第2話 早退

 カサドンからニュースを見るよう促され、私は北海道で龍が目撃されていることを知った。胸がざわざわする。とにかくカサドンには、

「龍のニュース 見た」

と送る。すぐさま、

「ルドルフじゃないすかね」

と来る。私の考えた通りのことだ。なんと返そうか考えていると、

「おはよう」

と言って宮崎先生が出勤してきた。

「おはようございます」

「早いね」

「修二くんが、分光器に窒素入れなきゃいけないらしくて」

「そっか、実験は相変わらずたいへんだね」

「みたいです」

 宮崎先生とはいつもの会話を交わし、カサドンには「あとで連絡する」とだけ送っておく。


 ルドルフとは、向こうの世界で私達が卵から孵したドラゴンである。向こうの世界からこっちに帰ってきたとき、夢の中で私と修二くんはルドルフの背中に乗ってブラックホールに飛び込んだ。目が覚めたら修二くんと一緒に寝ていて、ルドルフはいなかった。仲間たちみんな同時にこちらへ帰ってきていたのはすぐに確認できたので、もしかしたらルドルフも一緒だったのかとは思った。しかしルドルフの気配も感じられず、ドラゴンが出たという報道もなかったので、私はルドルフはこっちに来ていないだろうと考えていた。しかし私の考えは間違っていたようだ。


 緊急事態である。


 ドラゴンは強い。向こうの世界の戦争で、私は怒り狂うルドルフに助けられたことがある。火を吐き何もかも焼き尽くしてしまう。しかしこちらの世界にはF-15とかF-2とかF-35とか優秀な戦闘機がいる。とあるアニメで、F-4戦闘機がドラゴンを空から地上へ追い詰め、降りたところを戦車やらの大砲で退治してしまうシーンを最近見たが、正直ぞっとした。私がうかつにルドルフを呼んで、それを自衛隊の戦闘機が追いかけるとか考えたくもない。


 とにかく修二くんにはお昼に二人だけで会うことをSNSで要求し、仲間たちにも夜にネット会議しようと提案しておいた。午前中はいつもの研究をする予定であったのだが、実質的になんにも頭に入らなかった。


 いつも昼食は、宮崎先生もいっしょに実験グループと一緒に職員食堂で食べる。しかし今日は修二くんと二人で食べることにした。修二くんは理由を知りたがったが、実験で危ないことになってもらても困るので、たまには二人で食べようよと無理矢理に頼み込んだ。宮崎先生は「ごゆっくり」と微妙な笑顔で送り出してくれた。


 中性子実験施設の建物の前で、修二くんは待っていた。よけいなことに榊原先生とかその他実験メンバーもズラッと居る。

「ちょっと修二くんお借りしまーす」

と修二くんを乗せた。


 研究所を出て、ちょっとお高いレストランに行く。修二くんは驚いているが、笑顔でごまかす。ここを選んだ理由はただ一つ、比較的空いているからだ。席に通されて、すぐ修二くんに聞かれた。

「杏、なんかあった? 顔ひきつってるよ」

「うん、あのね、ルドルフ」

「ルドルフ?」

「うん、これ見て」

 私はスマホで北海道のニュースを見せた。

 修二くんは声を失っている。店員さんが来たので適当にランチコースを注文し、小声で話をすすめる。

「今朝ね、カサドンから連絡があった。夜、みんなで相談することにしてる」

「そっか、実験多分なかなか抜けらんないよ」

「わかるけど、ちょっとなんとかなんない?」

「先生にお願いしてみるよ。杏の実家でちょっととか言えばなんとかなるんじゃない」

「なんで私?」

「だってルドルフ孵したのって、君たちじゃん」

「だけどさ」

「知ってると思うけど、僕も君も、うそつけない体質だよ。ルドルフは家族だよ。それもぼくよりも杏のほうが、その実感は強いだろ」

「そうだけど」

「ある意味杏の家族にトラブルが合ったというのはうそじゃない。うそ、嫌だろ」

「わかった。その方向で」


 ランチコースの前菜は、魚のカルパッチョだった。メニューの中身を見ないで注文したのがいけないので、生魚の苦手な私はだまってそれを修二くんに回した。食事しながらいろいろ相談する。私は北海道に行きたいと言った。もちろんルドルフを探すためにである。修二くんはとくに反対はしなかったが、目撃情報をきちんと整理すべきだと言った。

「だって北海道は広いよ」

 それもそうである。そして修二くんはデザートのケーキを私にくれた。


 修二くんに話せたことで私は少しは落ち着きを取り戻し、午後はなんとか研究ができた。というかするしかなかった。宮崎先生と同室でなければ、私はずっとネットで龍の目撃情報を探していたと思う。ちょくちょくとSNSに着信がある。ほとんどはルドルフを心配する仲間たちで、夜のネット会議の時間の希望を伝えてくる。

「神崎さん、どうかした?」

 ついに宮崎先生が聞いてきた。宮崎先生は私を旧姓で呼ぶ。私の呼称の多くは「聖女様」だが一部礼儀正しい人は旧姓で呼ぶ。「唐沢」だと私に言ってるのか修二くんに言ってるのかわかりにくいからだ。

「ええちょっと、家族でトラブルがあったみたいで」

 修二くんとの打ち合わせ通りに答える。

「唐沢くんは知ってるの?」

「はい、知ってます」

「そっか、それでお昼二人だったんだね」

「そうです、デートじゃないです」

「君が冗談言えるくらいなら大丈夫か、ま、今日は早くあがっていいよ」

「ありがとうございます」


 修二くんも今日は早めにあがらせてもらうことになり、仲間たちも夜8時になればネット会議ができそうな感じになった。一番危ういのは真美ちゃんだ。やっぱり働いているというのは時間も自由にならない。真美ちゃんは、遅れても必ず参加するから時間が来たらはじめていてほしいと言っていた。

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