第3話 二度目


「むぐぅ……!」

僕が大声を出した瞬間、すごい勢いでそばまで来て僕の口を手で塞いでしまった。

 「しっ! し ず か に。騒ぐな……!」

 神父さんはいつもの穏やかな話し方ではなく、低く恐ろしい声で僕の耳元で話しかけてきた。

 「ん! ん!」

うん、うんと返事をして頷いた。口を手のひらで塞がれているので、うまく話せない。ズルズルと僕を引きずって、木の影に連れてきた。


 神父さんは村人から姿を隠すように、黒いローブをまとっていた。なぜ僕が神父さんと分かったか。ローブから綺麗な銀の髪の毛が見えたし、整った顔が丸見えだったからだ。

「騒がないと誓えるか? マオ」

「ん! ん!」

 僕はブルブル震えながら、何度も頷いた。


「よし……。手を離すが、騒いだら気絶させるからな」

怖っ! 僕は非力な子供なのに! 神父さんは、そっと僕の口を塞いでいた手を離した。

「とりあえず、これを」

「へ?」

 カチャ……と聞こえた方を見ると、僕の左手首にキラキラしたブレスレットがつけられていた。

 

「これは……。なんですか……?」

口を塞いでいた手を離されて、ホッとしたのも一瞬。銀色の素材の、何か文字が彫られた高そうなブレスレット。手首にがっちりと、はまっている。

「魔力制御ブレスレットだ」

「魔力、制御ブレスレット?」

 僕を羽交い締めしている、神父さんに聞いた。暴れても抜け出せないような感じの拘束の仕方だ。ただ者じゃない。


 「これをつけていれば、普通の人より少し魔力が多いくらいになる」

普通の人より少し魔力が多いくらいになる?

 「えっ? じゃあ僕はこのブレスレットをつけてなかったら、かなり魔力量が多いってことですか!?」

 「ちっ!」

ひえぇ! あのいつも穏やかな神父さんが舌打ちしたよ! 神父さんは、めんどくさそうに辺りを見回して僕の拘束をといた。

 「詳しく話をしたいから教会まで来い」

 ギロリと僕を睨んで有無を言わせない、圧のある声で言われた。

 「はいぃ……!」


 村のみんなはもう寝ているようで、家の明かりは消えていた。明日は鑑定を受けた子供達の、それぞれの出発の日だ。明日を心待ちにして眠りについただろう。僕は自分の家から教会までの村の道を、神父さんと並んで歩いていた。自然が多いこの村の住人は女神様の加護が他の村より多いためか、辺境の村にしては栄えている。

 果物の生った木々の間を抜けて教会に着いた。


 「入れ」

見慣れた教会の扉を開けて神父さんは、僕に中へ入れと言った。見慣れたはずの教会が別の建物に見えてきた。今日、正面の女神様の前で鑑定を受けたばかりなのに。逃げるわけにもいかず、神父さんの後ろをついていった。たくさんの椅子が並んである真ん中の道を歩いていく。

 神父さんは女神様の像の前で一礼をしてから、左の部屋らしき前まで行き扉を開けた。僕のほうを見ながらあごでクイと合図をして、部屋の中へ入れと指示した。


 僕の体は小刻みに震えていて、神父さんの指示どおりに動いていた。中の部屋は会議をするような大きな机が部屋の中にあって、その上に水晶玉が何個か置いてあった。小さなクッションのような物の上に水晶玉が置かれていて、ただ飾っていうだけじゃなさそうだった。

 「連れてきたぞ」

 神父さんの目の前にあった水晶玉へ手をかざすと、水晶玉が光り始めた。僕は驚いて黙って見ていた。


机の一番奥に置いてある水晶玉が、反応するかのように光って声が聞こえてきた。

 『そいつか? ミゲル』

もしかして……そいつと呼ばれたのは、僕? 水晶玉から見えているのかな? 神父さんはローブを脱いで隣の椅子の背にかけて、ドカッと椅子に座った。

 「ああ。こいつだ。今日行った15歳の女神様適職鑑定の結果、三つ目に【魔王】があった」

 ひい! やっぱり僕のことだった! しかも適職の欄に【魔王】があったのバレてる!


 「だがこの俺がこの辺境の村 リールの監視をしてたけれど、世界征服やどこかを滅ぼすなどの思想を持った者はいないと把握していた。まさか魔王とは……」

 世界征服!? どこかを滅ぼす!? 

「ぼ、ぼ、僕は! 世界征服など考えたこともないし! どこかを滅ぼすなんて、考えてません!!」

 机に両手をバンッ! と置いて、自分はそんな怖いことを考えてないと震えながら伝えた。


『ふ――ん? 普通の子っぽいね? 大丈夫そうじゃない~?』

神父さんの真向かいに置いてある水晶玉から、女性の声が聞こえた。

 「そうです! 僕は普通の子供です!」

 なんだか泣きたくなってきた。平凡に暮らしてきたのに、なんでこんなことに。

『どう見る? ミゲル』

 リーダーぽい人の問いかけに、神父さんは考え込んだ。


 「しばらく監視下に置く……というのはいかがでしょうか? 私のお手製、魔力制御ブレスレットを装着させましたし、その他色々とブレスレットに付加しました」

『ふむ……。少年、マオとかいう名だったか?』

 突然僕へ話しかけられた。

「は、はいっ!」

水晶玉から聞こえてくる声だけでなんだか偉い人と思ってしまう、威圧感のある声だった。

『マオ。君は魔王になりたいという、意思はないのか?』

 なんていう質問だ。これで魔王になりたいなんて答えたら、物理的に消されそうだ。


 「まっ――たくありませんし、考えたこともないです! 僕は平凡に暮らしていきたいだけです!」

 ここははっきりと伝えておかないと! 僕は頑張って、身振り手振りで料理人と宿屋のおやじになる夢を伝えた。

『あ、あ――。もういい。わかった。君の夢はおいしい料理を出す、宿屋の主人になりたいわけね?』

 「です!」


 ピンと張った緊張感みたいのが、解かれた気がする。

『わかった。ミゲルの言うとおりにしよう。監視下になるけど、マオ』

 「監視下に、なるのですか?」

 見張られているようで嫌だな……。

「嫌なら今すぐ勇者に始末されるけど?」

「勇者さんに!? 監視下で、いいです!」

 僕は即答した。勇者に始末されるなんて僕は、どんな罪を犯したのか……?


 「……お前、いじっめられっこだったと聞いたがはしなかったのか?」

あっ……!? ズキン! と稲妻が走ったように頭痛がした。

 

 物心ついた時からのモヤモヤが、神父さんの言葉で霧が晴れたように消えた。

僕は、以前……。魔王だった!? 


「おい、マオ。大丈夫か?」 

僕の様子がおかしいので神父さんに心配されたようだ。

 「大丈夫です……」

知られてはいけない。……僕は監視下に置かれることを了承して、家に帰してもらえることになった。

 

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