た声は幼い少女に近く、声色から無邪気な性格が読み取れる。僅かに動かせる目で辺りを見渡すが、人らしき影は一切無い。


『…ちょー死にそうですね』 

「嗚呼…呼吸…すら、難しく…な…」


 死の間際、走馬灯を見ると耳にはするが、よもや死神が現れるとは思いにもよらなんだ。されども幻聴――


『幻聴じゃねーですよ』

「……」

『今日は謝罪と、お詫びの品を持ってきたんす』


――…VCII=ViViさん。


『貴方が今病に侵されているのは、女神である私の失態です。故に、謝罪と共に貴方の望むその全てを叶える為、この場へやって参りました』


 声色が無邪気なモノから、礼儀正しく透き通る音に変わった。

 よもや神であれど、女神などと大層な者だとは思わなんだ。ましてや幻聴では無いとは…

 

「…神、と言え…ども、生きているのであれば…幾度の失態は、致し方…無きこと……」

『あっまあまっすね…貴方が願うはなんすか?』


 俺が今願うべき事柄…口にすべきは第二の世界にて第二の人生を謳歌する事。されどどう思案した所でゲームの世界に変わり無い。

 喩え神と言えども不可能は有るのだろう…然し願うは無料。叶う可能性が低くとも――


「俺が…望むは……」

 

――ArkNOVAの世界へ


 VCII=ViViの言葉に、女神と名乗った少女がニッ目に見えないながらに笑う。


『その願い!完璧に叶えさせて頂きます!ですが時差が五百年程発生します。それでもいいっすか?』 

「…嗚呼…叶うので……あれば…」

「では、貴方の第二の人生に幸あらんことを」

 

 

 ▼


 ArkNOVAの世界にある深い森の中、一人の男が眠るように横たわっていた。淡藤色の髪、細い身体に白い肌、背丈は180前半、年齢はパッと見20代前半だろう。

 どうやら意識が戻ったのか、緩りとその身体を持ち上げる。


「…嗚呼。これはなんとも、実に心地の良い事か」


 最早二十年以上と感じ得ること叶わずにいた太陽の暖かみと肌に触れてくる自然の風。掠れた声も元に戻っている。身体も実に軽い。

 常に寝たきり状態であった生前では決してできる事の無い動き、仮に動けたとしても不可能な動きも可能だとは…病の元凶たる女神には感謝しなければならんな。


「ふむ。では試してみるか」

 

――第九界域魔法:水鏡


 ViViが脳内で魔法を唱えると、眼前に水の姿見程の鏡が現れた。


技能スキル、魔法の発動に問題は無いようだな。姿形にもArkNOVAのモノとは、感謝しきれんな」


 違う点を考えるのであれば、魔力総量が確認出来ないという事のみ。だが問題なく身体で感じ取ることが可能性、底を感じられぬのが少々恐ろしいところか。 

 

「はてさて、目指すは何処がいいか…いや一先ずは森を抜けねばならぬか…」


 見渡す限りの森、長年現実にて感じ取ることの叶わずに居た身であるとは言え、こうも代わり映えしない中にいれば頭が痛くなる。

 何よりも俺は 世界を周りたい。此処は五百年後のArkNOVA世界、如何程変化をしたのかが何よりも気になる。


 

 それより森を彷徨い始めて二時間程が経った頃、ViViは一応村を見つける事が出来た…のだが、


「ぐギャッ!ぐギャグギャッ!」


 なんとも運の悪い事か、ViViの見つけた村は人間の住む村ではなく、小鬼ゴブリンと言う下級の魔物の巣食う村であった。

 規模からして小鬼ゴブリンの数は三百と少し、どうやら村は元の古い村を土台として砦のように粗雑であるが改造しているようだ。

 

「話が通ずるかは分からんが、試して見ねばわからぬゆえな」


 ――第三界域精神魔法:言語の理解トランスレーション


みな、俺の言葉が――』


「ぐぎゃァァァッ!」

「ぐぎゃッ!グギャグギグキャッ」

「ギャギャ!」


「…矢張り意味は無しか」


 今ViViの使用した魔法は魔物や動物と言った相手と会話する事が可能になるモノなのだが、残念な事に小鬼ゴブリンには大した効果が無いようだ。

 外見が人間に近くとも結局の所は魔物であり、話が通じないのはおろか寧ろ怒らせたようにも見える。

 

「儘ならぬな」 


 何やらViViから圧を感じたのか、群れの内の数匹が一際巨大な家へと駆け込んで行く。規模からしてボスであるのは間違いないだろう。

 そうして建物から出てきたのは体調2m半はある巨大な小鬼ゴブリン、の中でも上位種である小鬼の王ゴブリンキングであった。

 

「…これはこれは、また随分と懐かしき者か」


 ArkNOVAには強さの段階として十二段階存在し、小鬼の王ゴブリンキングは下より三番目に位置している。言ってしまえば初心者様のボスである。

 だが小鬼の強味は個々の強さでは無く群れとしての強さであり、その繁殖速度は規模にもよるが最低でも一日に三匹、規模が大きければ最大で百匹を一日に生む。

 過去、中堅クランが一万以上の小鬼ゴブリンの群れによって蹂躙された事すらある。


「ひとつ聞くのだが、お前は言葉が通ずるか?」

「キサマノヨウナニンゲントハナスコトナドナイ」


 片言ではあるが、先程の魔法が機能し問題無く言葉が理解出来るようになる。超えの質感はゲームと大きく違い気持ちの悪い程にリアル、身体の肉質も臭いも不快感を酷く感じてしまう。

 ViViの築いた国は他種族国家だが、小鬼ゴブリンだけは欲に忠実すぎるが為に入れ込むのが不可能であった。

 都市内に於ける痴漢に強姦未遂に窃盗、殺人etc…故にViViは国の騎士団を動かし各都市のみならず村近辺に至る迄小鬼ゴブリンの村を徹底的に排除した。 

そのレベルで小鬼ゴブリンと言う存在魔物は害悪であったのだ。


「ニンゲン、オマエタチハスグコロシニクル。ダカラオデタチモコロス」

「そうか、その思考嫌いでは無いぞ。俺も容赦はしない」


 物は試しだ、辺りに人の気配はない。強めの魔法を試すには打って付けだ。


 ――第一界域魔法:銀世界


「ッ!」


 刹那の瞬間、小鬼ゴブリン小鬼の王ゴブリンキング、村そして森そのものまでもが凍りかせる。そこは正しく銀色に染った世界。

 ViViの吐く息もこの銀世界に相応しいほどに真っ白なものだ。


「いやはやなんとも、この魔法はこうも寒く感じるものであったか」


 ゲームとしてのArkNOVAに於いて肉体は偽物、痛みは当然匂いも無く味覚機能すらない。寒さとて同様感じ得る事の無いモノであったが故、おのが魔法がこれ程に寒さを招くとは思わなんだ。

 この身体で無ければ自殺も良いところ、寒く感じる程度で済むのは耐性故か。

 

 今ViViが攻撃に用いた魔法は超高火力広範囲攻撃魔法であり、氷結に対する耐性が300以上必要であり(平均80〜130ほど)これを満たしていなければ術者をも耐えきれず自壊してしまう。

 補足ではあるが、ArkNOVAの世界に於いて魔法の段階は第八界域〜特位界域まで存在している。


「ふむ。俺の記憶が正しければ宝が有る筈なのだが」


 魔物には“種族特性”と言うモノが有り、小鬼ゴブリンに於いては“盗人(素人)”を所有している。

 盗人(素人)は低確率で相手に気付かれず物を盗む能力であり、そうして盗んだ物を自身で身に付ける、又は宝箱に集める習性があるのだ。

 その様にして集められたアイテムの中には、時折高レアなアイテムが見つかることもある。

 

 今回の場合宝箱が置かれているのは小鬼の王ゴブリンキングの居た建物、ボスとしては弱い部類に位置するとは言え、宝を溜め込むと言う一点に於いては上の部類に属する。

 そして今現在、ViViは装備以外のアイテムを国に保管している為、この場で金品が手に入ると言うのは非常に有り難い状況なのだ。

 

「ほほう。これは思ったより溜め込んでいるではないか」 


 ViViの入った建物の中には案の定宝箱が一つ、その周囲には入り切らなくなったであろうアイテムが転がっている。

 壁などに立て掛けられている武器等に価値は無いと言えるが、奥に置かれた宝箱を開ければ大量の金品と二つの魔法の巻物スクロール、その他複数の魔導具が詰め込まれていた。


魔法の巻物スクロールは低級品か。魔導具も同様低級ではあるが、どちらも売れば金にはなる。残るは金銀銅の硬貨か」


 ArkNOVAに於ける通貨の価値は上から順に、白金貨・大金貨・金貨・銀貨・銅貨の五種類に分けられる。

 銅貨十枚で銀貨一枚となり、銀貨十枚で金貨一枚、金貨十枚で大金貨一枚となりそして、大金貨五十枚で白金貨一枚となる。

 白金貨一枚であれば大豪邸が容易に建つ程の価値がある。


「盗まれた者らには申し訳が無いが、俺も余裕がある訳では無いのでな。頂かせてもらおう」


 ViViは自身の身に付けているバングル型の収納アイテムを使用し、宝箱に積められていた金品アイテムを全て自身の腕輪へと収納する。

 結果ViViの現在の財産は金貨27枚、銀貨48枚、銅貨31枚となった。


「ふむ。これだけあれば暫くは安泰であるな。さて、早々にこの森より抜け出すとするか」

 

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