第6話 マオと魔王 ①



 まだ太陽が登らない早朝に目が覚めた。楽しみすぎて早く起きてしまった。

「ハーブでも摘みに行くか」

 着替えて、まだ薄暗い外にカゴを持って出かけた。


「ハーブはお肉料理や魚料理、飲み物やお菓子と色々使えて香りが良いから好き」

 家の裏庭に僕が育てているハーブ園がある。ちょうどいい具合に育っているから収穫できる。

「そうだな……。料理だけじゃなく、飲み物に使ってもいいな」

 冷たいお水にレモンとお塩を少量入れて、ミントを浮かべる。汗をかいた暑い日に飲むと美味しい。


「基本のおかずと、がっちり系のお弁当と……。ちょっと変わったものは、飽きないよな。何にしようかな?」

 メニューを考えているのも楽しいな。あっという間に時間が過ぎていたようで、お惣菜屋さんの成功を祈りに教会へ行く時間になってしまっていた。


 急いで朝ご飯を食べて、教会へ向かった。

神父さんのことは気になるけれど、女神様への祈りは大事だ。走って行くと教会が見えてきた。青い屋根の白い壁の教会。

 「急がなくちゃ」

 あと少しの場所で、顔見知りの子達のいるのが見えた。嫌だな……。ちょっと遠回りして行こうとした。


 「何だよ。マオじゃないか」

この辺のボス的存在の、イジールという名の嫌な奴だ。乱暴でいつも僕に絡んできていた。ルルンとジーンと仲良くなってからは、二人が庇ってくれてたから最近は平和だったけれど……。目ざとく見つけられてしまった。

 

 「あ。こいつ、総菜屋を始めるらしいぜ? 噂になってた」

イジールの取り巻きのカラカが、よけいなことをイジールに言った。

「へえ? 失敗するんじゃないの? ははっ!」

もう一人のイジールの取り巻き、ドックが下品に笑いながら僕をバカにしてきた。


「そんなことはないよ! ドックのお母さんも、楽しみにしてるって言ってた!」 

嫌味なんて軽く流せばいいのに、僕は初めてやる総菜屋のことを言われて、つい言い返してしまった。

 「なんだと!?」

ドックは顔を真っ赤にして怒った。

「ドックの母ちゃん、楽しみにしてるって!」 

カラカが、ケラケラ笑いながらドックを指さした。

 「――生意気な。ルルンとジーンがいなきゃ、弱いくせに!」

イジールは僕に近づき、腰を低くして睨み上げた。


 「……!」 

 たしかに僕は、二人がいないとこいつらに勝てない。だからといってバカにされたくない!

 「もうルルンは村から出て行ったし、ジーンは今いない。悔しかったら、俺達にかかって来いよ?」

 イジールは、ドンっ! と僕の胸を強く叩いた。

 「あっ!」

ドサッ! と僕は、地面に後ろ向きで倒れてしまった。尻もちをついた。


 「へっ! 弱いな? お前」

イジールは僕を見下ろして、歪んだ悪い顔で言った。取り巻きの二人も、ニヤニヤしながら僕を囲んで見下ろしてきた。嫌な感じだ。

 「むかつくんだよ、お前!」

ガッ! 

「痛っ!」

 イジールに足を蹴られた。そうだ。ルルンとジーンと仲良くなる前、こんな風に暴力を振るわられていたんだった……。

 「調子にのるなよ!」

 ドカッ! 

 「ぐっ!」

腹を蹴られて激痛が走った。お腹は危ない。そんな所を蹴られたら死んでしまう。わからないのか!?

 「や、やめ……うぅっ!」

 次々と体のあちこちを蹴られ始めた。


 僕は体をかばうため、丸まってお腹や頭を守った。

「ははっ! ダンゴ虫みたいだなっ!」

笑いながら僕を蹴っている。他の二人も日ごろのうっぷんを晴らすかのように、楽しそうに僕を蹴っていた。


 痛みに耐えていたけれど、だんだん気を失いそうになる。

「やめて……」

僕は三人にやめるように何度も話したけれど、やめてくれなかった。

 「こいつ、全然抵抗しない! 弱いな」

「縛ってどこかへ吊るしちゃおうか?」

吊るす? 縛る? 僕は地面に転がっている、石ころを見ながら痛みに耐えていた。ドックがとんでもないことを言ってるのが聞こえた。

 「いいな……やるか」


 えっ!? やるか、だって? イジールはドックが言ったことを止めようとせず、やる気になっているのが聞こえた。……僕は気を失いそうになった。


 

『 お前ら、いい加減にしろ…… 』

低い、地の這うような声が聞こえてきた。


 

 「へ? 今、言ったのは誰だ?」

イジールのまぬけな声が聞こえた。僕を蹴るのをやめて、二人に誰が言ったのか聞いているようだ。

 「だ、誰だ? 誰も近くにいないけど!」

少し怯えたようにカラカが話してる。三人は周りをうかがっているようだった。

 「き、気のせいじゃないか?」

ドックが怖がっているのを隠すようにイジールに言った。


『 虫けらごときが…… 』

「ひっ!」

 「うわあ!」

「ひいぃぃ!」

 三人の怯える声が聞こえる。僕の意識は痛みのせいか、ボーっとしていて何も考えられない。


 「た、助けて……」

イジールの助けを乞う声が、聞こえる。僕はよく目が見えない。――気のせいか、体に振動が響いている。もしかして歩いているのかな。


 「ゆ、許して……」

 初めてドックが謝っているのが聞こえた。ドックは謝っているのだろう?

「ご、ごめんなさい……!」

涙声のカラカ。


 「うあぁああああああ!」 

三人の悲鳴が響いた。僕はそこで意識がはっきりして、瞼を開けられた。


 視界に入ったのは飛ばされたのか、倒れている三人の姿。

「えっ?」

なんで、三人は倒れているの? 僕は三人が倒れているところに近づこうとした。

 「ひい! 来ないでくれ!」

一歩、足を動かしたとき痛みが走った。そうだ。僕はこの三人に蹴られていたんだった。


『 力で、ひねりつぶそうか? それとも炎で焼いてやろうか? 』


 また聞こえてきた低く地を這うような声。どこから?


 「やめてくれ! 俺が悪かったからもうやめてくれ! !」

イジールが叫んだ。

 え、


 「いたっっ!!」 

その時、また割れるような頭痛がした。手を額に当てるとヌルっとした。血が出ているようだ。

 その赤い血を見て、記憶が走馬灯のようによみがえってきた。


『   』


 僕の右腕が、僕の意思と関係なく上へあがった。その指先に、膨大な魔力が集まっていくのを感じた。

 

「ダメだ! 絶対に放ってはダメだ――っ!」 


 僕は叫んで、自分の腕を動かして指先に集まった膨大な魔力を空へと放った。

カッ――! バシュン――――っ!!

 「ひい!」

三人は横たわったまま、空へと放たれ爆発した魔法を震えながら見ていた。


 そうだ。――思い出した。

僕は一回目の異世界転生で、イジール達に今のように蹴られて魔王になったんだった。その後は……はっきりと思い出せない。

 二回目の転生はルルンとジーンのおかげで庇われて、蹴られず魔王にならなかったけれどルルンがいなくなった今、魔王になりかけている。


 ダメだ。――ダメだ。僕は魔王になんて、なりたくない。なりたくないんだ!


『 ふ、ん。意識が戻ったか。 仕方がない 』


 僕と違う声が、僕の口から出て聞こえた。……僕は。


 「何事です!?」

神父さんが魔法の爆発した音を聞いたのか、教会から飛び出てきた。ふと自分の腕を見てみると神父さんに、はめられた銀のブレスレットが淡く光っていた。

 「しんぷ、さん……」

僕は震えて膝をついた。蹴られて痛かったのもあるけれど、自分が怖くて立ってられなかった。


 「はっ……!?」

倒れている三人。土で汚れた僕。神父さんはそれを見て何かを察したのだろう。

「……とりあえず、三人に回復魔法をかけます」

そう言って神父さんは、三人へ順番に回復魔法をかけていった。僕は膝をついたまま、神父さんと気絶している三人を何も考えず見ていた。

 「はぁ……。三人の記憶を消しておきましょう。おおごとになってしまいますからね」

 三人の記憶を消すようだ。すごいな。神父さんはそんなこともできるんだと僕は、ボーっと呑気に思った。


 「マオ。よくあなたの中の魔王を抑えましたね」

神父さんは僕の目を覗くように見て、話しかけてきた。

 


 

 

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