【アンデス山中の機密施設】と民間軍事会社スカーレス

@sigre30

第1話 気乗りしない依頼(1)



11月18日

コロラド州 デンバー


              ――とある雑居ビル





【21:15現在】



 暗がりの中でヂリヂリと耳障りな音を響かせるのは卓上電話のコール音。

 その荒っぽい呼び出しに昼間からビールをあおって寝落ちしていたジュードは、びくりとカラダを震わせると、デスクに突っ伏したまま、器用に受話器を掴み取っていた。


「ふぁい、こちら『無色の支援者カラーレス』……」


 口からヨダレを引きながら起き上がり、我が物顔でデスクにのさばるポップコーンや缶ビールを隅の方へと押しのけて。


 あとは使い古しの手帳を素早く広げ、愛用のペンを構えれば準備OKだ――もちろん、デスクからこぼれ落ちた雑貨物が、ハデな物音を立てることには無視を決め込んで。


 そんな電話越しのドタバタ騒ぎが、相手に伝わらぬはずもなく。




≪相変わらずのようだな、ジュード――≫




 わずかに嘲笑を含ませるバリトンボイスが耳朶じだを打ち、




≪似合わない髭で背伸びするのも・・・・・・・相変わらずか?≫




 などと、笑えないジョークをかまされれば、ジュードも口をへの字にして受話器を元に戻すのみ。


「……ったく、寝覚めの相手がアイツだなんて」


 不愉快さを眉間のシワで表し、アゴまわりにたくわえた髭をしきりとしごく。


 童顔との相性がいいとはジュードも思っていないが、だからと髭を剃るつもりはない。

 日本人である祖父の血が混じっている特徴を恥じているわけでなく、ただ、イジられることがイヤなだけだからだ。


 だからロー・スクール時代からハイ・スクールまで――何なら、男らしさを求めて米陸軍に入隊してからもずっとだ――カラダを鍛え髭を生やし、表情や口調にも気をつけてきたのだが、今度は“似合わないからやめた方がいい”と余計な助言を聞かされるハメになった。

 かわいいのを隠すな、だと?

 男がそんなものを求めるかっ。




「…………クソッ……」




 ジュードが苛立ちをまぎらすように缶ビールへ手を伸ばしところで、再び卓上電話が鳴る。


 チラと視線だけ向けるジュード。

 壊れたようにベルを響かせる懐古趣味の電話。

 昔の探偵小説を気取って置いてみたが、うるさいだけだと今さらながらに思う。


 さらにたっぷりと五秒間、自分を手にしろと迫る受話器と睨み合ってから、ジュードは小さくため息をついた。



≪悪いが時間がない。金は弾むから、話を聞け≫



 今度は会話の遊びもナシ。

 切迫した声音で切り出す相手に「今度は何をさせるつもりだ?」とジュードは警戒心を露わにする。


「先に云っておくが――次に俺達を舐め腐って“伝達ミス”だとぬかしたら・・・・・、あんたのタマ・・をぶち抜いてやる」


 声を低くませ、一言一句に固い決意を込めて。

 これまで何度も煮え湯を飲まされてきた憤慨を、ジュードは言葉の弾丸として込めたつもりだ。

 なのに相手はどこ吹く風で受け流す。


≪別に、そう構えなくていい≫


 などと白々しいセリフを口にして、


≪依頼そのものはひどくシンプルだ。これからすぐ・・・・・・現地に向かい、我が社の派遣チームに対していつもの・・・・バックアップをしてもらえばいい。ただ、それだけだ≫


 それだけだと?

 相手の気軽な口調がかんに障り、ジュードは片眉をぴくりと跳ね上げる。


 コイツの属する『YDSユアーズ・ディフェンス・サービス』といえば、元軍人・元警察官を契約社員に抱え、要人警護や金品護送などの民間仕事だけでなく、政府軍や州軍からの軍事下請け業務までこなすコロラド州のPMSC(民間軍事・警備会社)業界最大手だ。

 しかもその守備範囲は、今や国内だけでなく国外にまで広がっていると聞く。


 その資金もコネも人的資産も、何から何までケタ違いの企業様を弱小会社カラーレスで武力支援することが、そうしなければならない緊急の事態が発生していることが、それだけ・・・・なわけがあるかっ。


 喉元まで突き上げた罵声を何とかこらえきり、ジュードは肩に入った力をゆるませる。

 熱くなってしまえ相手の思うつぼ。

 交渉はまだ、始まってもいないのだから――。

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