第6話

「確かに見た目は怪しいね。でも仕事はきっちりやる。嘘を吐いたりもしないから、信用出来る人だよ」


 暫くいずみさんを見詰めていた葵は、靴を脱いで畳に上がり、桜と共に部屋の奥に向かった。


「――兄さんがそう言うのであれば……恐らくそうなのでしょうね。人は見かけによらないと言いますし。どうしてあの方に話し掛けようと思ったのか気になりますが」

「僕が何者か知った上で、一緒に仕事をしてくれる人なんて、殆どいない。運が悪かったら、殺意を抱かれたりもする。当たり前だよね。ここにいる人達は皆、妖を倒す為の仕事をしてるんだから。話し掛けてきたのはあっちだよ。彼女はそういうの、気にしないらしくて」

「……。私のせい――いえ、帰りに和菓子を買ってあげますね。甘いものは今でも大好きでしょう?」

「えっと、何でそんな話に?」

「そういう気分だったからです。――さぁ兄さん、私は黙っていますから、仕事をして下さい」


 テーブルの向こう側にいる怪しい仲介屋に、深く頭を下げた葵は、座布団に腰を下ろした。

 何だかよくわからないが、気にしないでおくか。

 桜が葵の隣に座ると、正面に座っているいずみさんが、開いていた扇を閉じた。


「小僧。弟子を取ったというのは真であったか。紅風 葵は天才の中の天才、紅風家の次期当主最有力候補だと聞いている。そこにおる紫色の小娘が、何を考えているのかさっぱりわからんのは、ククク、妾が凡庸であるが故か?」

「どうだろうね。僕は君が凡庸だなんてこれっぽっちも思わないけど。――それより仕事の話がしたい。構わないかな?」

「……フム、ではそうするとしよう。今回は其方の為に、特別厄介な依頼を用意しておいた」

「へぇ。赤鬼関係なら大歓迎」


 かぶりを振ったいずみさんが、懐から封筒を取り出し、それをテーブルの上に置いた。


「其方の母を殺した妖――赤鬼についての情報は、まるで入って来ん。他の鬼であれば、いくつか依頼も来ているのだがな」

「知ってた。情報が入ったら、教えてくれると有り難いかな。復讐に取り憑かれてるわけじゃないけど、けじめを付けられるなら、それに越した事はないからね」

「そうさせてもらおう。どちらにせよあれは、並の討滅師では倒せんだろうしな」


 隣で話を聞いていた、葵の様子が気になって、桜は彼女をちらりと一瞥した。

 目を伏せていた彼女は、赤鬼に殺された叔母の事を思い出していたのか、少し寂しそうにしていた。

 桜は封筒を手に取り、中から書類を取り出した。

 直後に男性店員がお茶を運んで来たので、狐の面の仲介屋は、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 葵に直接お茶を渡し、彼女のお礼を聞いて頷いた伸吾は、邪魔をしたくなかったのだろう、何も言わずにこの場を離れた。


「……」


 倒して欲しい妖の容姿や能力、その妖が起こした事件、報酬金や仲介料等が記された書類に、ざっと目を通す落ちこぼれ討滅師。

 桜が書類をテーブルの上に置くと、それを見ていた仲介屋が、今度こそ言葉を口にした。


「書類に全て書かれているが、妖はとある家の子供部屋に現れて、雷を撒き散らし、姿を消した。ただそれだけだが、雷は一瞬で部屋を破壊する程の威力で、部屋にいたはずの子供は行方不明になっている。依頼主はその子の両親であり、彼等は件の妖を雷神と呼んでいた」

「上位の妖を倒すだけでなく、行方不明になった子供についても調べなければならない。簡単に終わらせられる仕事じゃないね。その分報酬金は高いけど」

「断っても構わんぞ? まあ其方は正義の味方だ。こういう依頼は断らんだろうがな」


 いずみさんが扇を開き、くつくつと笑う。

 付き合いが長いから、よくわかっている。

 仮に断ったとしても、押し付けられるのだが。

 桜は長嘆息を漏らし、書類を封筒の中に戻した。


「子供が行方不明になった事に、雷神は関わっていないかもしれないから、警察も動くそうだね。依頼主が月曜日からしか会えないのは、その辺りが原因なのかな。せっかく時間があるのに、明日何もしないのは勿体ない。だから情報屋の君に聞こう。雷神の居場所を知ってる?」

「残念ながら知らんな」

「雷神は個人で動いてるの?」

「それも知らんよ」

「そう。じゃあ話はここまでだね。――ごめん葵、ちょっとトイレに行って来る。この店のトイレは人がいっぱいで使えないだろうから、外に出るよ。暫くここで待っててくれる?」


 桜は葵に封筒を渡し、ゆっくりと腰を上げた。


「わかりました。お茶がまだ残っていたので、丁度よかったです。いずみさんと話していますね」

「性格悪いから気を付けて」


 いずみさんが何かを言ったが、ちゃんと聞かず反応もしなかった桜は、二人から離れて靴を履き、階段を下り、店の外に出た。

 大通りを渡って、一台も車が停まっていない何かの店の駐車場に入り、日本料理店の方に体を向ける。

 白い服を着た黒髪の青年が、駐車場の前にいた。

 彼は薫の二階で、桜を睨み続けていた男だ。

 桜が死神だから、本気で殺そうとしてきたり、嫌がらせをしてきたりする討滅師が、たまにいる。

 彼も恐らくそうだ。

 薫や他の利用者に迷惑を掛けたくなかったからか、店内では話し掛けてこなかったが、葵と共に店を出れば、確実にそこで話し掛けてきただろう。

 彼女に関わって欲しくない。

 彼女に心配させたくもない。

 だから付いて来てくれる事を期待して、トイレに行くなんて嘘を吐いて、店から出てみたのだが――ここまでしっかり付いて来てくれた。


「君が僕を見ていたのは知ってる。ここまで付いて来てくれる人だから、まだ話が通じそうだ。何の用かな?」

「それを話す前に、自己紹介をさせてもらおう! 私は討滅師の中山なかやま 聡司さとし。紅風 桜――お前もよく知っている、中山家の人間だ!」


 大声で言った男が、拳を前に突き出した。

 汗もかいているし、何だか暑苦しい人だ。


「……中山家って、里実さとみ伯母さんの所の?」

「そうだ! 紅風家に嫁いだあの人は、この私の伯母であり、師匠でもある!」


 中山 聡司と名乗った男は、桜の目の前までやって来て、黒い服の襟元を掴んだ。


「葵様を弟子にしたというのは、本当だったようだな。落ちこぼれが! 二人で薫の二階にやって来た時は、目を疑ったぞ!」

「だから何? 離してくれない?」

「あってはならない! 彼女を誑かし、私欲の為に師となったお前は、早急に裁かれるべきだ!」


 聡司に突き飛ばされ、店の壁にぶつかる桜。

 額の汗を腕で拭った聡司が、聖攻を使って拳鍔を作り出したので、桜は目を細めた。


「私が裁こう! 二度と葵様に近付けないように、再起不能にしてやる!」


 だから何だという話ではあるが、どうやらこの男は、これまでに絡んできた連中とは少しだけ違うようだ。

 桜は一歩前に出て、両手を挙げた。


「君は誤解してる。僕は葵を誑かしてないし、私欲の為に師になったわけでもない。あっちが弟子にしてくれと頼んできて、お祖父様もそれを望んでいたから、どうしても断れなかったんだ」

「死神め。息を吐くように嘘を吐く!」

「そうなるか。ならお祖父様に聞いてみる? これから連絡してもいいけど。――とりあえず暴力はよそうよ。話し合いで解決出来る問題だ」


 雄叫びをあげた聡司が、いきなり殴り掛かってきたので、桜は屈んで彼の拳をかわし、死神の力を解放した。


「何っ!? 避けただとっ!?」

「死神の力も瑰麗舞姫も、こんな所で使いたくはないんだけど。話は通じないし時間も惜しいから、仕方ないかな。望み通り暴力で解決させてもらおう」


 桜は指輪を刀に変え、屈んだまま聡司の足を蹴り、バランスを崩した彼の腹に柄頭を叩き込んだ。

 ふっ飛びそうになった聡司の襟元を、立ち上がって掴んだ死神は、そのまま体を半回転させて、店の壁に彼を叩き付けた。

 襟元は掴んだまま、男の顔に刀を突き付ける。

 血を吐き出した拳鍔の討滅師は、驚愕と恐怖に顔を歪めており、呼吸も荒くなっていた。


「もういいかな? 僕が言った事は全て真実だ。これからどうしたらいいか、いちいち言わなくてもわかるよね?」

「ひゃ、ひゃい……すみませんでした……」


 紅い瞳の死神が、白い歯を見せて襟元から手を離すと、聡司は逃げるように走り去って行った。

 彼が見えなくなってから、桜は瞳を黒色に戻し、刀を指輪に戻して、小走りに薫の二階に向かった。

 ところで、紅風 葵といずみさんは、そこまで鈍くはない。

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