人の夢、妖の夢

第一夜 葬式の夢


 夢とは昔から不可解なもので、その意味が明かされる気配は一向にない。


 例えば、夢に出てきた者は自分に気があるといった話はご存知だろう。あるいは、予知夢といったようにこれから起こることの暗示として受け取る者もいる。

 最近では心理学的な解釈が盛んである。しかし、どうも女が聞いた話では、生物として起こりうる危機に対応できるよう演習をしているというのだ。




「じゃ、君のこの夢も、こうして僕の死に備えるためだと言うのかい」


 棺の中で土色の顔がニィ、と女へ語りかけた。紫の薄唇に痩せこけた顎、嫌と言うほど死の概念を纏っている。

「そういう事になるかしら」

 喪服の人々が広い畳の部屋に集っていた。その中にひとり、女は無機質な手つきで男の周りに白い花を飾っている。

 女は最近、このような夢を繰り返し見ていた。

 初めは大変気味悪く思っていたが、もう七夜も続いているので、このように夢であることも、棺の中から男が話しかけることも気にならない様子だ。


 男はまた、ニィ、と笑い、

「冷たい物言いだねぇ。一時とはいえ愛し合った仲だというのに」

 と、心にもないことを口にする。


「冷たいのは私だけじゃないでしょうに」

 女は広い畳の部屋を見渡す。

 相変わらず多くの参列者がいながら、棺のそばに座っているのは彼女だけである。もちろん、喪主の姿も近くになかった。

 こんな立派なお屋敷に生まれながら、最後は都会の片隅でのたれ死んでしまうとはなんと哀れなことか。


「酷いねぇ、皆。仮にも僕はこの屋敷の三男だぜ」

 そう、聞くところによれば、男は田舎の立派なお屋敷でなに不自由なく暮らしていた。それがどうして、都会のゴミだめのような場所へ転がり落ちてしまったのかは女にはわからない。


 初めて出会った時、男はタバコの煙が充満した一室で、嫌にギラついた瞳を差し向けこう言った。

「なぁ、困ってるんだ。助けてくれないか、君だけが頼りでさ——」

 そして、早々に金を、身体を、底なしに快楽を求める。女が身を粉にして稼いだ金を使ってもなお、男の風貌は日々満たされないまま窶れていった。


「ま、一番冷たいのはこんなになっちまった俺の身体だってなァ、ハハ!」

 死んでもなお口の減らない男だ、と女は呆れて黙り果てた。

 しかしその陽気な笑い声も、随分と嗄れており、ああ、やはり死ぬのだな、と思った。


「おいおい、柄にも無くしんみりしちゃってマァ。冷徹女、ひょっとして僕の葬式で泣かないようにこんな夢を繰り返してるのかい?」

「自惚れないで。どんなご立派な葬式が挙げられるのか、興味があったまでよ」


 女は最後の花を飾り終えると、棺の蓋をぱたんと閉めた。瞬間、不意に大粒の涙が零れだす。

 霊柩車に運ばれる男を、引き止めようと立ち上がるとき、いつも決まって目が覚める。


 そうして、ああ、自分は男のことが好きだったのだな、と微睡の中で思うのだった。

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