第7話 目指せセカロン!〜VSハードオックス〜


「いや、兄貴には、この組み合わせが最適だと思うのよ」

「マジで?」

「マジだよ、マジ。大マジ」

 思わず顰めっ面で問いただすと、アヤは案外真剣な顔でそう言い切った。

 VR空間のアバターで普段と顔は違っているが、口調や雰囲気で、嘘を言っている訳ではないのは分かる。

 そして、そう言われてしまうと、頭ごなしに否定する訳にもいかない。俺自身に特に希望がないなら、尚更だ。

「ホントは、兄貴の方針がある程度決まってから話すつもりだったんだけどね~。手間が省けたわ」

「なんだ、気を使ってくれてたのか?」

「無理矢理やらせたって、長続きしないでしょ?無理言って強引に引っ張り込んだんだから、それくらいはね~」

 配信にも出て貰う都合上、不満を溜められるのも困るのだと、アヤは笑った。

 なるほど、一応、コイツなりに無理矢理引っ張り込んだ後ろめたさはあったという事か。

 しかし、それは置いておくにしても、アヤのチョイスには気になる点があった。

「・・・でも、これだったら、配信に出ない方が良いんじゃねえのか?」

「は?・・・なんで?」

「いや、どう見てもコレは裏方担当じゃん」

 わざわざ配信なんかに出さずに、裏でサポートだけやってた方が良いと思うんだが。

 少なくともこのチョイスは、攻略プレイヤーとして配信などに露出するスタイルとは思えなかった。

 しかし、アヤはキッパリとそれを否定する。

「まあ、見た目はね。でも、兄貴の適正で見たら、コレが最適だよ。冗談抜きで、たぶんコレが一番強い」

「そ、そうか」

 そこまで言うなら、そうなのか?

 正直、強そうって印象ないけど。

 だが、アヤが配信に出すと名言する以上、俺を戦力として見ているのは確定だ。その俺のビルドに、あえて弱いものを薦める訳がない。

「まあ、お前が言うなら、やってみるけどよ」

「やった!さすが兄貴!話が分かる~」

 まあ、初期カードの面々は、【ルーキー】のカードをデッキから外さない限り、再設定が自由だからな。

 やってみて肌に合わないようなら、普通にリセットすれば良いのだ。

 という訳で俺は、アヤに言われるがままに各カードの設定をした。


ステータス

名前;ユーフラット

性別;男性

レベル;1

HP;1000/1000 MP;1/20 SP;30/30


職業;【侍LV1】【鍛治士LV1】


称号;【ルーキー】


ジューカー;【カース・オブ・ブラック】


装備;【数打ちの刀】【粗末な革の胸当て】【粗末な革籠手】【革のブーツ】


スキル;【剣術LV1】【生産の基本LV1】


 職業は、剣装備系の【侍】と、なんと生産系の【鍛治士】。

 それに合わせて、初期スキルは【剣術】と【生産の基本】という組み合わせとなった。

 職業が【鍛治士】なのに、【鍛治術】のスキルを取らなくて良いのか?と疑問に思わなくはないのだが、アヤが言うには、それよりもこっちの方が良いらしい。

「ぶっちゃけ、そんなのすぐ手に入るし」

 もちろんタダではないそうだが、各職業の初期スキルは、結構手軽に手に入るそうだ。

 まあ、生産系は後から色々他の生産スキルが入り用になったりもするもんな。鍛治系なら、金属アクセサリーを作る彫金とか、属性付与なんかができる錬金術なんかがよくある組み合わせだ。

 なので、生産職になる場合は、【初期スキル】は、生産系の汎用アーツを覚える【生産の基本】の方が優先されるらしい。

「【集中】ってアーツがあるんだけど、それが兄貴と相性良いはずだよ。覚えたら使ってみて」

「ふーん、分かった」

 まあ、まだ生えてきてないから、先にレベル上げだけどな。

 【生産の基本】は、生産系のスキルなので、レベル上げには生産活動が不可欠だ。なのでまずは、【鍛治術】のスキルカードを手に入れる所からになる。

「でもまあ、その辺は、後でやれば良いから。それよりさっさとフィールド行こ」

「・・・ええ?わざわざ生産取ったのに?」

 むしろ、そっちを伸ばして、最終的に何か作らせるつもりなのかと思ったのだが。

 しかし、アヤはそんな俺の予想のさらに先をいく。

「むしろ、生産をやる為にフィールドに行くんだって。鉱石も無しにどうやって鍛治仕事をするのさ?」

「・・・ああ、そういう」

 どうやらフィールドに行くのは、材料になる素材の為らしい。

「さっさと鉱石が掘れる南の町に行くよ!さあ、急いだ、急いだ~」

「うおっ?!わ、分かった!分かったから、押すなって!」

 バタバタと俺とアヤは、連れ立って街の外へと向かった。

 アヤの先導で裏道を抜けると、先ほどとは違う広場へと辿り着き、その奥にある門から外へと繰り出す。

 街の外は、シンプルな草原が広がっていた。

 晴れ渡る青い空と緑の草の海が、ずっと遠くまで広がっている。

「・・・おぉー、広いな!」

 日本では、まずお目にかかれない光景だ。

 平坦な草の大地にゆるゆると伸びる道を歩きながら、俺は思わず感嘆を漏らしていた。

 これだけの広域フィールドは、俺もかつて見た事がない。

 V・ワで遊べる前世代のVRは、広域のオープンフィールドでフルダイブをするには、まだスペックが足りていなかった。

 なので、小さなフィールドをいくつも組み合わせたマップを使う場合が大半で、これほどの解放感は得られなかったのである。

 しかし、ドリマでは、そうした問題は解消されているようで、抜群の景観が表現されていた。

 これは、なかなかすごい体験だな。

 思わず感激する俺の反応に、アヤは微笑んだ。

「良い反応するね、兄貴。まあ、分かるけど」

「だよな。『ラン・マニ』とかとはえらい違いだぜ!」

「いや、アレと比べるのは、失礼が過ぎる」

 そうか?いやまあ、世代的にはそこそこ前のゲームだから、そうかもしれんけども。

 ちなみに『ラン・マニ』こと『ランドリ・マニア』とは、4年ほど前に話題になったアクションVRゲームだ。フィールドに押し寄せてくる敵を、ひたすら倒し続ける無双ゲームの一種である。

 俺は一時期、このゲームにめちゃくちゃハマっていたのだが、フルダイブ型にも関わらず、前時代的なポリゴン感のあるフィールドグラフィックが、非常に残念なゲームだった。まあ、その分、敵AIはかなり拘られていて、遊んでて歯応え満点だったんだけどな。

 まあ、それはともかく、フィールドに出た以上、確認するべき事は山ほどある。

 俺は、アヤと並んで道を歩きながら、色々質問した。

「とりあえず、この辺にモンスターは出るんだよな?」

「もちろん。まあ、ぶっちゃけ雑魚ばっかだけど」

 なんて言っていると、視界の端で何かが動いた。それに反射的に振り返ると、1匹のウサギが、耳を立ててこちらを見つめていた。

「噂をすれば、だね。あれがラビットだよ。・・・まあ、ぶっちゃけ、ただの兎だけど」

「・・・とりあえず、戦った方がいいのか?」

「やりたきゃ、やれば?ただ、逃げ足が早いから、今の兄貴だと捕まえられないと思うけど」

 どうやら敵MOBではあるものの、自分から襲い掛かってはこないタイプらしい。

 ええ?モンスターなのに?

「初期エリアだしね。この草原には、全部で7種類のモンスターが出てくるけど、自発的に襲ってくるのは、はぐれゴブリンとワイルドドッグの2種類だけだよ」

 単独で徘徊する迷子のゴブリンと野犬か。

 こいつらも、襲い掛かってくるものの、全く強くはないらしい。

 ちなみに残りの3種は、ホワイトシープとキャタピラー、そしてスネークだ。ノンアクティブで草を食べてる羊と芋虫、薮の中で隠れている蛇だそうだ。

「一番強いのは、奇襲してくるスネークかな~?攻撃力が高いのは、ワイルドドックの方だけど」

 いずれにしても、初心者でも遭遇イコール死亡なんて事態は、滅多にないそうだ。ある一種類を除いて。

「そういえば、7種類って言ってたよな?」

 ラビット、はぐれゴブリン、ワイルドドック、ホワイトシープ、キャタピラー、スネークで、6種類だ。あと一種はなんだ?

「コマンダードックだよ。いわゆる徘徊ボスなんだけど、ワイルドドックを呼び寄せて操るんだ」

「げっ・・・『仲間を呼ぶ系』か」

 コマンダードックは、初期エリアのいわゆる徘徊ボスで、レベルが高い上に集団戦を仕掛けてくる。まだ装備もパーティメンバーも揃っていない初心者にとっては、非常に危険な相手だそうだ。

「まあ、徘徊ボスは、フィールドに1匹しかいないから滅多に遭わないけどね」

「まあ、そりゃそうだ」

 徘徊ボスがワラワラ出て堪るか。

 なんて話しながら俺達は道なりに進んだ。

 道中は、時々草むらから飛び出してくるワイルドドックやはぐれゴブリンを追い払って刀の感触を確かめる程度で、戦闘は避ける。

「なあ、もしかしてこのままほとんど戦闘なしで次の町まで行っちまうのか?」

「そうだよ。この辺の敵じゃ、兄貴の相手になんないし」

「まあ、そうだけど」

 当たり前だが、初期エリアのモンスターは完全な初心者向きだ。ムルジアと比べてだって、数段落ちる相手で話にならない。

 わざわざ追い回して戦う相手ではなかった。

「武器もまだ弱いしね」

 ミッションがあるので、倒す意味は色々あるのだが、一撃で仕留められない現状では後回しの方が効率が良いらしい。

「私だって色々予定があるからね。さすがに何日も付き合ってらんないから、巻いてくよ」

「まあ、良いけど」

 俺としても、妹に頼り切りになる気はねえしな。

 そんな事を思いながら歩いていると、道の向こうに町らしき物が見えてきた。そしてその手前に柵で囲われた場所がある。

 道の左側に沿うように区切られたその場所は、牧場の柵のような雰囲気だ。

 そしてその牧柵前で、プレイヤーらしき人が屯していた。ざっと10人くらいの男女の集団だ。

 休憩中なのか、皆思い思いに座り込んだり、談笑したりしている。

「どうも、お邪魔しまーす」

「ん?ああ、どうも」

「え!?もしかしてアヤノンさん!?」

「え?あのVtuberの?」

 そんな人だかりにアヤが声をかけると、場がざわついた。

 ふむ、やっぱ有名なんだな、アヤの奴。

 愛想良く話していると、周囲のプレイヤーの視線が集まってくる。

 すると当然、アヤと同行中の俺にも視線が飛んできた。

 とは言え、流石にムルジアのような輩はここにはいないようで、俺の事をとやかく言う者はいないらしい。

 特に言及がないなら、俺は黙って待つだけだ。

 そんな風に思いながら辺りを見回してみると、ふと、あるモノが目に入った。

 おお、もしかしてコイツは・・・?

「皆さん、周回ですか?空いてるみたいですけど?」

「いや、俺らは支援です。そっちのパーティが初挑戦でして。でもそっちの二人がちょっとへばっちゃって。だから、一度撤退してMPが戻るまでちょっと休憩中です」

「ああ、なるほど」

 見やると、奥にいる5人は、俺と同じような初心者装備だ。そしてその中にいる女性プレイヤー二人の顔に濃い疲れの色が浮かんでいた。

 どうやらこの一団は、2パーティ態勢で次の町へ向かっているらしい。

 一方は、アヤと受け答えしている【剣士】らしき男性プレイヤー率いる一団。

 リーダーの【剣士】を筆頭に、タンクらしき大柄な鎧の男性、盗賊っぽい口元を隠した男性、魔法使いっぽい女性、弓を携えた女性の5人組。

 装備も見るからにしっかりしていて、レベルの高さが窺えた。

 対してもう一方は、全員が初心者装備を2つ以上身に付けた男性2人、女性3人の構成だ。

 どうやらこの初心者5人を、先の5人が護衛しながら色々教えているらしい。

 しかし、それも途中で行き詰まった、と。

 そして、その原因が・・・。

「アヤ、もしかしなくてもアイツが・・・?」

「うん。ここのボスだよ」

「おー」

 柵の向こう側には、一頭の牛がのんびり草を食んでいた。その堂々たる姿に、俺は思わず目を見張る。

「名前は、ハードオックス。見ての通り魔法無しのシンプルな物理系ボスだよ」

「ほー、デッケエなぁ」

 その姿は、一般的な牛よりも一回り大きな黒毛の牡牛だ。サイズ感は、牛というよりバイソンだな。なかなか迫力がある。

 そうやってハードオックスの姿を眺めていると、アヤは呑気な口調で言い放った。

「という訳で、兄貴には今からあのボスと戦って貰いまーす」

「・・・まあ、そんな気はしてたんだよな」

 ハードオックスのいる牧柵のエリアは、町に向かう道を遮っている訳ではないのだが、コイツを倒さないと先に進めない仕様らしい。

 となれば、当然あの牛を倒さねば、という事だ。まあ、ここまで来て、ボスと戦う事に否やはない。

 ただなぁ、俺、まだレベル1ぞ?

 簡単にやられる気はないが、勝てるモンなんかね?そんな疑問をぶつけてみると、アヤは鼻で笑った。

「さっき兄貴が斬ったバカ、レベル21だったんだけど?」

「・・・まあ、それもそうか」

 防御が紙だったとはいえ、負ける気は一切しなかった。そう思えば、勝てない相手ではないのかも?

「時間かかってもアレだから、攻撃バフだけは付けたげる。それなら大丈夫でしょ?」

「ふむ?」

 まあ、心配なのは火力だからな。

 攻撃が普通に通じるなら、イケるか?

 見た感じ、デカい以外はただの牛っぽいしな。初期ボスって事を踏まえても、そんな難易度が高いとは思わない。

「・・・まあ良いか。俺一人で戦れば良いのか?」

「うん。バフは切らさないようにしとくから、頑張って~」

 俺らの会話に聞いていた周りのプレイヤー達がギョッとしているが、それは無視。

 別に割り込む訳ではないし、こちらの勝手だ。

 それよりもアヤの方が気にかかる。なにやらまたボックスからカードを取り出したのだ。

 何かと思ったら、ついさっきも見た撮影用のボールだった。ただし、今回の物は色が違う。何が違うのかと思ったら、配信機能のない撮影専用の物らしい。

「後で動画を上げるからね。・・・んじゃ、行くよ」

「へいへい。んじゃお先に」

「あ、ああ」

 と言う事で、困惑する休憩中のプレイヤーらを尻目に俺とアヤは柵の中へと入った。それと同時に、ハードオックスがこちらを振り返る。

「いくよ【レッドフォース】!」

 アヤの声と共に、俺の体に赤いエフェクトが纏わり付いた。

 さらに視界の端に、火属性付与と攻撃力アップの表示が出る。アヤの使う【火魔法】のバフスキルだ。

「よし」

 準備完了。

 俺は早速、刀を肩に担いでハードオックスへと駆け出した。



 とりあえず、まずは距離を詰める!

 牛という性質上、一番面倒な突進をとりあえず封じたい。

 それにそもそも、俺の得物は刀だ。近づかなければ、話にならない。

「はぁッ!!」

 とりあえず、挨拶代りの上段だ。

 ムルジアの腕を叩き切った一撃を脳天へ叩き込む。

「BUMOo!!」

「うおっとッ?!」

 しかし、ハードオックスの頭蓋は、俺の一撃をあっさり受け止めて跳ね返した。

 いや、それどころか頭を振ってフック状の角で刀を絡め取ろうとする。

 なかなか防御力。そして、反応だ。

 俺は、素早く身を引きながら、ハードオックスの左側へと回り込む。

 ハードオックスの視線を切りながら、チラリと視界の端に浮かんだ敵HPバーをチェック。今の一撃で、ハードオックスのHPが僅かに減っていた。全く効かないという訳でもなさそうだが、正面から切り伏せるのは厳しそうか。なら・・・

「おらぁ!」

 次は足だ。前足、後ろ足、さらに腹や尻など、小刻みに間合いを出入りしながら、ぐるぐるハードオックスの周りを走って攻撃する。

 とりあえず、正面突破が無理なら、相手の確認が第一だ。

 突進させると、いちいち間合いの取り直しになってしまうので、助走距離を与えないように付かず離れずの距離で各所に攻撃を叩き込む。

 どれも大したダメージは与えられないが、それなりにダメージには差があるようだ。

「・・・ふむ。やっぱ尻か」

 イタリアの闘牛でも、闘牛士が剣で狙うのは、決まって尻だもんな。

 前衛が突進を躱す、あるいは受け止めて出来た隙を、背後から後衛が狙えということだ。

 でも、今、俺は一人だ。

 一応、アヤも戦闘には参加しているが、アイツは手を出すつもりはない。

 となれば、策は2つ。

「ちまちま削るか、ガンガン攻めるか」

 このまま適当に攻撃を当て続ければ、最終的には勝てるだろう。ぶっちゃけ、ハードオックスの攻撃はそこまで速くも広くもないので、よく見ていれば、そこまで怖くない。

 軽自動車サイズの猛牛なんて、現実で出くわしたら失禁ものだが、VRならば怖くはない。

 他のゲームでは、もっととんでもない怪物と何度も戦り合っていたのだ。

 今更萎縮して攻撃を避け損なったりはしようがない。

 ただ、ボスモンスターは、複数のプレイヤーを相手する性質上、HPがかなり多い。いくらバフがあるとはいえ、レベル1の俺が簡単に削り切る事は出来そうになかった。

「持久戦は、迷惑かかるしなぁ。攻めるか」

 安全に削っていくのも悪くはないが、待っている人もいるし、さっさと終わらせよう。

 という事で、俺は構えを変えた。

 出の速さと威力の高い上段からの一撃を優先した肩に刀を担いだ構えから、鋒を落とした半身の構えへ。

 そしてあえてハードオックスの正面に立つ。

「BUMOO!!」

 絶好の間合いに、ハードオックスが吠えた。ここまでの鬱憤を晴らすように突撃する。

 その突撃に、俺も動いた。

「シッ!!」

 左斜め前に飛び出しつつ、掬い上げるように斬る。その一撃は、ハードオックスの首から肩にかけてを交差法で切り裂いた。

 首のような急所への攻撃はダメージが多くなるのは、ムルジア戦で確認済みだ。

 予想通りハードオックスのHPが目に見えて減る。

「【烈剣】!」

「BUBOU?!」

 そこへさらにアーツを発動させて、光のエフェクトを帯びた刃を振り向き様に振り下ろした。

 比較的防御の弱い尻にアーツの直撃を喰らって泡を食って逃げるハードオックス。

 それを見て俺は、思わず舌打ち。

「チッ、逃げられた」

 【烈剣】は、刀の攻撃力を10秒間引き上げるバフ系アーツだ。しかし距離を開けられたので、追いかけ切れずに効果が切れてしまった。

 この【烈剣】は、通常の剣術アーツと違ってモーションがないのが特徴で、一般プレイヤーには使い難いと受けが悪い。

 しかし、剣を自由に振り回せるこのアーツは、急所を狙ったり、パリィで攻撃を捌くには打って付けだ。

 どうやら【侍】は、防具ではなく、刀で相手の攻撃を捌いて戦う前衛のようだ。

 装備が軽装タイプなので、積極的に当たってはいけないが、カウンターでダメージを稼ぐテクニカルなタイプである。

 まあ、それはともかく今はハードオックスだ。

「・・・ふむ」

 刀の感触を確かめながら、俺は考える。

 先の2連撃。ダメージ的には、ハードオックスのHPを5パーセントほど削った程度だ。

 最初の小手調べから合算して、残りのHPは9割以上。

 同じように突進にカウンターを合わせれば、失敗その他諸々込みで20回くらいで倒せる計算になる。

「・・・面倒くさいな」

 別にカウンターを狙うのは大した手間じゃないが、ハードオックスもすぐに突進してくれる訳でもない。

 突進を誘って、それからカウンターの間合いを取るのは、一人だと結構忙しいのだ。

 何十回もやるのはメンドクサイ。

 俺は、ハードオックスに斬りかかって挑発しながら、もう少しサクサクダメージを入れる手はないかと考える。

「・・・やっぱ首かな?分かりやすく急所設定っぽいし」

 ハードオックスの名前通り分厚い毛皮は堅く、刀を易々跳ね返す。闇雲に当てるだけでは、効率が悪すぎだ。

 試しに頭突きを躱しながら、唐竹割りで首を狙う。

 しかし、そうはさせじと、ハードオックスも頭と角でそれを防いだ。

 やはり足を止めている時は防御的で、急所の首や腹を守ってくる。

 これが二人か三人のパーティだったら、囲んで攻撃すれば済む話なのだが、今は一人だ。

 となると、この防御を崩さなくては。

「・・・なら!」

 俺は再び首へ一撃。

 しかしそれは、角で受けられた。だが、今度はさっきとは一味違うぞ?

「・・・よっ、と!」

「BUMO!?」

 受けられた直後、俺は柄を両手で回すようにして剣先を翻し、ハードオックスの角を避けてその横っ面を撫で切った。

 目元を切り裂かれたハードオックスは、流石に怯む。

 そしてその隙に、俺はさらに切り返して、下から刀身を跳ね上げた。喉元の急所を捉えた一撃が、HPを目に見えて削る。

「よし」

 ダメージを確認して、一気に距離を取る。

 怒ったハードオックスは、当然、地面を掻いて突撃の構えだ。

 その突撃に今度は【烈剣】で最初からカウンターを合わせながら、俺はニヤリと笑った。

 パターン出来たな。

 足を止めた時は、先のパターンで首を狙い、そのダメージで突進が来たら、【烈剣】でカウンターを狙う。

 これで手止まりなくダメージを与えられる。

 あとはもうその繰り返しで、ハードオックスのHPは赤い危険域まで減少した。

「BUMOO!!」

 一際大きく嘶いて、ハードオックスが前足を上げて立ち上がった。

 どうやらいわゆる発狂モードになったらしい。

 頭を振り回しながら、フィールドをメチャクチャに走り回るハードオックス。

 防御を捨てた暴走戦法は、プレイヤーの包囲を崩す嫌らしい攻撃である。

 しかし、単独で戦う俺にしてみれば、別に問題ない。

 俺はフィールドの真ん中で、ハードオックスを待ち構えた。

「・・・せっかくだし、試してみるか」

 実はさっきから、少し気になる事があった。

 ハードオックスの体に、幾つかラインが見えるのだ。薄くて見えづらいが、ラインは足の関節部や尻尾辺りに見える。

 そしてこれらは、【烈剣】を使った時、僅かに濃くなるのだ。

 これってもしかして?

「【烈剣】!」

「BUMOO!?」

 突っ込んでくるハードオックスの突撃を横に躱しつつ、後ろ足の関節のラインに刃を合わす。

 瞬間、ガツンという手応えの末、予想通りハードオックスの足が切れ飛んだ。

 堪らず転倒するハードオックス。

 やっぱりあのラインは、切断可能なポイントを示すラインだったか。

 バフで濃さが変わる感じ、ある程度の攻撃力が必要みたいだが、上手くラインを攻撃すれば、こういう事も出来るらしい。

 ムルジアの時は、こんなラインは見えなかったはずだ。【侍】か【剣術】のカード効果、あるいは両方のシナジー、あとは武器が刀になった影響もあるかもしれない。

「・・・まあ、その辺はあとで検証だな」

 俺は、脳内のメモにその辺の事を書き込みつつ、のたうち回ってるハードオックスの喉元に刀を突き込んだのだった。

 そのHPバーが消し飛ぶと同時に、ハードオックスの身体が光の粒子になって弾け飛ぶ。

 直後、勝利証明のインフォメーションが脳裏に響き渡ったのだった。

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